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59 交渉の余地

 まだ目眩が残っているのか、ミリアはよろよろと立ち上がった。


「酷いことするわね」

「傷つけないようにはしただろ」


 さっきまで殺意を込めていたというのにミリアはケロっとしている。


「私達のことだったわね」


 ナヴィの肩が震えた。


「今更隠してもしかたがないじゃない、ナヴァ・ザ・ハーク」

「分かってます」

「やれやれ、何したのかしらないけど、随分ナヴァを壊してくれちゃって」

「ナヴァ・ザ・ハークが本名なのか」

「ええ、私はメフルナーズ ・ザ・シーク。戦竜教団では師父の姓を受け継ぐのよ」

「戦竜教団?」

「戦竜によって創りだされた私達は、体内に格納された爪と常人より優れた運動能力の他は人間と変わらないわ。飢えもするし病気にもなる。戦竜教団は産み落とされた堕慧児達を保護、教育、そして管理するところよ」

「そんな場所が」

「私達の役割は各国の民として紛れ、戦竜教団から指示を受けたらそれを実行すること」

「俺のところへは最初からそのために?」

「違います! バロウズ様と出会ったのは偶然です!」

「そうなのか」

「私達は基本的に相手のところに直接潜り込んだりはしないの。ボロがでるしね。民の一人として紛れ、民の一人として教団のために働く」


 なるほど、思った以上に人間らしい暮らしをしてるんだな。


「異邦者ハワード・ヒースについては戦竜教団でも警戒していたのよ。どこで雇ったか知らないけれど、凄腕の使用人がいつも警護していたから手出しできなかったけれど」


 その凄腕の使用人を領地のモンスター狩りには使わないんだよな父さんは。本当に自分のことだけ考えてている人だ。


「そしてその息子であるブランドン・ヒースが、このアンダー・オブ・サルナスで何か計画を進めていることまでは察知した。そこからどうするか悩んでいたんだけどね。そこをちょうど良くバロウズ・ヒースがやって来たんで、ザ・ハークを通して利用したってわけよ」


 利用したと聞いて、パレアの剣がカチリと震えた。


「そういうわけで、最低限ブランドンの首を取ることが私達の目的なわけ。悪いけど交渉の余地はないわ」


 そういうミリアに、ブランドンは痛みで冷や汗を浮かべながら、


「俺としても、真竜の打倒は必須条件だ。交渉の余地はないと思うがね」


 と言い返した。


「なるほど、言い分は分かった。つまり、兄さんが真竜討伐を諦めればミリア達はブランドンを殺す理由もなくなるわけだ」

「おいおいバズ、俺が真竜を殺すことを諦める理由がないぞ」

「兄さんは『試算では』と言ったね」

「ああ水爆で竜が殺せるかというところか?」

「そもそも兄さんは七竜を見たことがあるのか? 嵐竜ジズの遺跡には足あとは無かったけれど」

「過去の記録からの推察だ、荒涼山脈の遺跡は入り口を突破できなかったものでね」


 科学知識に長けている分、魔法に対する防御が存在しないという点を見落としたのか。


「水爆が真竜に通用すればいいけれど、通用しなかったらどうするのさ」

「かといって、水爆以上の兵器は用意できない。これでだめなら世界は滅亡するしかないな」

「兄さんの計画はリスクが高い、そうだろう」

「これが一番リスクの低い計画だ。他の選択肢はもっとリスクが高い」

「いいや、俺にはまだ別の選択肢が見えているよ」

「何?」

「少なくとも4の悪騎は知性を有する」

「そのようだな、厄介なことだ」

「知性を有するなら交渉の余地があるはずだ」

「は?」

「最初に言った通り、俺たちの目的は全員同じだ。争わず破滅を防ぐ道が必ずある」

「バズ、お前の脳は腐りきって平和ボケしてしまったのか。種族的に敵対する者同士、交渉で片付ける余地はない」

「ある!」


 俺たちはお互いに相手の持っていないモノを持っている。

 敵対するより協力すべき、そのはずなんだ。


「ならまずはこの状況をその交渉とやらでなんとかしてみせろ」

「いいだろう」


 俺はミリアに向き直った。

 銃口は両方に向いている。

 兄さんの水爆が現在起爆可能なのかは分からない。

 ナヴィの爪はいつでも兄さんを引き裂ける。


 俺も現実味の無い平和論を語るつもりはない。

 だがこうしてお互いに力を持っている状態ならば交渉は可能のはず。

 そして俺には交渉のカードがある……推測だが。


「ミリア、交渉の前に確認しておくよ」

「何」

「なぜタラスクでここを襲わない」

「え?」

「ミリア達、戦竜の堕慧児は人間の中に入り込んで中から画策するためのものだ。情報収集もいいだろう。だけど、このような大掛かりな設備に対するならタラスクを使ったほうがいい。違うか?」

「……さあ、師父からの指令を私たちは実行するだけよ」

「やはり、アーリマンからは直接指示を受け取っていないんだな」

「そうよ、私たちは末端だもの」


 この疑問点。

 これこそがこの場を収めることのできる交渉のカード。


「論より証拠だな、確認させてもらうぜ」


 俺はミリアに向けている銃のシリンダーを回転させる。


「な、なにを」

「 魔束射長交感!」


 トリガーを引くと、放たれた魔法がミリアを包む。

 テレパシーの魔法によって俺の意思がミリアの精神へと入り込み、そしてそのさらに奥へと進んでいく。


 その先には膨大な精神エネルギーがある。

 真竜。戦竜アーリマンの元へと、俺の意識は向かっていった。

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