2 魔の道は楽しいぞ
十二歳の俺は自分の部屋で一人食事を取っている。冷め切った食事だが温めるための魔法は俺には使えない。比類ない魔力を持っていた俺を、当初家族は神童のように扱ったが、すぐに俺の魔導師としての欠陥に気がつくと、まるでいないもののような扱いに変わった。
魔導師は万能性を持って最上とする。必要なときに必要な魔法を扱えるのが魔導師だ。すべての系統の魔法を使えるのが最上、苦手な系統があっても2つ以内に抑えなくては魔導師として素質がないとされる。
俺の食卓には銀糸で刺繍された綺麗なテーブルクロスがかけられ、黒く輝く黒檀の椅子が備え付けてある、ように俺以外の人間には見えている。
だがすべて幻術、本当は質素な樫のテーブルに何度修理してもすぐにガタつくボロボロの椅子が置いてある。周りの人からちゃんと領主の息子らしい生活をしているように見せかけるためのものだ。高位の魔導師だって、俺の幻術は事前に対応した幻術破りの魔法を使って対策してなければ見破られない。
だが幻術では髪の毛一本動かせない。幻術はあくまで幻だ。心術もそうだ。精神以外には何も影響を与えない。もし苦手な系統を作るのなら幻術か心術にしろという意見もあるほどだ。
逆に欠かせないのが、現実に影響を与える力術や変容術、そして魔法に対する防御となる防御術と召喚や瞬間移動ができる空術。俺はそれらを一つも使えない。
俺が教本にしていた魔法の本には書かれてなかったことは沢山あった。その中でも致命的だったのが、魔法は身体に刻まれた魔力回路によって魔法の形に成形されて発動するという要素だ。
魔力回路は魔法を使っているうちに強化される、俺が使えば使うほど魔法が強くなっていくと感じたのは、この魔力回路が幼少期の方がより発達しやすいという性質があったというのもあるようだ。
魔力回路は一度発達するともう二度と変えることができない。一週間だけだったが、俺の魔法の家庭教師となった魔導師のような詳しい人の間では、幼少期の魔法訓練が与える効果にもある程度気がついていたようだ。
そして、知っていながら幼少期の魔法訓練を勧めない理由がちゃんとあったのだ。
魔力回路は発動する魔法の系統ごとに必要な要素がある。魔法の訓練はすべての系統をバランスよく行わなければならない、苦手な系統が存在する魔導師は、この訓練に失敗し、魔力回路が歪んでしまったためだと言われている。幼少期の訓練は回路の発達が著しい分、回路の偏りができる可能性が非常に高い。これが、この世界の魔導師が幼少期に無理な特訓をしない理由。
そして俺はこの魔力回路が、幻術と心術のためのものしか存在していない。2系統苦手な魔法があるだけでも落第ギリギリな世界で、俺は2系統しか魔法を使えない。神童どこか完全な欠陥魔導師。俺の出世の道は完全に閉ざされ、いつ家から追い出されてもおかしくない状態だ。
まったく、独学なんてするもんじゃないね。気がついた時には完全に手遅れだった。
家にいても俺にやることはない。俺は家を抜けだして、屋敷の東にある森へ向かう。
そこの入り口から少し外れたところにキレイに手入れされた小さな庭園と小屋がある。庭園ではハサミやジョウロがひとりでに動き手入れをしている。なかなかファンタジーだ。
俺が小屋の扉をノックしようとすると、扉がひとりでに開いた。
「ただいま」
俺はそう言って中に入った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「爆発の連鎖制御が上手くいかん」
小屋の中ではメガネをかけた爺ちゃん…大魔導師タルトスは俺が入ってくるなりあいさつもなしにそう言った。
「内燃機関なんて、この世界の技術じゃ無理なんじゃないの?」
「そんなことは分かっとる、こいつは何が足りないかを知るために作ったのじゃ」
「どれどれ……」
爺ちゃんが作っているのは簡易的とはいえ自動車などに使われているものと同じ仕組みだ。ざっと見たところ、部品の精度が悪いせいで上手く動かなくなっているように見えた。
「部品の加工精度が悪いんじゃない?」
「ふうむ」
「魔法で部品を加工すると、精度に限界があるんじゃないかな。これ以上は部品を作る機械を別に作らないと解決しないと思う」
「おっと、アドバイスはそこまでで十分じゃよ。なるほど部品を作る機械か、そろそろ取り組まなければいけない問題じゃのう」
楽しそうに爺ちゃんは機械を見つめている。
魔法のすべてを極め尽くしたこの大魔導師は、今では俺の世界の技術を再現するという研究に凝っている。変容術を極めた先にある不老不死の魔法によって、爺ちゃんの実年齢は数百歳を超えている。
爺ちゃんは俺の師匠だ。魔法のことで挫折した俺が最初の家出をしてこの森にやってきた時に偶然知り合った。
「最高峰の魔力と素質と厳しすぎる系統制限……面白い」
出会ってそうそう、いきなり言われた言葉は今でも良く憶えている。
「お前さん、ワシの弟子になれ。最強の魔導師にしてやる」
魔法を極め尽くして暇を持て余していた爺ちゃんは、アンバランスな俺に興味をもったようだ。いきなり弟子になれと言われて困惑したのを今でもよく覚えている。
爺ちゃんの特訓は……別に辛くはなかった。むしろ楽しかった、本当に楽しかった。
「バズ! 魔法の道は楽しいぞ!」
それが爺ちゃんの口癖だった。爺ちゃんが魔法を極めたのは富や名声、権力のためじゃない。
「翔べよ炎、真っ赤な炎、大きくなって、夜よ目覚めよ」
俺に魔法を教える初日、蝋燭が揺れる部屋で爺ちゃんが歌うように呪文を唱えた。すると蝋燭の炎が大きくなって幾何学的な模様を作り出した。何のための呪文かと聞くと、
「意味は無い、でも綺麗じゃろ?」
と白いあごひげを揺らしながら、満面の笑みで言った。
「ワシの師匠、まあ大道芸で生活している魔導師だったんじゃが。その師匠がワシの故郷で芸をしたときに見せた幻術じゃ」
爺ちゃんが指を揺らすと、幾何学模様が万華鏡のように変化していった。
「ワシは感動したんじゃ! 芸が終わったらすぐに師匠のところにいってのう。弟子にしてくれって土下座したのよ」
爺ちゃんは楽しそうに自分がなぜ魔導師を志したのかを語った。爺ちゃんは筋金入りの魔法オタクだということがすぐに分かった。俺はその時、魔法を嫌いになりかけていた。俺の待遇が悪い原因だったのだから仕方がない。
爺ちゃんはそれをまず変えたかったようだ。魔法を教えるときはいつも笑顔だった。楽しそうにしてた。俺が魔法について話すと、まずじっくりと聞いた。決して頭ごなしに否定しなかった。
「人には人の魔法があるのじゃよバズ。例え間違っていたとしても、なぜその魔法に行き着いたのか、それを分からぬうちに否定をしてはならんぞ。回り道もまた楽しいもんじゃ」
魔法の道は楽しいぞ。爺ちゃんが教えてくれた言葉は、ゆっくりと俺を変えていった。
「それじゃあ、今日の鍛錬をはじめるかのう」
エンジンのアイディアをまとめ終えた爺ちゃんは、ようやく俺の方に向き直った。
今日も俺の楽しい一日が始まる。