16 奴隷と冒険者
小屋の中では、デイブさんが戦っていた。
「この!」
狭い室内なので槍を捨て、ロングソードを片手に持ち三人の盗賊を相手取って立ち向かっている。
盗賊たちは、元々は脱穀用の道具だった、棒の先に鎖に繋がれたトゲ付き金属球の付いた武器「フレイル(剣より安い!)」を振り回してデイブさんを攻撃していた。
デイブさんは手こずっている。脇腹に打撃を受けたのか、鎧の下の服が赤く染まっていた。
盗賊たちはデイブさんとの戦いに集中している。他に意識を向けている様子はない。
俺の銃はここに来る前にシリンダーを取り替えてある。俺はタイミングを図り、部屋の中へと飛び込んだ。
タタターン!!
銃声が響き、盗賊たちが倒れた。
「ふぅ……面目ない」
デイブさんは脇腹を押さえながら自嘲気味に笑っていた。
かつてデイブさんは、対雷のデイブと呼ばれた冒険者だったそうだ。両手剣と腕に通す盾であるバックラーを巧みに使い、バックラーで殴り相手を崩したところに両手剣での一撃をお見舞いする。
両手剣バックラーの二刀流と言うべきユニークな戦術を使う冒険者として名を馳せていた。
対雷はその激しい戦いぶりからついた二つ名だ。
今のデイブさんの左手には人差し指と中指が無い。戦いでの傷だ。その手ではもう両手剣を握ることはできず、かつての戦いはもうできない。
膝も傷があるようで、往年の鋭い踏み込みはもうできない。
それでも蓄積された経験は本物だ。それだけは駈け出し冒険者の俺にだって十分すぎるほど分かる。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「大丈夫か?」
捕らえられていた奴隷たちは怯えていたが、怪我はなかった。
「もう盗賊はいないの?」
そう言った奴隷の少女は、腰まで届く深い紅色の髪をしていた。胸も含めて発育が良いが、年齢は俺と同じくらいだろう。
無機質な奴隷の首輪が首についているが、彼女の纏う堂々とした姿勢には気高さが感じられる。
「ここのは倒したけど、他にも盗賊はいる?」
「いないと思うわ。少なくとも私たちは見ていない」
「なら大丈夫、全員揃ってる?」
「……ええ」
彼女の目に映った一瞬の迷い。聞かされた奴隷の数は19人。ここにいるのは18人。一人足りない。
「そう、じゃあ帰ろうか」
俺は奴隷の首輪の制御キーを手にした。そして放り投げ銃で撃ちぬいた。
「これを奪われたら困るからね」
奴隷たちは驚いた表情を浮かべた。
奴隷の首輪は、制御キーを持ってコマンドワードを呟けば首輪に刻まれた魔力回路から「マーシフル」の効果が発動し、激しい痛みを奴隷に与える。
マーシフル:慈悲深い? 悪い冗談だ。
本来は、相手を殺さず流血もなく争いをおさめるための魔法はこのような形で使われていた。逆に、戦いの場でマーシフルが使われることはほとんどない。
粉々になった制御キーや一人足りない奴隷を見てもデイブさんは眉をひそめただけで、文句は言わなかった。
「今回の仕事はお前さんの手柄だ、好きにしろよ」
「ありがと」
奴隷たちは大人しくついてきている。この世界で何のつてもない、無一文の逃亡奴隷が一人で生きていくのは容易なことじゃない。
盗賊襲撃の混乱に乗じて逃げた一人もおそらくは助からないと思う。
でも助かるかもしれない。そう決めたのなら俺がとやかく言うことじゃないと思う。
「あの、お名前は?」
すぐ後ろを歩いていた、緑髪の少女がそう俺に尋ねた。
「冒険者のバズ」
「バズさまですね、助けていただきありがとうございました」
「いいよ、仕事だから、それより……」
「いえ! あのままじゃみんな酷い目にあっていました。こうして無事に戻れるのもバズさまのおかげです」
「酷い目か」
盗賊の目的は別の国の奴隷商人に売り飛ばすことだろう。対して違いは無いように俺には思えたが、買い手の質は落ちるのかもしれない。
緑髪の少女の表情は、心から感謝しているようにしか見えなかった。
彼女、名前を名乗らなかったな。