13 バーグラーのミリア
俺は川の中をゆっくり泳いでいる。下着のみで服は着ていないが、右手に銃を構えている。狙いは10メートルちょい離れたところにいる魚。
もちろん、金属薬莢を使わない俺の銃にとって、水は天敵だ。ちょっとくらいの雨なら問題ないが、水中で発射するのは不可能と言っていいだろう。それに水の抵抗を受けた弾丸はすぐに減速する。本来有効射程は目と鼻の先までだ。
「ドライ・シーフリー・バレット」
右手の銃に魔力回路を刻む。今回は二つの効果を同時に刻む。これも魔法剣が補助の役割と超えない理由で、あまり多くの効果を加える事はできない。俺は9つまで同時に刻むことができるが、多分普通の魔導師はこれより少ないはずだ。
今回刻んだ効果は武器を水中で使用することを可能にする「シーフリー」と、水気を飛ばし薄い空気の膜で武器を保護する「ドライ」。ドライの効果で水中でも弾丸の発射が可能になり、シーフリーの効果で水の中でも空気中の同じように弾丸は進む。
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「うーん、銃だと威力が高すぎるね」
弾丸が命中した魚はバラバラになってしまい、残った部分を集めて焚き木で焼いている。普通の魔導師なら力場の円盤を作り出し、その上に魚を置いて焼くなんて芸当も簡単にできるのだが、あいにく俺は持参した鉄製フライパンで焼く。火も焚き木を集めて、火打ち石で火をつけた。
焼いた魚にカボスに似た果物を絞ってかけ、塩をひとつまみ。
うん、美味い。
俺は一人で
「もう一効果加えるか」
3つめ、「マーシフル」の効果を加える。銃に刻まれた魔力回路から反発力を感じるが、上手く組み合わせ、そして最後は魔力で無理やり押さえつける。
「よし、もうひと泳ぎだ」
俺は拳銃片手に再び水の中へと潜った。
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魚の焼けるいい匂いがする。今度はフライパンは使わず、洗った木の枝に刺しただけのぱちぱちと爆ぜる焚き木であぶられている。
「大漁大漁」
今度の魚は外傷がない。食べきれない分は箱に入れてあるが、箱に汲んだ川の水の中で窮屈そうに見をよじっていた。
マーシフルは相手を傷つけず、痛みだけを与える効果だ。使えば相手を殺さずに気絶させることができる。簡単な治癒の魔法でも復帰されてしまうので殺し合いで使うのは推奨されないが、自由に回路を組み替えられる魔法剣使いの間ではよく使われる効果だ。
「誰?」
気配を感じた。振り返ると黒い外套を着た黒髪癖っ毛の女が立っていた。年齢は20代後半くらいか。距離は20メートルほど。女は俺が振り返ったことに一瞬驚いたようだがすぐににこやかな笑顔を浮かべた。
怪しい、すごく怪しい。
「いい匂いがした」
「泥棒?」
「違う違う、見に来ただけ」
「ふーん」
「美味そうね」
「美味いよ」
「そう」
「そうだよ」
「……」
「……」
女はじっと焼けていく魚を見つめている。
「腹減ってるの?」
「いえ、でも美味そうだ。腹が減ってなくても美味いものを見たら幸せになる」
「そういうものかな」
「そういうもんよ」
「じゃあ食べたらもっと幸せになるの?」
「もちろん」
俺は焼けた魚を渡した。女は礼も言わずに受け取ると食べだした。
「美味い」
「ただの焼き魚だよ」
「だが美味い」
「そう」
「美味いものを食っていると幸せになる」
俺も焼けた魚を火から遠ざけると、近くにあるものから食べだした。
俺たちは無言で食べ続けた。
「ごちそうさん」
女は残った枝を折って楊枝代わりにしている。
「お前さん名前は」
「バズ」
「バズか、あたしはミリア」
「ミリアね、街道から離れたこんな森で何してるのさ」
「美味そうな匂いがしたから街道からここまでやってきたのよ」
「ずいぶん離れているけど?」
「鼻が効くの」
「なるほどね、鼻が効くなら仕方ないか」
「そういうこと」
ミリアはニヤニヤと笑っている。隠し持つようにして脇の下に刺突用のダガーが一本。腰の方に投げナイフ。服はチェインメイルを縫いこんでいるようで戦いを想定している装備だ。それを巧妙に隠すための物腰。
「それじゃあ、俺は帰るよ」
俺は立ち上がる。焚き木は川の水をかけて消した。
「そう、あたしはお前さんから魚を借りた、盗んじゃいねえ」
「だから泥棒じゃないか」
「いつか返すよ」
「うん、そのうちによろしく」
ミリアは座ったまま、俺が背を向けても動く気配はない。
俺はそのまま立ち去った。