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18 報酬と対価

「報酬に奴隷を一人?」


 商人は聞き返した。

 俺は報酬を金銭ではなく奴隷ではと持ちかけたのだ。


「そうですねえ、高価な奴隷数人はダメですが、それ以外なら……」


 体格の良い男の奴隷、元職人の奴隷、価値が高いのはこの辺だな。奴隷の仕事は労働であり、若い奴隷や女の奴隷は基本安めだ。

 それでも、日本の感覚だと自動車を新車で買うくらいのお金がかかる。


「あの赤い髪の子、パラボクレアはどうかな」

「へ、いやいやそんな遠慮はいりませんよ、あれじゃあ報酬の半分程度ってところです」

「なら問題ないね」

「……まあそれでいいとおっしゃるなら」


 俺と商人は奴隷たちが寝泊まりした冒険者ギルドの隣の小屋へと向かう。村に宿泊施設は村長の家しかない。18人もの大所帯を泊められるのはあそこしかないというわけだ。


 奴隷たちは地面に座り込んで出発の時を待っていた。近しい仲間と雑談していたようだが、商人がえへんと咳払いすると、みなシーンと黙った。

 パレアは……いない。


「パラボクレアはどこだ?」

「…………」


 奴隷たちは顔を見合わせた。


「おい、どうしたんだ、パラボクレアはどこだ!?」

「今朝、リアンを連れて行ってから帰っていません」


 昨日少し話した緑髪の子が立ち上がって言った。


「リアンを?」

「どの子?」

「黒髪のまだ12歳の女の子です」

「12歳の女の子……」


 記憶をたどるが、それくらいの女の子がいた憶えはない。


「ああ、リアンは盗賊から見逃されたんですよ。襲われた時に卒倒してしまって動けなかったもので、捨てておいたのでしょう」


 なるほど、昨日からずっとここにいたのか。


「それでどこへ行った? まさか逃げたのか!? どうして知らせなかった!」


 商人の顔が歪んだ。


「いや、そういうわけじゃない、もうすぐ出発予定だろ? そのうち戻ってくるさ」

「そ、そうですか? いやしかし……」

「もし戻ってこなかったら、俺の報酬は無しでいいよ」

「え、ええ?」


 パレアにここから逃げようとする素振りはなかった。となればリアンの方に理由がある。

 リアンは話を聞く限りまだ幼い子供だ。どんな理由があるにしろ逃亡奴隷になるのは自殺行為だ。

 それに奴隷たちはパレアがここを出るのを止めなかったし、報告もなかった。それは待っていれば何事も無く済むと考えたからだろう。

 ならば待っていればいい。簡単なことだ。


 それから一時間後くらいに、パレアとリアンという少女は戻ってきた。


「なるほど」


 リアンという少女は痩せていた。顔色も悪く、呼吸音に「ひゅっ」と雑音が交じることがある。肺を痛めていた。


「どこへ行っていた!」

「ご、ごめんなさい」


 待ち構えていた商人の顔を見てパレアは青ざめた。小さなリアンを庇うように立つ。


「わ、私がこの子を誘ったの、散歩に行こうって。だから罰するなら私だけにして」

「…………」


 商人は怖い顔をしてパレアを睨みつけている。だがすぐには行動しない。

 なぜ、パレアがこんなことをしたのか、それを考えている。


「そう怒るな、パレアは大切な奴隷を潰さないためにやったんだろう」


 ここは第三者である俺が仲裁に入るのがいいだろう。


「ここはただでさえ家畜小屋の隣で空気が悪い。その上、これだけの大所帯が泊まったんだ、砂埃が舞って、その子には辛かったんだろう」

「む……」

「そのままじゃ致命的な発作につながると考えたパレアは、リアンを空気の綺麗なところに連れだした。出発前に戻ってくればいいと考えて。それを俺が一人連れて帰りたいって言ったから問題になった。それだけのことだよ」

「そうなのかパレボクレア」

「う、うん……」


 商人は大きなため息をついた。


「それならなぜ私に言わんのだ……」

「それは……」

「いいじゃないか、もう終わったことなんだし」


 パレアが商人のことを信用していないから。そんなことをここで言う必要はない。


「そうですね、ですが本当にパレボクレアでいいのですか?」

「うん」

「何の話?」

「バズ殿が、報酬代わりにお前を貰い受けたいと言われてな」

「はぁ?」

「この馬鹿! 失礼な口を叩くな!」

「……嫌よ」

「おい!?」


 商人の顔が真っ青になる。奴隷商人として、この奴隷の反応はもっとも避けたいものだろう。


「私よりこの子の方がずっと役に立つわよ、従順だし頭もいいの」


 パレアは背中に隠れていたリアンを俺の前へと導いた。リアンは憶えた表情を、青白い顔に浮かべている。


「損はしないわ、今は調子悪いけど少し休めば良くなるはずだから……」

「いい加減にしろ! 私の顔に泥を塗る気か!!」


 振り上げた商人の拳を俺が後ろから掴む。


「リアンはいくらだ」

「ダメです、そのような理由で奴隷を売るわけには行きません」

「いいさ、一緒に連れて行けばパレアも大人しくなるさ。その方が俺にもメリットがある」

「そうですか……」


 リアンの値段は思ったよりずっと安かった。それでも稼ぎの少ない俺にはなかなか辛い額だ。


「それくらいならなんとか手持ちで払えるな」

「奴隷をいくらでも買えるほど裕福なわけではないのですね、やはり別の奴隷にした方が」

「これから稼ぐから大丈夫、それにパレアは役に立つよ」

「……人を見る目には自信がありそうだ」

「さて、どうだろう。失敗することだってあるよ」


 相手は同じ人間だ。絶対うまく行くなんてことはない。


「しかしこれでは商人である私の沽券に関わりますな」

「沽券?」

「お譲りした奴隷はどちらも、私の目からすると三流品。あれがこの私の基準だと思われると心外です」

「そう言われても、今ので手持ちは殆ど無いよ。一流品どころか二流品だって買えない」

「ですので、一人あなたに奴隷をお預かりしてもらおうかと。次にお会いした時に購入していただけるかお決めください」

「いつまた会えるか分からないのに?」

「ええ、構いません。しかしこういう縁を大切にするのが上手い商売人というものです」

「縁ね」

「縁です」


 俺は、パラボクレアと、リアン、そして緑の髪をした一級品の奴隷らしいナヴァを連れて帰ることになった。

 お金を余分に使ったが、今日から屋敷を出るための準備を本格的に始めていこう。

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