49 サルナス家の奇習
翌朝。窓からはサルナス領の山々で朝日を浴びた緑の草木が輝いていた・
リアがぐっと伸びをした。他の二人はすでに目を覚ましている。
部屋は全員が同じ部屋だった。
パレア達は俺の身の回りの世話する奴隷という扱いなのだろう。
同じ部屋にいないと意味がないというわけだ。
俺は布を広げて、その上で銃の整備をする。
パーツをバラバラに分解し、破損が無いか調べたり汚れを取ったりだ。リボルバーはジャム(弾づまり)とは無縁のように思われているところはあるが、整備不良でガタつくようになるとジャムの可能性は上がるし、命中精度も下がる。
引き金を引いた時に必ず弾が出る。それが銃使いにとって最も大切なことなのだ。
「ねえ」
後ろからパレアが声をかけてきた。
「何かおかしくない?」
「ああ」
何か、とはこのサルナス家のことだ。
「昨日の夕食も、食事を食べたのは私達だけ、全員食事には一切手を付けず、ただニコニコって」
「異様だったな」
今思い出しても奇妙な光景だった。
長テーブルの奥にサルナス家の領主とその家族が座る。
目の前には湯気を立てる料理が並んでいるのに誰も手を付けず、じっと俺たちを見つめている。
毒でも入っているのかと疑ったくらいだ。
疑いがかかるとは思っているのか、俺達の目の前で毒味役らしい男が一口ずつ料理を口にして、安全を確かめていた。
また、薬師として腕を上げつつあるリアが一口舌に乗せて判断してくれたが毒はないということだ。
それにここで俺たちに毒を盛る理由も思いつかない。
「ただの奇習なのか?」
「客の前ではご飯を食べない習慣?」
「無いよなぁ」
奇妙だが理由がないとは思えない。
「そういえば領地で税の会合に傘下していた、サルナスのご令嬢が明日戻ってくるんでしょ? たしかバズは会ったことあるって」
「ああ、トパーズお嬢様か」
以前、うちの領地にお客として来ていた女性だ。
あの時は馬車で襲われているのを俺が助けたっけ。
「その人は普通?」
「ああ普通……だったかな?」
「ちょっと、そっちもダメなの?」
「いや、まぁこの家の人達よりは普通だよ、多分大丈夫」
そういえば顔のない英雄を探すよう頼まれていたっけ、何の進展もないけどなんて言おう。
怒られるだろうな、何をしてたのかって。どのような調査をしたのか聞かれるかもしれない。
もっともらしい嘘も用意しないといけないな。
結論から言えば、俺のこの心配は杞憂に終わった。
「またお目にかかれて光栄ですわ、バロウズ様」
礼儀正しく挨拶をするトパーズお嬢様には、かつて見せた強引さも情熱もなく、ここの人々と同じような空虚な表情しか無かった。
「あ、あの、顔のない英雄のことなんですが」
「……?」
「ほら、以前私に探すよう申し付けた」
「ああ、それはもう良いですわ、私の我儘に付きあわせてしまって申し訳ありませんでした」
あっさりとそう言うトパーズに、俺は信じられない思いで顔を見た。
そこにはサルナス家の家族達が浮かべる、感情のない笑顔が広がっている。
ヒース家で会ったトパーズと、今のトパーズが、俺にはどうしても同一人物には見えなかった
俺は不安に駆られ、ついに心術の魔法で心を読もうとする。
猫をかぶっているのか、家族が近いから、一人で俺を探していた行動力を隠しているのか。
「……ッ!?」
そこにあったのは心術に対する強固な障壁。
銃の系統ならば突破できるが、通常の魔法では突破する方法は無い。
なぜこんな魔法を準備している?
心術使いである俺が来たからサルナス家全体で準備しているのか?
おかしい、ここで何かが起きている。
調べなくてはいけない。




