52 奴隷と信頼
企み、陰謀、謀。
心のなかに秘めたそれらを守るために、人は感情を隠し、表情を作り、心にもない笑顔を浮かべる。
あの徹底した防御魔法もその一環なのだろうか。
街を見学に行くとして、俺達は屋敷を出た。
従者が三人ついてきたが、彼らには幻術を当ててある。
俺たちと街の宿で読み物をしているという風に見えている。
心術防御は完璧だったが、幻術対策はしていないらしい。
幻術対策は術者以外の他者に掛けられるものが少ないし当然だろう。
アンダー・オブ・サルナスはサルナスの街から馬で三時間ほど進んだところにある。
巨大なすり鉢状の盆地のいたるところに入り口があり、中で複雑に絡み合っている巨大なダンジョンだ。
「入り口は鉄の枠で補強されているな」
この巨大なダンジョンには古代の遺産やこのダンジョンに潜んでいた亜竜達の財宝、盗賊などアウトロー達の持ち込んだ強奪品、ダンジョンで倒れた冒険者達の遺品といった様々なお宝が眠っており、発見から数百年経ってすらその全貌を明らかにしていない最大級のダンジョンなのだ。
「これを一日で探索し尽くすのは無理よ」
パレアが肩をすくめた。
「ミリアとは連絡取れたか?」
「はい、これを」
ナヴィが渡して来たのは地図だ。
「これはダンジョンの地図か、随分精巧だな」
かなり奥のほうまで地図は描かれてある。
「ここで待ち合わせしています」
「随分奥だな」
「ミリアもここ一ヶ月ほどダンジョンの調査をしているようですので、その情報を交換すれば何か分かることがあるはずです」
「分かった」
俺はうなずき、ダンジョンに進もうとした。
するとぐっと腕が引っ張られる。
「どうしたパレア?」
腕を引っ張ったのはパレアだ。
「ちょっと、大丈夫なの?」
パレアは声を潜めて耳打ちする。
「大丈夫って?」
「ナヴィのことよ、これまで自分の意見なんて無いって感じだったのに、急に饒舌に自己主張しだして……信用できるの?」
「ナヴィの言うことなんだから信用できるだろう」
「なんでよ! もしかして心を読んだの?」
「いや、洗脳されていないことは確認したけど、心は読んでいない」
「じゃあダメよ、絶対おかしい、ナヴィは信用出来ない」
「他に情報はないんだ、行ってみるしかないだろう」
「あの奴隷商人は元々バズを狙っていたのかもしれないわ、だからナヴィを……」
「考え過ぎだよ、それなら最初から報酬にナヴィを提示していたはずだ」
「バズが考えなさすぎなのよ!」
パレアは首をふると自らの腰に指した剣に触れた。
強化の魔法が掛かっているとはいえごく普通の剣。
「もし、ナヴィがバズに危害を加えるつもりなら、バズが撃てなくても私は容赦しないからね」
パレアはナヴィに聞こえないように小さく、だが鋭く言った。
パレアの目には強い決意が込められていた。
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アンダー・オブ・サルナスの内部は、天井までの高さがどこも10メートルはある大きな通路になっている。
どころどころには未知の金属でできた柱と梁が天井を支えており、非常に長い縦穴があることもある。縦穴には後付の螺旋階段がついている。これはサルナス家が取り付けたものらしく、木製で不安定だ。
犬ほどもある大ネズミや傘のような形状で犠牲者の頭をすっぽり包み、窒息死させてから食べるアンブレラバッド、地底湖から獲物を求めてやってくる白い二足歩行のクロコダイルキンといったモンスターがときおり襲ってくる。
どれもニードルベアほどの脅威ではない。
パレアは飛んできたアンブレラバッドを切り払い、幻惑の魔法でクロコダイルキンに強い目眩を引き起こさせた。
ナヴィがそこに矢を射かけてとどめを刺す。
「連携は良くなってきているな」
俺は三匹の大ネズミに銃弾を浴びせながら、腕を上げつつある二人に賞賛を送った。




