12 顔のない英雄
トパーズはうちの長男ブランドンの婚約者候補らしい。
安心して欲しい兄さん、俺は兄さんの椅子を脅かしたりはしないから。領主なんて面倒くさそうだし。家のことは任せて、俺はのんびり世界中を旅して回るんだ。
翌日、俺はいつものように屋敷を抜けだそうとしていた。
「バロウズ坊ちゃん」
「ああルナさん」
そんな俺を、俺の乳母である家令(財務係)のルナさんが呼び止めた。
「どうしたの?」
「いえ、昨日領内に不埒者が出たそうでして。それで外は危険かもしれません」
「不埒者?」
「ええ、大きな声では言えませんが、サルナス家の馬車が盗賊に襲われたそうで」
「でもここに来たってことは、盗賊は討ち倒したんでしょ?」
「いえ、冒険者と思われる魔導師が襲ってきた盗賊から馬車を逃がしたそうです」
「でも盗賊が追ってこなかったってことは倒されちゃったってことでしょ。大丈夫だよ」
「そうかもしれませんね、ですがくれぐれもお気をつけて」
あっさりルナさんは引き下がった。
「やっぱりルナさんも盗賊じゃないと思ってる?」
「ただの盗賊が武装した兵士に守られた馬車を襲うのは不自然ですもの」
「狙われたのはトパーズお嬢様だね、まぁ父様たちが悩む問題かな」
「バロウズ坊っちゃんもお手伝いしてはどうですか?」
「俺が? ははっ、俺みたいな欠陥魔導師、何の助けにもならないよ」
「坊っちゃんがそうおっしゃるのなら仕方ありませんね。いつかその気になられるのを、このルナ楽しみにしておりますよ」
「はいはい」
俺はルナさんに手を振ると、屋敷の裏口へと向かっていった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
夕日の中、俺は充実感に満たされながら屋敷へと帰る途中だった。
今日は爺ちゃんの小屋でみっちりと魔法の研究をした。実用としての魔法も面白いが、魔法とは何か、その根源を探るような研究もまた楽しい。
古流において魔法とは言葉。新流の魔法は言葉を最初から組み合わせて最適化しているにすぎない。では言葉とは……。
そんな思考が、今見えた光景によって中断される。
「あれは……トパーズお嬢様?」
馬に乗ったトパーズが、一人でうろついている。信じられない光景に、俺は瞬きしてからもう一度見た。
「やっぱりトパーズお嬢様だよな、あの子何やってんの? 昨日襲われたのに一人で出歩くとか正気?」
何度見ても護衛はいない。放っておいて襲われでもしたら、父さんたちは大変だ。
俺は自分に昨日と同じ幻術をかけてから、彼女を追いかけた。
「トパーズお嬢様、こんなところで何をなさっているので?」
「あら、バロウズ」
トパーズは俺を見てのんきに手を降っている。
「昨日襲われたと聞いていますよ。こんなところでお一人では危ないではないですか」
「それよ」
「は?」
「私はあの時、私を助けてくれた方を探しているの」
「そ、それはなにもトパーズお嬢様がやらなくても、お供の人に任せればいいじゃないですか」
「いいえ、私が探したいのよ」
えー……。
「何でまた、危険ですよ」
「あの方は顔のない英雄と呼ばれているそうね」
うげ。
「か、顔のない英雄? なんですそれは」
「ご存じないの? それで良く領主の息子なんてやってられるわね」
「は、はぁ……」
「数年ほど前からこの領内で活躍されている英雄だそうよ。名も名乗らず人助けをしているそうよ」
「ただの流れの冒険者じゃないんですか?」
「違うわ! 凄腕でないと勝てないような強大なモンスターや魔法を使いこなす人攫いにもたった一人で立ち向かい、領民を助けているのよ。ただの冒険者じゃないわよ、きっと高名な遊歴の騎士に違いないわ」
「遊歴の騎士なら名前売るでしょう」
「いいえ、きっと謙虚な方なのよ。浮ついた名声なんて興味が無いんだわ」
これは面倒なことになった。なんか目をキラキラさせてそんなことを話している。
「まぁ分かりましたけど、とにかく危険です。屋敷に戻ってください。その顔のない人は私も探してみますから」
「本当!? もし見つけたら必ず教えるのよ」
「ええ分かりましたらか、とにかく帰りましょう」
「仕方ないわね」
まあ多分すぐ忘れるか、飽きるだろう。もし婚約したとしても兄さんとトパーズお嬢様が結婚する頃には俺は屋敷を出ているはずだ。この子はちょっとした非日常にテンション上がっているだけだ。
「もし見つけたら、ムナールのサルナス家まで連絡するのよ! 郵便代は私が支払いますから早馬を使いなさい!」
「は、はぁ……」
俺がいる国はサンダーランド。ムナールは隣国だ、トパーズお嬢様はこの国の人間じゃなかったのか。それがなんで兄さんと婚約を? まあ珍しいけど無いこともないか。家のことには絡まないと決めているんだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「なあ、バズ」
別の日、銃の整備をしていた俺に爺ちゃん声をかけた。
「なに?」
「なんで自分の正体を隠すんじゃ?」
「唐突だね」
「まぁのう、別に無理に聞こうとは思っておらんよ。言いたくないならそれでもいい」
「ん……まぁ俺はあの屋敷を出るって決めてるから、あんまり屋敷のことに口出したくないんだ。これでも多少は腕が立つと思ってるし、もし俺がそれなりに役に立つことが知られたら屋敷にいろって言われるかもしれない」
「かもしれんのう」
「兄さんは領主として十分やってける才能があるよ。領地経営のことは良くはわからないけど、いつも色々考えているのは分かる。だから兄さんに任せればいいんだ、俺は自分勝手にやらせてもらってるだけで、それを兄さんの悩みの種にしたくないんだよ」
「ふむ、バスがそう言うのならワシは何も言わんよ」
「ありがと」
ここに縛られなくないというのもあるし、家族を煩わせたくないというのもある。どのみち魔法ができたところで領主の仕事にどれほど役に立つというのか。俺は身につけた技術を活かせる世界で生きていきたい。