68 ナヴィ、裏切り者達の恋歌 中編2
「それでもミランダさんのところで?」
「いんや、何もかも嫌になって、村を出て冒険者をやっていた」
「冒険者を」
「田舎剣術しか使えなかった俺もこの時の経験のおかげでなんとか一端の戦士になれたよ」
そういうダニエルさんの顔には笑顔はなかった。
そこにあったのは後悔だ。
「ダニエルさん……」
「ああ、すまない」
気がついたのか、ダニエルさんは無理やり笑顔を作った。
ご主人様でなくともこれが作り笑いだと、私にも分かる。
「村を出てから4年後」
「何かあったんですか?」
「村が亜竜の傭兵達の略奪にあってね」
「亜竜……」
「両親も友人もみんな死んじまった。俺はそのとき遠くの街にいた。帰った時には新しい入植者達が村を再建するところで、知り合いなんてほとんどいやしない。ミラを裏切ってまで守ったものを、俺は、今度は何も選ばなかったことで裏切ってしまった。俺が村に残っていれば、少なくとも戦うことはできたのに」
ダニエルさんのせいじゃない、とでかかった言葉を私は飲み込んだ。
これは私なんかが触れていい傷じゃない。
ましてやそんな軽い言葉を投げかけることなんでできやしない。
「ミラ、いやもうミランダ様だな。俺は彼女の側にいることにした」
「守るためですか?」
「そんなかっこいいもんじゃないんだ。後悔しないためだよ、全部俺が勝手に決めたことだ。裏切り者だろうが何だろうが関係ない。ミランダ様には幸せになってほしい。苦しい時は扉の向こう側でいいからそこに立っていたい。俺は……」
はっと我に返ったのか、ダニエルさんは恥ずかしそうに頭をかいた。
「いかんな、お嬢様にあったせいでやはり動転しているのかも」
「愛してくれる人に出会えて、きっとミランダ様は幸せだと思います」
「そうかな、嫁いだ家が没落し、成り上がり者の妾になっても何もしてやれない男だよ。若さのままに駆け落ちできた情熱は、今の私達にはない、ただミランダ様の日常が平穏なものであれば、それで満足なんだ」
ダニエルさんはそう言った。
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宿に戻ると、ご主人様とリアが二人でパスタを食べていた。
「遅かったな」
「すみません」
「外で飲んできたのか」
あの後、私はダニエルさんの好意で食事をごちそうになったのだった。
「も、申し訳ありません、少し人と会ってきたもので」
言ってからしまったと思った。
裏切り者の私が人と会うなどと、どう思われるか考えていない言葉だ。
私は言い訳をしようとするが、
「そうか、食事も済ませたみたいだな、俺たちももうすぐ食べ終わるから」
「美味しかったなら、今度はあたし達も連れてってよ」
ご主人様とリアはそう言って自然に笑っていた。
ご主人様達と歓談しながら、私はパレアのことをご主人様に伝えるべきか迷う。
そういえばパレアの姿が見えない。
「パレアは?」
「部屋にいるよ」
「変わった様子でも」
「ふむ」
ご主人様の目が私の目を見つめた。
「その通り、パレアは落ち込んでる。理由は俺たちにも話してくれない、多分パレアが奴隷じゃなかった頃に関わるものだと思うんだが」
「はい、その通りです、私も偶然知ったのですが」
「やはり何かあったんだな」
「ええ……」
「どうした?」
「すみません、まず私からパレアに話してみようと思います。この話はパレアさんの過去に関わることですし、私から他の方に伝えていいものか分からないことですので」
「え?」
ご主人様とリアが驚いた表情を浮かべている。
「す、すみません、でもこれはパレアにとって大切な事だと思うんです」
「いやいいんだ! ナヴィがそう思うならそうすればいい!」
慌ててご主人様が言葉を訂正した。
続けてご主人様とリアが顔を見合わせて笑顔を浮かべた。
「ど、どうかしたんですか?」
「いやまさかナヴィが自分の考えをここまで出してくれると思わなかったからさ」
「自分の考え?」
「昔のナヴィなら迷うこと無く俺に報告してただろ?」
「…………」
「良い事だ、ようやくナヴィと仲間になれた気がするよ」
嬉しそうにご主人様はそう言った。
その顔を見ていたら、気が付くと私の表情も緩んでしまっていた。
「ナヴィ、その顔の方がずっといいよ」
リアが無邪気にそう言うと、ご主人様も同感だとうなずいてくれていた。




