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48 サルナスを覆う闇

 ムナール国サルナス領。

 この領地は父さんのヒース領に比べても広い。国境沿いを守る武門の家系として兵を常備させるのに十分な領地を与えられているのだろう。

 その領地は山間部が多いが山のいたるところに人間が居住可能な平野部が広がっており、そこに村や街が築かれていた。


「……うーん」

「どうしたのバズ?」


 そんな道中をたどりながら、俺は感じる違和感に首を傾げていた。


「なんでこんなところに平野があるんだ?」

「どういう意味?」

「ここは山間だ、地面がこのように平らになっているのっておかしくないか?」

「そうなの?」

「普通かな」

「だって現にそうなってるんだから普通じゃない」


 パレアには違和感はないようだ。

 確かに土地の形成なんて、一目で判断できることじゃないか。


 サルナス領の名物は、地上最大のダンジョンと名高い『アンダー・オブ・サルナス』という名の地下迷宮だろう。

 サルナス領の山間のいたるところに入り口があり、底の知れない巨大なダンジョンへとつながっている。

 基本的には洞窟だが、ところどころ遺跡とつながっているらしい。

 有史以前からあるようで、人間がここに住み着いたときにはモンスターの楽園となっていたそうだ。


「とはいえ、今回は行く予定はないけどね」

「冒険者としては、悪名高い地下迷宮を一度見てみたかったわね」

「他国だしあんまりこれないからなぁ」

「そういえば、サルナス家にはバズのお兄さんがいるんだっけ?」

「ん……まぁ、ブランドン兄さんがね。留学してる」

「どんな方なの?」

「んー……まぁ、なんというか冷淡?」

「あら、バズとぜんぜん違うのね」

「よく分からないんだよね、まぁ留学してるからほとんど話したこと無いんだけど、たまに会っても、なんかこっちを見下すような対応して終わり」

「嫌なやつね」

「俺が欠陥魔導師だから仕方ないんじゃないかな」

「その認識……多分あなただけだと思うんだけど」

「まっ、兄さんから権力を脅かす敵とか思われなくて良かったよ。その点は気楽でいいね」


 ヒース家長男、ブランドン・ヒース。

 正直、あんまり好きじゃない兄さんだが、まぁこれくらいドライな方が別れやすい。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 サルナス家の門番に取り次いでもらうと、意外にも出迎えたのはサルナス家の宰相ウルフという人と俺の兄ブランドンだった。


「久しぶりだなバロウズ」


 ニコニコと笑顔で兄さんは俺の手を取る。


「あんなに小さかったバズが一人でここまでこれるとは、感慨深いものだよ」

「一人じゃないよ」

「奴隷だろ? 奴隷は人とは数えないさ」

「……そう、俺は結構助けられているけどね」

「そうか? それは良い買い物したな。良ければ一人買い取りたいものだ」

「それは困る」

「残念だ、良い物は兄に渡してはくれないのだな、この弟め。はははっ」


 なんか愛想が良くなっているが、やっぱり嫌なやつだ。


 サルナスの領主、ターコイズ・サルナスは武門の家系らしいがっしりとした中年の男だ。

 頭髪は薄くなっているが、幅広で厳つい顔に禿頭が似合っているように感じる。


「こちらが親書です」

「うむ」


 ターコイズは無表情に親書を受け取る。

 親書を読むその表情には何の変化も見られない。


(何を考えているのか分からない、表情がまったく読めないな)


 心術使いになってから、魔法の手助け無しでも俺は他人の感情を読むのが得意になった。

 だがこのターコイズの表情は無そのものだ。

 嬉しいとも悲しいとも不快だとも、関心が無いとすら読めない。

 完全な無表情だ。


「遠路はるばるご苦労だった」


 ターコイズの顔に笑顔が浮かぶ。

 俺には作り笑いにしか見えない。その中に潜む感情は何も読み取れない。


「疲れているだろうし、君の兄のことも気になるだろう。親書によれば返答は急いではいないそうだから、私が手紙を書き終わるまで、二週間ほどゆっくりして行くといい」

「お心遣い感謝いたします」


 心を読みたくなる欲求に少しだけ駆られるが、自重した。


「ゆっくりしていきたまえ、サルナスはとても世界主義コスモポリタンな場所だから、君にとっても実に有意義な場所になるはずだ」

「こ、コスモポリタン?」

「国家の枠にとらわれず、同じ人間として扱うということだよ。ここを我が家と思ってくつろいでくれたまえ」

「は、はい」


 ニコニコと作り笑いを浮かべながらターコイズは言う。

 なんだこれは……よく分からない人だ。

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