63 兄との決着
「本体のところへ案内してもらおうか」
「分かった」
兄さんは抑揚の無い声で言う。
支配の魔法によって、兄さんは命令に対して拒否をする意思を奪われている。
同時に敵意も無くなり、俺の言葉に従うのが自然なことだと思っている状態だ。
第九階位。心術の最高峰。
国によっては悪用を恐れて使用を禁じていることもある。
奥の壁の一部がスライドした。
先に下り階段が続いている。
「いくか」
俺たちは階段を降りていった。
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10メートルほど降りただろうか。
なかなか深いところまで降りたはずだ。
目の前には金属質の扉がある。
第二種族のものとは違い、人間用の大きさだ。
「私には何が起きているのか、一体何の話をしていたのかもよく分からないけど……バズ、大丈夫よね?」
不安そうにパレアが言った。
ナヴィはミリアを支えながらじっと俯いている。
「大丈夫だ、ここでの戦いはもうすぐ終わるよ」
安心させるように、俺はそう言って笑った。
扉の目の前に立つと扉がひとりでに開いた。
「自動式か」
資源が無いとか言ってた割には贅沢な。
部屋の中にはチカチカと点滅するディスプレイがついた円筒状の機械が並んでいる。
機械は高さ50センチほどで、棚に整然と置かれ、機械からはケーブルが伸びている。
一番奥には、大きな機械に接続された円筒状の機械が一つ。
「…………」
機械からは精神の存在を感じる。
それも複数の。
「なんなのこれ」
不安そうにリアがつぶやいた。
「誰?」
リアの声に反応するようにそう声がした。
リアはキョロキョロと声の持ち主を探すが動いている者は誰もいない。
「顔のない英雄! ああ、助けに来てくださったのですね!」
抑揚のない機械音声、だがそのイントネーションを俺は知っている。
「トパーズ」
「はい! ああ、本当に来てくださるなんて!」
「無事か?」
「ずっと暗くて狭い牢獄の中に閉じ込められていて、自分の姿も見えませんの」
自分の姿が見えないほど暗いのに、俺の姿が見えている。
気が付かせない方がいいだろう。
俺は手で皆に何も言わないように指示をした。
「今から助けるからもう少し我慢してくれ」
「ええ、私はこんなことで騒ぎ立てるような愚かな娘ではありませんのよ。でも怖かった、あなたのことを知らなかったら私はこの状況に耐えられなかったかもしれませんわ」
俺はもう、ピコピコと一つの機械が他のと違う点滅の仕方をしていることに気がついてしまっていた。
つまりはあの中に、人間の精神を生み出す器官……脳が入っているというわけだ。
俺はまっすぐ一番奥の機械に近づき、銃口を突きつけた。
術者からの直接的な敵意を向けられたことで支配の魔法が霧散する。
「バズ……勘違いしないで欲しい。俺は、トパーズ達を守るためにやったんだ」
兄さんの声がスピーカーから流れてきた。
「守るだと?」
「彼女たちはイヴ家の暗殺者に狙われていた。トパーズが襲われた時にバズも立ち会ったのだろう? だから彼女たちが死なないように、脳と肉体を分けたのさ。幸いにも、俺はそういった知識と技術を持っていた」
「分かった、悪意が無いのは信じてやる。だが元に戻せ」
「…………」
「ここで俺が引き金を引いたら兄さんは終わりだよ」
「分かった分かった、いいだろう」
「水爆も破棄だ」
「分かったよ、死んだら元も子もない」
兄さんは皮肉屋ではあるが極めて論理的な考え方を持っている。
自分が生きていれば水爆はまた作れる。
計画すべてが頓挫したわけじゃない。
だったら自分の命を守るために惜しげも無く降伏するだろう。
心術で調べても、兄さんは嘘を言っていない。
二人の戦いは決着がついたのだ。
「一週間ですべて元通りだ、まっ、食料は運ばせるからゆっくりしておくといい」
だが悪びれもせずそう言い放つ兄さんは、やはり俺とは精神構造が違うのだと、俺にそう感じさせた。
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一週間後、サルナス家の人間たちがアンダー・オブ・サルナスから外へ出る。
彼らにとっては途中で道に迷い、6日間の間彷徨っていたことになっている。
遠隔操作していたときの記憶と本体の記憶は兄さんが擦りあわせたようだ。
ただそれでも違和感は感じるようで、全員時折首を傾げて自分の記憶を探っている。
「なんだか、夢から醒めたようですわ」
俺の後ろでトパーズがそうつぶやいた。
「昨日見た夢なんてすぐに忘れますよ」
俺は振り返らずにそう言う。
「そうですわね、幻術で騙すなんて、お人の悪い顔のない英雄様」
しまった、幻術で顔を隠すの忘れていたな。
だが、目を輝かせて武勇伝をねだるトパーズは、屋敷の無機質なトパーズとはまるで違っていて、俺は密かに安心したのだった。




