36 シャラガイスス
俺たちは王都へ向かう馬車に乗っている。
ジョンのお供という名目だ。
この国に定期便は存在しない。盗賊が跋扈し乗客の安全を確保できないためだ。
インフラは商人たち任せであり、郵便は冒険者達が旅のついでに運ぶ。
各貴族の領地には殆どつながりはなく、他の国なら海の向こうにあるのかと錯覚するほど情報が入らない。
ガラガラと馬車の車輪が音を立てる。
それでも魔法の錬金で作られたサスペンションが搭載されているこの高級馬車は、座っている座席に伝わる振動を十分に緩和してくれる。
豪華……といっても座席にクッションが置いてある程度だが、馬車の様子を見たパレア達は大いに恐縮していた。
「こんなすごい馬車に乗せていただけるなんて」
珍しくナディが饒舌だった。リネンのクッションを手で撫でると、その手触りにハッとしたように驚き、座った感触を楽しんでいるようだ。
「はっはっはっ、この馬車に乗るヤツは皆、すました顔して何も言わないからね。それくらい喜んでくれれば馬車を作った魔導師達も喜ぶというものだよ」
ジョンは機嫌良く笑っている。
今回はフィリプさんも一緒だ。今は外で馬に乗って馬車の護衛をしている。
「街道の治安は建国以来ずっと最悪のままだが、まぁそれでも王族の馬車に護衛部隊付きならそうそう襲われることはない。安心するといい」
「はい!」
馬車の小さな窓から見える外の景色は平和なものだ。
王都へ続く街道は、旧王国時代の道をそのまま使っている。
敷き詰められた石畳は経年劣化によってボロボロではあるが、あぜ道を進むよりはずっと楽だ。
「明日には王都につくはずだよ」
「地図よりもずっと近いんだね」
流通している地図の精度はあまり良くない。地図によるとヒース領から数百キロは離れているように見えたのだが、実際は百キロ弱といった程度のようだ。
「敵が攻めてくる時に、計画を狂わせることができるだろう?」
「わざとですか」
「まあね」
冒険者からすると堪ったものではないのだが、これに対応できるのも冒険者に要求される技能なのだろうか。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
明日には到着すると思われた旅は、思わぬ足止めを食らった。
フィリプさんが難しい顔をして馬車の窓から声をかけた。
「この先で亜竜どもが集結しているらしい。街道を離れ迂回する」
「亜竜が? なぜ?」
「どうやら真竜タラスクが亜竜の集落に近づいているようだ。亜竜は真竜の襲来を予見する技術を持っているらしい」
話を聞いていたパレアが首をかしげた。
「真竜と亜竜って仲間じゃないの?」
その質問に、ジョンが良く聞いてくれたという表情を見せた。
「いや、亜竜は真竜を激しく憎んでいる。よく亜竜の集落を攻撃しているのもあるが、亜竜の口伝神話によると、俺たちが真竜と呼んでいるドラゴンは、邪悪な悪霊で世界を創造した竜が生まれる前に世界を支配していた存在らしい。悪霊は竜の世界を憎んでいて、創造の竜と破壊の悪霊は世界が滅びる日まで永遠に戦い続ける宿命にあるそうだ」
「真竜は悪霊」
「すべての亜竜は自分たちの部族の祖先を崇拝している。そして創造の竜はあらゆる竜の祖先であり、彼らはみな創造の竜の戦士として悪霊と敵対しているというわけだ」
「知りませんでした」
「亜竜の言葉を知っている人間は少ないからね。亜竜もわざわざ人間に言葉を教えようとも思わないし。調べてみれば実に単純で原始的な言語体系だから、習得にはさほど苦労しないんだけどね。喋れるかは別問題だけど。まぁそういうわけだから亜竜というのは人間側の呼び方だ。彼らは自分のことを『シャラガイスス』と呼んでいる」
カタカナ表記するとシャラガイススだが、シャの音は鋭く息を吐きだし、ラの音は濁点を付けるかのように音を曇らせ、ガはうがいをするときのような音だ。人間には非常に発音しずらい。
「まぁ、あちらもデミ・ドラゴンの意味を知っているヤツは皆無だし、そもそも『真』と『亜』の意味も理解できないだろう。気にすることはないよ」
パレアは興味深そうに聞いている。
ドラゴンか……。




