19 出発の準備はメイドから
この世界の貴族はメンツが大事だ。他の貴族に舐められないよう気を使う。
限られた人間しか使えない魔法。
銃にも大砲にも爆弾にもなり、現実を自由に変容させ、異次元の怪物どもを召喚して兵とする。
魔導師の数は多くない。この魔導師を囲い込めるかが、この世界の権威だ。
だから、貴族たちは魔法を身につけようとし、贅を凝らした生活をする。
初等教育を行う修道院や高度な学問を研究する大学を設立する。
すべては魔導師たちから評判を高めいざというときに自分の側に立ってもらうためだ。
だから、貴族の子供が家を出るならそれなりの支度が必要だ。近くで暮らすつもりなら、暮らしぶりが見られる。
家を出た領主の子供が別の領地で庶民になるのも、あの領主は自分の子供も満足に養えないという風評を避けるため。それでさえ、奴隷を従者として連れて行くのが慣例だ。
まぁつまるところ見栄っ張りなのだ。そしてその見栄が、貴族が貴族である所以かもしれない。
「そしてそれは俺も一緒、屋敷を出るならしっかりと準備しなくてはいけない」
言えば父上が用意するのだろうが、なんとなくそれは嫌だ。
それに自分で外に出られるだけの資金を稼げるようになれば、これからも自分の力で行きていけるという自信もつく。
「一番高価な従者は手に入れた。あとは人数分の馬に装備に、ぱっと見で立派に見える程度の服と装飾品」
領地から出たら三人以外は全部売っぱらってもいい。だけど、一時的にせよ購入しておく必要がある。
「というわけでルナさん、この三人を俺付きのメイドということで」
「まぁ坊ちゃん、一体どこから攫ってきたのですか」
「商人から譲ってもらったよ、ちょっとした難事を魔法で解決したんだ」
「坊っちゃんは大物ですね、では手配しておきましょう」
「よろしくね」
三人の服や生活必需品は任せていいだろう。
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「パレア、リア、ナヴィ、ということだからしばらくはメイドとして礼儀作法を身につけて欲しい」
豪華な調度品の幻影が並ぶ俺の部屋で、三人が並んでいる。
幻影だとは教えたが、パレアとリアはペタペタと調度品に触れ、そのリアル感触に驚いていた。
「はい、分かりましたご主人様」
ナヴィはそうした二人とは対照的にまっすぐ俺を見ている。
ココらへんが、あの商人が一級品というところなのだろう。
「あと、パレアには魔法を身につけてもらう」
「え?」
「パレア、お前魔法が使えるだろう?」
「確かに少しだけ使えるけど、まともに役に立つ物じゃ……それに、どうしてそれを?」
「態度かな、なんというか奴隷になるはずのないところから奴隷の身に堕ちたように感じた」
「それだけで?」
「それだけだ」
「……そう、で私になにをさせるの?」
「他はともかく、治癒と解毒の魔法が欲しい」
「実用レベルまでいけるかしら」
「気付けと痛み止めくらいでいいさ」
「それ本当に必要なの?」
「あると無いじゃ大違いだ」
パレアは不審に感じているようだ。
「リアは療養も必要だな、薬も用意できると思う」
これは爺ちゃんやディナに相談すればなんとかなるだろう。
「あの、リアって私のことですか?」
「ん、そうだよ、リアンを縮めてリア」
親しい人や同僚の名前は短縮形で呼ぶのがこの世界の習慣だ。
「でも、ご主人さ……違う、前のご主人さまだった商人の人は、私の事リアンって」
「奴隷のことは名前呼びが普通だってあの商人から教わったよ」
パレアが補足した。なるほど、奴隷と身分の違いを明らかにするためか。
「そう? まぁいいじゃないか、そっちの方が呼びやすいし。俺のことも、バズさんあたりでいいよ」
「バズさん?」
「うん、それでいい、リアは身体が良くなるように仕事配分を考えていくよ。そのうち薬草のことを教えるから、屋敷を出た後はその方面で頑張ってもらうからそのつもりで」
「はい!」
あとはナディか。
「ナディについては、とりあえず保留かな。まだ買えるかも分からないし」
「私のことはお気になさらずに、自由に使ってくださいご主人様」
「そのうち何か考えるよ、とりあえず礼儀作法を。身につけておいて損はないから」
こんなところか、とりあえず一日働かせてみよう。
「それじゃあ仕事ぶりを見せてもらおうか」
メイド服を着た三人は、それぞれうなずいた。