60 アーリマン
白いトンネルを抜けた先には、ビル群が立ち並ぶ近代的な光景だった。
建物はどれも黒く塗られており、入り口や窓の間隔が非常に狭い。
「第二種族の町か」
地面は粗いアスファルトのようなもので固められている。
また、階段というものがなく上下の移動は斜めに建った柱をそのまま昇るようだ。
俺は街の中心から感じられるエネルギーへと歩いて行った。
誰もいない街の中。
時折、六輪の自動車らしきものが止まっている。
まるでついさっきまで使われていたかのようだった。
街の中心には、大きなドームがあった。
やはり黒。第二種族にとって黒は落ち着く色か清潔感を感じる色なのかもしれない。
ドームの小さな扉に触れると一人でに扉は開いた。
身をかがめながら扉をくぐる。
まっすぐ進むとチケット売り場があった。
「…………」
驚いたことにそこには犬ほどもある蜘蛛がいた。身体には衣類を纏っている。
蜘蛛が服を着るなんておかしなものだが、その服はぴったりと蜘蛛の身体に合っており、違和感を感じなかった。
蜘蛛は俺に見えるように前肢を動かしている。
「分からん」
発声器官がなく、これが第二種族の会話なのだろう。
試しに魔法で心を読もうとしてみたが、そこに精神は無かった。
「これは記録か」
俺は先に進むことにした。
受付の蜘蛛は立ち去る俺のことを見つめながら、前肢を振っている。
楽しんできてねと言っているような気がした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
斜めの柱をしがみついて登り、通路を進むとまた扉が見える。
位置的には、これでドーム中央に進めるはずだ。
扉を開けると、そこには中央の広場を囲むようにして蜘蛛達が座っている。
「……! ……!」
そこは静寂した熱気で満ち溢れていた。
「スポーツ観戦か?」
中央では大きなネットが立体的に張られ、そこを六匹の蜘蛛が飛び回っている。
ボールのようなものを一匹の蜘蛛が運んでいた。
だがボールを掴むことで前肢二本が使えなくなり、スピードが下がるようだ。
別の二匹の蜘蛛がネットを飛び回りながら近づいていく。
もう追いつかれると思われた刹那、ボールを持った蜘蛛が、ボールを中央のネットに放り投げる。
そこに待ち構えていたように飛び出していた蜘蛛が空中でキャッチし、別のネットにしがみつく。
観客の蜘蛛達は前肢を振り回して、声のない歓声をあげていた。
「パス回しが重要なのだよ」
突如、俺は横から声をかけられた。
「!? ……アーリマンか?」
俺に声をかけてきたのは、茶色の毛を生やした一匹の蜘蛛だった。
「ボールを維持していた時間が長いほど、ゴールを決めた時の点数が高くなる。だがボールを維持するのは難しい、一人ならまだ躱せるが、二人に攻められるといかに優れた選手でも躱せない。だからできるかぎり相手選手を引き付け、ギリギリでフリーになった選手にパスをする。これが大切なんだ」
「隣りに座っても?」
「構わんよ」
俺はアーリマンの隣りに座る。
アーリマンは時折、試合内容を解説した。
細かいルールを聞くとなるほど、よく考えられたゲームだ。
人間には真似出来そうにないけれど。
「1,078,491,122,980回目の観戦だが、このシャブールとバーバクの試合は素晴らしい」
「い、1兆784億回!?」
「我が父達の存在した時間は、この星の時間に比べてあまりに短い。それでも我が父達の記録は素晴らしいものだ。最後の瞬間まで、我が父達は世界を救う方法を探し続けていた」
やがて試合が終わった。
どうやらシャブールが勝ったらしい。
「さて第四種族人間よ。我に何か用かね」
「バロウズ・ヒースと言う、よろしくアーリマン」
「よろしくバロウズ」
アーリマンは紳士的に返した。
見た目が蜘蛛な事を除けば、この竜はとても紳士的だ。
「単刀直入に聞く。戦竜教団に指示を出しているのはアーリマン、あなたか?」
「我は今休眠期にある、我と我が最初の兄弟達は特例時しか活動しない。1億年という時間は、我らの時間を持ってしても長い」
「やはり戦竜教団が独自に動いているのか」
「我が子の意思は常に感じている。こうして第四種族と話せるのも我が子達の知識の蓄積によるもの。本来は会話にならないほどに我らは精神構造が違うものだ」
「今回の件、戦竜教団を止めようと思う」
「好きにするといい、我はまだ眠るべき時間だ」
「一言戦竜教団に止めるように言ってくれると早いんだけど」
蜘蛛は何も言わない。
「やはり無理か、それができるなら休眠の意味がない」
「その通りだ。思考の九割をカットしている今の我では何かを判断することはできない。できることは我が子を見守ることだけだ」
「そうか。いや、これだけ聞けただけでも望外の結果だ。ありがとうアーリマン」
「いずれ目覚めるときは我も種を滅ぼす者だ。礼など必要ない」
俺は立ち上がった。
「それじゃあ、さようならアーリマン」
「さようならバロウズ」
俺は会釈すると元来た道を帰えろうとする……が、もう1つ聞きたくなった。
「さっきの試合、俺は途中からしか見てないんだけど、もう一度最初からちゃんと見たい。また見に来てもいいか?」
アーリマンは前肢をぴくりと動かし、俺を見上げた。
「いつでも歓迎しよう」
蜘蛛に表情は無い。
だけど、俺にはアーリマンが温和な笑みを浮かべているように見えた。
「それじゃあまた」
一歩踏み出すと、白い光が線となって後方に流れていき、俺は自分の肉体へと戻っていった。




