50 我が兄ブランドン
まず気がついたのは、この屋敷の住人すべてに精神防御の魔法が掛けられていることだ。それも24時間。
それはつまり、これだけの人数に魔法をかけられる程の魔導師がいるはずなのだが、今のところ、「凄腕」級の魔導師は見つけられていない。
トパーズとの接触も上手く行かなかった。
偽物を疑い、話もしてみたが、記憶はある。
ただ記憶の印象が抜け落ちているという言うべきか。
まるで俺が馬車を盗賊から守ったことも、写真を見て知ったことでそこでどう感じたかという部分が無いのだ。
「疲れるな」
三日経っても何も見つからない。
せめて魔術師くらいは見つけたいと嗅ぎまわっているのだけれど、影も形もない。
長時間の精神防御魔法の維持は不可能なのだから、一日に数回は魔法を更新する必要があるはずだ。
だけど見つからない。もしかすると未知の防御魔法なのだろうか。
こうも何も見つからないと、俺も流石に疲れが見えてきた。
「仕方ない、兄さんに当ってみるか」
一応は身内……ということになっている。
実際のところ、俺は兄さん、ヒース家の身内と言えるのだろうか。
俺は元々は日本人。
バロウズ・ヒースの身体に俺という簒奪者が宿っただけ、本当のバロウズ・ヒースではない。
転生という概念はこの世界の魔法体系にも宗教概念にも無かった。
俺がなぜここにいるのかという答えは俺も、そして爺ちゃんにも分からない謎だ。
爺ちゃん以外の人間には俺のことは伝えていない。信じてもらえないし、無駄に混乱させるだけだろう。
そんな俺が、ブランドン・ヒースを兄として接する……。
「いけないな、精神防御魔法ばかりあるせいか、気が滅入る」
心術使いにとって、精神防御魔法に接するのは、明確な拒絶の意思を叩きつけられるようなイメージを受ける。
例えば、握手しようと伸ばした手を激しく叩かれるような、そんな感覚だ。
兄さんは自分の部屋で何か書き物をしていた。
俺の来訪を見ると、ニヤリと笑って筆を置いた。
「やあバロウズ」
「ブランドン兄さん、邪魔だったかな?」
「いや、別に急ぎの仕事じゃないんだ」
「仕事してるんだ」
「留学してるのに遊んでいるわけにもいかないだろう、ここで領地経営に関わらせてもらっているのさ」
「領地経営に。どう、上手くやってる?」
「最初は手こずったけど、今は上手くやっているよ、この経験はヒース家に戻ってもきっと役にたつ」
「それは父さんも喜ぶだろうね」
「さて、喜ぶかな? 父さんは領地のことにはあまり熱心じゃないからな」
「そうなの?」
「バロウズは父さんのことをあまり知らないだろうからな」
「まあね」
俺と父さんの仲はあまり良くないのは事実だ。
「とはいえ誰だって父さんのことを深く知ろうとは思わないだろう」
兄さんは口を歪めて笑った。
「どういうこと?」
「おいおいバロウズ、お前は賢しい癖に、こういうところは盲のようだな」
「む……」
そうだ、こういう皮肉屋なのがブランドン兄さんだ。人間味のないこの屋敷で、兄さんだけがまだ人間味を残しているように思える。
「父さんを好きな奴なんて誰も居ないよ、いつだって他人を見下し、趣味的な知識の収集に明け暮れている暗愚じゃないか」
「そこまで言うんだ」
「言うね、父さんにはコスモポリタンな考え方が欠けている」
またコスモポリタン?
「そのコスモポリタンって言葉、サルナスさんからも聞いたけど、ここで教わったの?」
「そんなところだな」
「どういう意味なのさ」
「国やら民族やらに囚われず、全体として最良の選択をする考え方ってところかな」
「……それはサンダーランドやムナールに属すると考えずにってこと?」
「竜の脅威に晒されているのに、こうして同種族でいがみ合っているなど、馬鹿らしいと思わないか?」
「一致団結すれば竜に勝てると思ってるの」
「バロウズは竜について詳しいのか?」
「質問に質問を返すんだね、うん、まあ多少は詳しいと自負してるよ」
「多少じゃ足りないな」
「兄さんは詳しいというわけ?」
「もちろん、父さんが無駄に集めている資料や遺跡を調べたからね」
遺跡!? ブランドン兄さんも真竜が過去、何らかの意図を持って作られたことを察しているのか?
聞いてみるか。
「竜は何のために存在するの?」
「そうだな」
兄さんは言葉を選ぶように少し考えた。
「あれもまぁ、コスモポリタンなものには違いないな、うん」
それだけ言うと、兄さんは竜の話をぱったりやめてしまった。
あとは世間話レベルの会話をしたあと、俺は兄さんの部屋を出たのだった。




