5 爺ちゃんの友人たち
世捨て人のように暮らしている爺ちゃんだが、知り合いは結構多い。
「やあバロウズ、魔法の修行は順調かい?」
「うん、ジョンおじさんも研究は順調?」
「あんまりだね、最近は”副業”が忙しくて」
ジョンおじさんは質素はローブを羽織った三十代前半くらいのおじさんだ。柔らかそうな癖っ毛の銀髪でメガネをかけている。お供には凄腕の騎士らしいフィリプさん。
ジョンおじさんの副業とは、皇子のことだ。この国の王位継承順位1位。なのにジョンおじさんは爺ちゃんのように魔法オタクで、継承権なんて捨てて研究に専念したいと常々言っている。
「王様なんてすごく忙しいんだよ。しかも半分以上は報告を聞いてうなずくだけ。やってらんないよ」
権力争いに明け暮れている宮廷貴族たちが聞いたら絶句するかもしれない。
「あー、バロウズが羨ましい!僕も系統制限するんだった」
俺に気を使っているわけじゃなくて本心から言っているようだ。やっぱり変人だ。
フィリプさんは四十代くらいの渋いおじさんだ。詳しいことは知らないけれど、ジョンおじさんの護衛らしい。魔法のことは詳しくないようなので、爺ちゃんとジョンおじさんの話には加わらず、いつも座ってのんびりお茶を飲んでいる。
暇つぶしはもっぱら俺とゲームをすることだ。
ゲームといっても体を動かしたりはしない。護衛のためにジョンおじさんの側にいないといけないのだ。
だから俺が幻術で出したミニチュアを使って、戦略戦術の話をする。ちょっとしたボードゲームだ。
個人戦、数人対数人の戦闘、数十人が走る団体戦、百人規模の集団戦、千人を超える戦争、時には地図を広げて町や村を加えた大局的なシミュレーションもやる。
「パイク(長槍)兵で騎士を止めます」
「それなら損害はこんなもんかな」
フィリプさんも、ミニチュアとはいえ動く兵士たちを操れるのは気に入っているようだ。
「足を止めた騎士に白兵戦をしかけます」
「ならばこちらはランスを捨てて剣で応戦しよう」
フィリプさんの騎士に俺のパイク兵が殺到するが、なかなか倒せない。
「騎士と歩兵じゃ練度が違うよ」
「むむむ、だけどランスは捨てさせたので十分です」
最初の頃はまったく勝てなかったのだが、最近では3割くらいは勝てるようになってきた。俺が強くなるに連れてフィリプさんも楽しんでいるようで、初めて俺がフィリプさんの想定を超えた一手を指した時、いつも落ち着いた雰囲気のフィリプさんが両手を叩いて興奮していたのには驚いたもんだ。
「では私の騎士は一度退こう」
悠々と下がる騎士たちを眺めながら、俺は次の一手を考えていた。
爺ちゃんのところに来るのは人間だけじゃない。
「バズ坊、飯食ってるか?腕が俺の指くらいしかないじゃないか、ちゃんと食わないとエカヌスみたいな骨と皮になっちまうぞ」
「私はこういう姿なのよ、それにあなたの指は太すぎるわよオイノ」
身長二メートルほどの大男の頭には牙をむき出しにした鬼の顔が乗っかっている。もう一人はミイラ化した女だ。
東方ではオニとか呼ばれているらしいオーガメイジのオイノは、自称東のティンロン皇帝だ。ティンロンなんて国聞いたことがないので、本当かどうかは知らない。爺ちゃんの友人で、脳筋そうな外見だが魔法の達人でもある。
爺ちゃんは不老不死の魔法まで辿りついたが、多くの魔導師は別の手段で代用する。それがエカヌス、不死化の魔法で、不滅の存在となったのがリッチというアンデッド。爺ちゃんのライバルで、昔は何度も殺しあった仲らしいが、今では茶飲み友達らしい。
「何か困っていることはないかバズ坊、何かあったら俺に聞け」
「オイノよりも私の方が詳しいわよ、何かあったら私に聞きなさい」
2人はやたら世話を焼いてくれる。前に、なぜそんなに気にかけてくれるのかと聞いてみたら。
「もう希少な古流の継承者だもの」
と答えてくれた。今は使われなくなった古流魔法は、不便さから爺ちゃんやオイノ、エカヌスといった一部の人外にしか継承されていない。自分たちが扱ってきた魔法が忘れ去られるのに、2人は寂しさを感じているらしい。
古流魔法は、今の魔法のようにすでに完成した魔法ではない、ルーンなど魔法の文字を組み合わせて、その場で魔法を組み立てるものだ。新流の魔法がすでに組み上がっている必要なものが揃ったパッケージなら、古流は自分で素材を組み立てて使うイメージだ。
長年の研究によって最適化された新流の魔法は、だいたいのところ古流に勝る。同じ魔法力を消費したのなら、新流の攻撃魔法は古流の1.5倍程の威力があるだろう。
だけど、古流は応用力がある。発想次第でさまざまな応用が可能だ。幻術でボードゲームをするなんて魔法は新流には存在しない。
古流は自由な魔法だと、爺ちゃんは教えてくれた。
アウトサイダーと呼ばれる異邦者も爺ちゃんの小屋にやってくる。
ダーナという妖精のディナとアビスと呼ばれる異次元からやってきたシルバード。
ディナは耳の長いエルフのような姿だが、背が高く筋肉質で美形な顔立ちをした美丈夫だ。
シルバードは大きな四枚の翼を持ったマイルフィックという魔神。
俺は二人からはよく戦闘訓練を受けている。
魔法の訓練と違って結構痛いのだけど、二人なら俺が全力で戦っても大怪我させないという信頼もあるし、二人の高度な技はいくら学んでも学び足りないほど奥深いものだ。この二人に鍛えてもらったからこそ、ニードルベアとも戦えたようなものだ。
家族からはいないもの扱いされているが、爺ちゃんのおかげで良い大人? には恵まれていた。