64 ブランドンの手記 (これまでの情報整理回、読み飛ばしてもOK)
『ブランドン・ヒースの手記』
我が救世の計画はここに一度潰えた。
バロウズは今だコスモポリタンな考え方を持たず、国家やマイノリティなどという無意味な区分を重視している。
しかし彼の能力はずば抜けている。
次の計画はバロウズ・ヒースの存在を上手く利用しなくてはいけないだろう。
状況は変化している。次の計画を立てるにあたり一度、俺が知りうる情報をまとめておく必要がある。
○種族
・人間
この世界の原住種族。哺乳類サル目から進化した比較的オーソドックスな種だ。
特記事項として原理不明の魔法なる力を行使する異能を持つ。
この世界の知的生命体としては四番目にあたる。
現在の文明レベルは鉄器時代。
真竜によって徐々に数を減らしている。
サンプル「パレボクレア・ネイラント」
・ゾンビー
亜竜の残した再生機によって生成された人間のコピー。
死者しかコピーできないという制約があるが、一度死んだ人間なら何度でもコピーできる。
固定された機械が一体どうやってオリジナルの生死を判別しているのか、DNAの一欠片すら無いところからどうやってコピーを生成しているかについては、どうやら他次元界に保存されている記録から再生していることが分かっている。
コピーされた人間は魔法を使う才能を喪失する。
また人格を調整することができ、デフォルト設定でオリジナル種族(人間)に対して本能的に従順になるようになっている。
この世界では奴隷、真竜に対する肉の盾として各地に集落を築いている。一般的に彼らは姓を持たないか、自分の育った村の名前を姓として用いる。
サンプル「リアン」
・亜人
人間以外に存在する少数種族群。
彼らは魔法的に肉体改造を行った魔導師、またはその子孫である、遺伝的には人間と変わりはない。
サンプル「魔導帝オイノ、不死王エカヌス・リッチ」
・亜竜
この世界に住むもう一種の知的生命体。
恐竜類竜盤目、(ティラノサウルスなど)から進化した種族。
2メートルを越える大型で二足歩行の種族。
知能は低く、生産の概念が希薄。言語はあるが、未発達で素朴なものである。
これには元々、他の動物の獲物を優れた身体能力を持って横取りするタイプの狩猟動物(ライオンなどが代表的)の系譜故にだと推測される。
集落を形成するが、よく分裂する。
しかし本能的に高度な魔法を使うことができ、傭兵や盗賊として人間と結ぶことも多い。
・古亜竜
かつて栄えたこの星三番目の知的生命体。
現存する亜竜とは進化の系譜的にも近しい種族だが、別種族。
魔法を発見し、魔法重視の文明を築いた。
この星に現存する超古代文明の遺跡の大半はこの古亜竜のものである。
真竜によって壊滅し、種族的な自決を行う。
・第二種族
この星の二番目の知的生命体。節足動物蜘蛛類から進化した種族。
犬ほどの大きさの蜘蛛。
罠型の狩猟生物だったためか、温厚で忍耐強い傾向があったようだ。
現在は絶滅している。
第一種族によって資源を使い尽くされたことによって、資源の奪い合いを行い、戦争による環境の致命的悪化により絶滅。
真竜を作ったのは彼らであり、目的は彼らが見てきた地獄を他の種族が見ないように1億年の間知的生命体の発達を抑止するため。
いい迷惑だ。
・真竜
第二種族の作った惑星級生体管理装置。
周囲のエネルギーを吸収する性質を持ち、無尽蔵の再生能力を持つ。
あらゆる地下資源が枯渇していた第二種族ではエネルギーの効率利用の研究が進んでおり、熱エネルギーだけで1億年活動できる装置を作り上げたのは賞賛に値する。
魔法が無効化されるのは、この吸収能力により現象が発現する前に魔力が奪われているため。
魔法に依存した古亜竜や人間にとって致命的な相手だと言える。
サンプル「タラスク」
・アーリマンの堕慧児
戦竜アーリマンの細胞から生み出されたとされる人間モドキ。
腕に超硬度の爪を内蔵しており、身体的にも人間より優れる。
精神構造として、アーリマンへの崇拝と人間の思考を併せ持つ。
そのため外部からの影響で不安定にもなるようだ。
戦竜教団によって管理されているということが明らかになった。
謎が多いが、サンプルを発見したことにより今後明らかになることが多くなるだろう。
サンプル「ナヴァ・ザ・ハーク、メフルナーズ ・ザ・シーク 」
・第一種族
海洋の軟体生物から進化したこの星最初の知的生命体。
情報不足により詳細は不明。
この星の資源を使い尽くし、別の世界に移住した。
彼らに悪意はないが、この世界で起こっている災禍の元凶。
・地球人
太陽系第三惑星の主要種族。
未発達ではあるが順調に文明を発展させている。
生来の異能を持たないが、魔法への理解には優れているものがあるようで、唯一のサンプルはこの世界、最高峰の魔導師となっている。
サンプル「バロウズ・ヒース」
・偉大なる種族
時間と空間を超越した精神生命体。
どこかの段階で生物学的な進化の系譜を逸脱し、精神だけで存在できる種族。
精神を飛ばすことで、距離も時間も関係なくあらゆる世界に存在する生命体の精神を交換することができる。
種族的に知識の収集を行っており、ハワード・ヒースもその犠牲者である。
奪われた元の個体は、偉大なる種族の元の体の中に囚われ、偉大なる種族の都市でひたすら自分の知っていることを記録する仕事を命じられる。
稀なケースだが、精神を交換している個体が子を成した時に、精神交換の能力が受け継がれることがあり、俺達はその稀なケースのサンプルである。
自分以外の種族に対する感情は希薄で、ハワードに宿った個体もこの世界にも関わる気が無いようだ。
サンプル「ハワード・ヒース」
・ユゴス人
俺の元々の種族。菌糸類から進化した。
すぐれた知性とコスモポリタンな判断と論理的な思考能力を持つ文化的種族。
特に医学と採掘に関しては非常に優れており、本職でない俺の知識でも少し披露するだけで周囲から信用を勝ち取ることができる。
文化的な考え方は、残念ながら野蛮人からは理解されにくい。
サンプル「ブランドン・ヒース」
○特記すべきキーワード
・サンダーランド王国
ヒース家が属する国家。
地方分権であり、領主達は税を収める以外は完全な自治権を得ている。
税の名目は王が土地を貸しているからではなく、臣下として軍を供出する代わりに資金を提供しているというものであることからしても、王の権力は脆弱なものだと言える。
・ムナール王国
サルナス家が属する国家。
政治形態はサンダーランド王国と大差がない。
サンダーランド王国とよく小競り合いを繰り返しているが、大体のところ領主達が勝手に争いだしたのに渋々王国が介入し、領主は得をし、王国としては損をする結果になっている。
しかし計算能力が欠如している貴族が多いのか、問題にされることは少ない。
・イヴ家
ムナール王国の領主の一つ。
俺がいるサルナス家と隣接している。
サンダーランドで人狩りを行い、奴隷としてムナールへ売り払っている。
穏健派の貴族達からは蛇蝎の如く嫌われているが、急進派からは好まれている。
敵味方をハッキリさせる外交方針のようだ。
トパーズを暗殺しようとしたのも彼ら、目的はヒース家とサルナス家が結びついて国境が安定するのを嫌ったからだろうと思われるが……バロウズは違う予想を立てているようだ。
・剣の時代
真竜の活動が少なかった頃に栄えた人間の時代。
名前に反して魔導師が権力を握っていた。
しかし剣の強さを理解していたようで、技術開発にも余念がなく、真竜に対して物理的な兵器による戦いを仕掛け、一定の成果を収めている。
その後、七竜の活動開始により滅びる。
現在の人間の居住区にはこの時代の遺跡がよく使われている。
・魔法
未知の技術。
個人の才覚に依存するが、高いエネルギーを持つ現象を引き起こす。
8つの系統に分かれており、以下のように区分される。
① 幻術 知覚機能のみに影響を与える幻影を創造する魔法。
② 心術 精神機能に影響を与える魔法。
③ 命術 生命力に影響を与える魔法。治療の魔法はこの系統。呪術とも言われる。
④ 空術 空間、次元に影響を与える魔法、他次元世界の生物を召喚使役することもできる。
⑤ 変容術 物質を変容させる魔法。肉体強化魔法もこの系統。
⑥ 占術 遠い場所や見えないモノを知覚する魔法。幻術破りはこの系統。
⑦ 力術 エネルギーを作り出す魔法。攻撃魔法の大半はこの系統。
⑧ 防御術 魔法に対する防御魔法。物理的な防御は変容術や空術、力術に当たる。
肉体にある魔力回路によって魔法を系統ごとに加工するようで、一度形成されると魔力回路は変化しない。
万能を持って至上とするのが魔導師であり、不得意系統がある魔導師は欠陥魔導師であるとされている。
魔法は言葉であるらしいが、詳細不明。
この世界の社会は魔法を中心として動いており、さまざまな生産活動に魔導師が用いられている。
しかし魔導師が一日に使える魔法には限りがあり、生産数の上限にもなっている。
この世界の魔法というものは俺には理解しがたい概念で、ほとんど魔法を使えないし、ハワードも同様に使いこなせないようだ。
逆にバロウズは優れた適正を持っており、人間よりも高度な魔法を使いこなしている。
研究したいところだが、未知の分野を手探りで研究できるほど余裕のある状況ではない。
・冒険者
荒事や生存術に関する特殊技能を習得した者達によるフリーランスの職業集団。
組合によって管理されており、技術や信頼に合わせた依頼人とのマッチングを試みている。
治安維持のための常備軍を十分に維持できない各国にとって、維持費を自分で稼ぐ冒険者の存在は必要不可欠であり、多くの国で認可されている。
魔法が尊ばれるこの世界では珍しく、冒険者の間では魔導師も戦士も等しく重要な役割だという認識がある。
・戦竜教団
アーリマンの堕慧児を管理する宗教団体。
師父と呼ばれる存在が教育や団体の管理を行っているようだ。
今後、我々の障害となりえるだろう。
調査を続けなくては。
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「もうこんな時間か」
ブランドンは筆を置いた。
計画は頓挫したが、ブランドンにとってそれは嘆くべきことではない。
彼には後悔という概念が理解できない。
失敗したのなら、次を考えるだけのことだ。
ひとまずはバロウズの案に乗ってみるべきだろうと、ブランドンは考えていた。
もはやバロウズに対する敵意は、彼には無かった。
彼は異邦者なのだ。




