61 玉虫色の悪夢の落し子
俺は目を開けた。
目の前の状況は何も変わっていない。
アーリマンとの邂逅は瞬きする間の出来事だ。
精神の時間と現実の時間は一致しないのだ。
「……まさかそんなことが」
一瞬遅れて、ミリアが力なく座り込んだ。
俺の精神がリンクしていたミリアにも、俺が見聞きした情報が伝わっていた。
「師父はアーリマンのご意思だと……」
ぶつぶつと呟きだしたミリアに一同は唖然とした。
「バズ、何かしたの?」
パレアがたずねた。
「大丈夫だ、精神ダメージを受けているわけじゃない。戦竜教団がアーリマンとは独立しているということを知っただけだ」
「戦竜教団!? バロウズ様、どういうことですか」
「そのままだ、俺はミリアの精神を通じて、アーリマンに会ってきた。一緒にスポーツ観戦してきたよ」
ナヴィが絶句した。
「証拠はミリアに聞けばいい」
俺はミリアに向けていた銃口を降ろし、片手でシリンダーを交換する。
「さて、交渉でミリア達は止めたよ。あとは兄さん、あなたが手を引けばこの場は収まる」
「手を引く? いいだろう手を引こうじゃないか。お前たちに危害を加えず外へ送り返してやろう」
「そうじゃないよ兄さん」
「やはりか」
「水爆を破棄してもらう」
「断る」
「どうしてもかい?」
「当たり前だ」
「ならば力づくだ。冷静な兄さんのことだから、水爆を無理やりにでも破棄させれば自然に最適な行動を取ってくれるだろう」
「……憎たらしいやつだな貴様は! 俺が寝ぼけた平和論や理想論など語る野蛮人に敗れることなどありはしない!」
ガチャンと天井が開いた。
「ショゴォォォス!」
ブランドンが叫ぶ。
天井からボトリと玉虫色の吐き気を催す臭気を撒き散らす粘液が落ちてきた。
いや、それはただの粘液ではない。
汚らしい玉虫色の粘液の中には無数の目、鼻、口といった器官が、気泡のように湧き出し、弾けるように赤黒い血の粘液を撒き散らして爆ぜる。
「いやあああああ!!!!」
リアがそのおぞましい恐怖に絶叫した。
「スポーン・オブ・ショゴス。オリジナル・ショゴスには遠く及ばないデッドコピーとはいえ、この世界のモンスターとは比べ物にならない存在だ。だが安心しろ、殺しはしない……トパーズ達と同じように、俺の役に立ってもらうためにな」
ナヴィの判断は早かった。
爪でブランドの右手を躊躇なく切り飛ばし、丸い電撃銃を踏み砕く。
悲鳴を噛み殺しながらうずくまるブランドンを尻目に、ナヴィはショゴスへと爪を振り上げ跳びかかった。
ざくりとナヴィの爪がショゴスに突き立てられた。
「しまった!?」
だが傷口に大量の口が集まり、ガチガチとナヴィの爪に噛み付いている。
ナヴィは爪を必死に引き抜こうとするがビクとも動かない。
動けないナヴィに向けて、ショゴスが膨れ上がったように見えた。
実際はショゴスがナヴィにまとわり付こうとしているのだ、大量の口を生やし、カチカチと白いは歯を打ち鳴らしながら。
ショゴスの動きが止まる。
「ナヴィに触れるな化物」
銃声と共に打ち込まれたフロスト×9の極寒弾がショゴスの身体の一部を凍らせたのだ。
力がゆるんだのを感じたのか、ナヴィは渾身の力を込めて爪を引き抜いた。
ショゴスの傷口からぼとぼとと赤い粘液が滴り落ちる。
「全部凍らない、どれだけの熱量を蓄えられるんだ」
象くらいの大きさの動物なら一発で行動不能になるほどの冷気だというのに、四分の一も凍っていない。
怪物……ショゴスは俺へと這い進む。
ショゴスもまず誰を倒すべきか理解したようだ。
血を失い青くなっていく兄さんは、だが涼し気な表情を浮かべている。
「本体じゃないんだね」
兄さんの余裕は、今のこの状況を危機だと思っていないからだ。
つまりは、兄さんの本体は別にいる。
「気がついたか、だから俺に銃口を向けてもショゴスは止まらんぞ」
「必要ないね」
俺は両手の銃を怪物に向けた。




