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57 アーリマンの堕慧児

 ブランドンは続ける。


「第三種族であるシャラガイスス、俗にいう亜竜は、厳密には現在存在する亜竜とは別物だ。人間で例えるならホモサピエンスとゴリラやオランウータンの関係だな」

「本来のシャラガイススは?」

「真竜の真実にたどり着き、絶望して種族的な自殺を行った」

「種族的な自殺!?」

「プライドの高い種族にはたまに起こるケースだな。まっ、真竜打倒が不可能、かといって文明の発展も不可能。魔法を発見したことが最大のアドバンテージなのに、複製機によって作られた魔法的無能のコピー亜竜が過半数を占めた時点で詰んでたんだよ」

「その装置はここにもあるのか?」

「でなければこれほど沢山の従順な奴隷を集めることはできんだろう」


 聞くまでもないだろうとブランドンは言った。


「このままでは我々人類も亜竜の二の舞いになる。俺の目的はそれを防ぐことだ」

「そのために水爆をこの世界で使うのか」

「真竜を打倒するだけでなく、資源の枯渇した世界で文明を発展させるには。計画的に発展をコントロールする必要がある。お前もそれなりの知性と教養を持っているのなら分かるだろ?」


 これがブランドンの目的。


「父さんはこういったことに無頓着でね。この計画は俺が進めているものだ」

「ヒース家は関係ないのか?」

「いずれは父さんには隠居してもらうつもりだ。そうなればヒース家も完全に掌中に収めることができる」

「なるほど、個人的野望というわけか……」

「さて、俺のことは大体話したな。次は夜盗の女、お前が身の上を話す番だ」


 黙って聞いていたミリアがじっとブランドンを見つめた。


「どうする、我々兄弟とやりあうか?」

「兄さんは黙っててくれないか」

「弟の癖につれないな」


 ミリアは俺を見た。その目から感情が消えた。


「私はアーリマン、戦竜の堕慧児おとしご


 その言葉に俺は虚を突かれた。

 アーリマンは真なる七竜の一体。四悪騎の一騎。

 かの竜は自分の身体の一部を人間に変えて、人間の勢力を内側から崩す存在。

 俺の意識は一瞬だけ、思考の海に潜った。

 瞬く間だった。だが、それを戦竜は見逃さなかった。


「ナヴィ!!」


 ナヴィの両腕からショートソードのような30センチほどの鋭い爪が飛び出した。


「しまった!?」


 ナヴィが構えた。俺はコンマ一秒反応が遅れていた。

 だが、ナヴィに別の剣が叩きつけられる。


「ナヴァ! あんたバズに敵意を向けるっていうの!!」


 パレアのつきだした剣をナヴィは裸の腕で受け止める。

 猛獣の皮膚をも貫く鋭い刃が、ナヴィの肌を浅く斬っただけで止められた。


「パレア! 離れろ!」


 反対側の手をパレアに突き出される前に、俺は引き金を引く。


「マーシルフ・バレット!」


 放たれた弾丸をナヴィは爪で叩き落とした。


「 魔束射心縛!」


 間髪入れずにシリンダーを一つ戻し、次は麻痺の魔法を発動する。

 ナヴィは右斜め後ろに飛び退き魔法を躱した。

 これが銃の系統の弱点。魔法の発動を物理的に回避することができるのだ。

 壁を蹴って、反対側へと飛んで俺たちから間合いを取る。

 位置的にはナヴィとミリアに俺が挟み撃ちされた形になった。


「だから言ったのですバロウズ様。奴隷を信用してはいけないと」

「ナヴィ……」

「私の心は並の心術では突破できない防壁がありますが、あなたの銃の系統を使えば防壁を打ち破ることも可能でした」

「…………」

「そうすればこんなことにはならなかった。その場で私を撃って終わらせられた」

「そうだな、もし心を読んでいたら俺はナヴィを撃っていただろう」

「もう手遅れですバロウズ様」

「ああ……良かった、心を読まなくて」

「え?」

「ナヴィを撃たずに済んだ。だから良かった」


 ナヴィの言葉からは強い感情が伝わってくる。

 真竜は人間を理解できない。種族的には全く別系統の存在である蜘蛛によって作られた存在なのだから。

 そんな真竜が人間に混ざり内部から崩すためには、人間の思考をエミュレートする必要がある。

 それにはいくつか方法が考えられるが、もっとも現実的な方法は学習型のモデルを作ることだろう。

 人間の心理反応を学習蓄積し、最適な反応をするモデル作り上げていく。

 だがそれは戦竜の堕慧児は人間の感情を持つということだ。


「ナヴィ、お前は可能性だ。この世界を変える可能性になりえる」

「何を言っているのです」

「俺はお前を殺さないし見捨てない!」


 ナヴィの表情が歪んだ。苦痛を感じている表情だ。

 どこに?

 心に。


「諦めてくださいバロウズ様! ここに至っては、人か竜、どちらかが死なねばなりません!」


 そう投げかける言葉こそが、俺に希望を与えてくれていた。

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