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31 真の魔導師

「ママは? ママはどこ?」


 シャーリーと一緒に部屋を一つ一つ見て回る。

 ここにはもう誰もいない。


「ママは別の場所だな」

「ママ!」


 もうすぐやつらはここに到着するだろう。

 懸念事項はステフを人質に取られること。

 だが、ステフの位置が急に動き出した。かけ出すようにこちらに近づいてくる。


「逃げ出した? いや、あんな訓練された敵がそんなミスをするとは思えないな」


 となればこれも罠。


「シャーリー、自分の部屋でお祈りだ」

「えっ?」

「そこにママが帰ってくる、だから目をつぶってお祈りしてるんだよ。ママが来るまで絶対に目を開けちゃいけない」

「ほ、本当?」

「ああ本当だ、俺を信じろ」


 シャーリーはこくりとうなずいた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 幻術とは知覚を媒体にする。

 目をつぶり、耳を塞げば、人間に幻術は影響を及ぼせなくなる。


「シャーリー! シャーリー!」


 叫ぶ声がした。ステフが玄関に向けて走ってくる。

 玄関の扉から俺とシャーリーが飛び出した。


「ママ!」


 シャーリーが叫ぶ。


「シャーリー!」


 安堵の笑顔を浮かべるステフは、だがすぐに絶望の表情に変わった。


「いやあああああああああ!!」


 ステフの背後から赤くきらめくフレイム・アローが殺到する。

 俺とシャーリーは成すすべなく矢に貫かれた。


「やめろ! 撃つな!」


 男の叫び声がした。

 俺とシャーリーの幻影は掻き消え。次に巨大な石の壁がステフの背後に現れる。


「ステフ! 走れ! シャーリーの部屋に行け!」


 俺は玄関の奥から叫んだ。

 ステフはすぐに走りだした。


「シャーリーは! 無事なのね!」

「ああ無事だ! ここは俺が引き受ける! 部屋でシャーリーを守れ!」

「ありがとうございます!!」


 ステフは玄関に飛び込み、代わりに俺が外へ出る。

 すると矢弾が壁を貫き飛来した。矢弾に心はない。幻影の壁は意思無き矢には無力だ。

 だが狙いは不正確。俺に命中するコースだったのは2本だけだった。

 1本は身体をずらして避け、もう1本は銃で撃ち落とす。

 幻影を見抜けるのはどうやら一人だけ。残りは言われた場所をめがけて当てずっぽうに撃ったのだろう。

 ぐらりと幻影の壁が揺れた。


「うわあああああ! イブ様! 壁が! 壁が倒れてきます!!」

「うろたえるな! 幻影だと言っているだろう!」


 無駄だ。幻影だと教えられることは幻影破りに有効ではあるが、絶対ではない。

 例え幻影だと教えられたとしても、あらゆる知覚に作用する俺の高度な幻影を、相手の脳は偽りだと判断することができない。

 彼らの目には自分たちが隠れていた家屋を押しつぶし、仲間をぐちゃぐちゃに粉砕し、そして自分の身体も激しい痛みと共に潰される。

 そのどこまでもリアルな光景が見えている。その中で意識を保つのは難しい。

 幻影が消えた後には、泡を吹いて倒れた男たちと、一人残った男がいた。


「幻術使いか」


 男は馬鹿にしたように笑った。


「雑魚相手で満足していればいいものを、真の魔導師に幻術など効かん」

「真のトゥルー・シーイングか」

「その通りだ。幻術、心術、命術などは凡人どもにしか通用しない魔法、真の魔術師は戦いの前にすべて対策する」

「精神保護もついているかな?」

「試してみればいい」


 俺は銃のシリンダーを回す。


「魔束射心縛」


 精神防護の魔法なら確実に貫ける。


「やはり貴様が噂の古流使いか」


 だが魔法は通じなかった。


「だが古流にこの魔法はあるまい?」

「……ホープ・オブ・マインドレジスタンス、絶対意思抵抗成功魔法か」


 全九階位ある魔法のうち第六階位。

 十年前に開発された新しい魔法だと聞いている。

 ホープ・オブ・レジスタンスは抵抗の余地のある魔法や現象に対して、チャージを消費して必ず抵抗を成功させる。意思や肉体など抵抗する要素を選ばなくてはいけないため、精神防御なら毒など肉体に作用する魔法で突破するのが一般的か。

 チャージ数は魔力に比例するが、多くても六回まで。


「人に作用する呪いなど、所詮は古い時代のもの。真の魔法はもっと強いものだ」


 相手の魔導師の魔法が発動する。


呪文高速化クイックンアンチレジストエネジー・ファイヤ! 呪文威力最大化マキシマイズファイヤーボール!」


 呪文高速化、呪文威力最大化は呪文の階位を三つ上昇させる。高速化することで一度に二度の魔法の発動を可能にする。威力最大化は読んで字のごとしだ。

 俺が属性抵抗を張っていると考え、まずそれを無効化する魔法を、そして威力最大のファイヤーボールをか。


 第三階位の魔法が使えればこの世界では魔導師と呼ばれるのにふさわしい一人前のスペルユーザーとして扱われる。

 その理由の一つがこのファイヤーボール。

 ただの範囲攻撃魔法。だが、この魔法は魔導師にしかできない芸当なのだ。


 ファイヤーボールは火の玉を投げる魔法ではない。ある任意の地点に強力な炎の爆発を発生させる魔法だ。

 魔法の熟練によって威力が上昇し、また完全に回避することは困難。最大でフレイム武器の十倍の威力になる。それが半径十メートルの範囲に炸裂する。

 視界さえ通っていれば、壁の隙間から隣の部屋で爆発を起こすことも可能。狙える射程は百メートルを越える。

 狙いを外すことはなく、いかなる鎧を持ってしても防ぐことはできない熱エネルギーの奔流。


「これが魔法だ、幻術士よ。魔法の道具を与えてやって、ようやく家畜程度には使えるようになる戦士どもに小手先の魔法で英雄を気取るのも良かろう。だがそれで満足すべきだったな」


 男は笑った。


「で?」


 爆発の中から俺が涼しい顔をして現れたのを見て、男の表情が変わった。

 ファイヤーボールを完全に回避することは“困難”だ。

 だが不可能じゃない。発生するのが爆発という物理現象である以上、素早く行動することで威力を減じることは可能。


「隔絶した力量差があれば力術は武術で無効化できる、子供向け教本にも書いてあっただろ?」

「ば、馬鹿な」


 ありえない、そう男の表情は言っている。第六階位を使える貴族付きの魔導師である自分が、このような在野の魔導師に遅れを取るはずがない。

 いや、そもそも魔導師が武術で魔法を無効化することがナンセンス。そのような訓練を積むのは、魔法の才能がない「欠陥魔導師」だけ。


「さて、次はその防御魔法か」

「そ、そうだ! 私には幻術も心術も効かぬぞ! 私の優位は揺るぎない!」

「高速化を使った連続魔法か、新流では二連続までだったな」


 俺は銃を地面に向けて連射した。


「古流なら六連続だ」

「ば、馬鹿な……」


 銃を構える。男には信じられないという顔と、同時に本当だろうという諦めの顔が入り混じっている。この状況で俺がハッタリを言う意味がないと理解できるのだろう。


「あんた結構優秀だな。俺から攻め込んでいって、あんたを警戒させている状態だったらもう少し勝負になったかもな」

「……罠にはめたと思った私の隙こそが、貴様と私の力量差の証明か」

「まあね」

「初めて魔法を見たとき以来の衝撃だ、世界は広いな……」

「魔束射心縛六連」


 四回めで男は倒れた。

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