11 馬車が襲われるのは貴族の仕事
棒にスティングをぶら下げて意気揚々と爺ちゃんの小屋へと戻る途中のことだった。
「きゃああ!」
遠くから悲鳴が聞こえた。男たちの怒声も聞こえる。ここから少し離れたところにある馬車の通れる広い道のところか。
俺はスティングをぶら下げた棒を地面に突き刺すと、叫び声のした方へ駈け出した。
剣と鎧で武装した兵たちが戦っている。相手は暗色系のフード付きマントで顔を隠した盗賊だ。
「うわああ!」
爆発が起こり、兵士が吹き飛ばされた。盗賊たちは皆、魔導師のようだ。腕は大したことないように見える。この間の人攫い程度だろう。
いつものように不可視状態で連射、倒れたのは二人、負傷が三人。
「インヴィジティ・パージ!」
盗賊の唱えた魔法によって、俺の不可視の魔法がかき消された。
「ガキだ、冒険者か」
言いながら俺へ魔法で作られた氷柱が突き刺さる。
「何? アイスニードルが避けられただと?」
避けたように見えるのは幻のおかげ、本物の俺はその後方の草むらの中だ。不可視と分身、二つの魔法で虚を突く作戦だ。
馬車を見ると、氷の魔法で車輪が凍りついて動けないようだ。
「あっちを先に解決するか」
俺は素早く右の銃のシリンダーを取り替える。戦闘の途中で弾を込められないため、リロードは空のシリンダーごと装填されたシリンダーを交換するようにしている。そして左の銃も抜く。
普段腰に銃を下げておくときはシリンダーに弾を5発しか込めない。1発は空けておく。暴発防止のためだ。信頼のできる安全装置のついてない古い銃ならではの安全装置というわけだ。常に1発は空の弾倉がある。
これは銃の系統を使うのにちょうどいい。左の銃は空の弾倉に撃鉄を合わせた。
「魔束射心魅了」
右手の銃には魔法銃の回路を刻みつつ、左手は銃の系統を発動する。
熱の弾丸が凍りついた車輪に命中し、一瞬で氷を蒸発させた。同時に、魅了の魔法に撃たれた馬車を守る兵のリーダー格は、初対面の俺を信頼できる友人だと誤認する。
「今だ! 行け!」
「すまん!」
名も知らない俺の声にリーダー格は頷くと、剣で馬車馬の尻を叩いて進ませた。
「逃がすな!」
賊が慌てて追おうとする
「っと!」
俺は草むらから躍り出ながら左手の銃を乱射する。4発の弾丸が4人の相手をそれぞれ倒す。
動きながらでも、正面からならこちらへの注意がおろそかな相手の急所を狙うことなんてわけはない。狙っている馬車が逃げればかならず注意が逸らせると思っていた。
「あと2人」
この程度なら楽なもんだ。空になった左の銃をホルスターにしまいながら相手を見据えてニヤリと笑った。
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途中寄り道したせいですっかり帰りが遅くなり、爺ちゃんの小屋で食事を食べそこねた。屋敷で何か適当に作ってもらうことにしよう。獲物のスティングを渡すと俺は急いで屋敷へと戻った。
俺は裏口からこっそり屋敷に入り、自分の部屋へ戻ろうとする。
「あらあなた……」
知らない声が俺を呼び止めた。この屋敷にいる人の声は全部憶えているから、昨日まではこの屋敷にいなかった人だ。
俺はゆっくり振り向いた。そこにはブラウンの髪をした俺と同じくらいの歳だと思われる少女が立っていた。礼儀作法には疎い俺にも、その物腰がよく訓練されたものだと分かる。どこかの貴族令嬢だろう。
「あ、あら? ごめんなさい人違いだったようで」
俺の顔を見て、その少女は困惑している。幻術によって俺の顔や正面から見た服は違うものに見えているはずだ。
やはり今日助けた馬車は父さんを訪ねてきていたのか。こんなところに馬車で来るのは父さんのお客だけだとは思っていたけど。
「私は、トパーズ・オブ・サルナスです、どうぞよしなに」
態度的にどうやらうちより格上の家の人か。でもサルナス家? 聞いたことがないな。
「こんばんは、トパーズお嬢様、私はバロウズ・ヒースです」
「よろしくバロウズ」
そう言って手を差し出すトパーズ。ああ手の甲にキスをしろってやつか。いや俺やったことないんだよな。悪いけど、ズルさせてもらおう。
俺は無詠唱で心術を発動し、トパーズの心からトパーズの理想の作法を引き出した。
「まぁ……」
トパーズは小さく驚いた声をあげた。急に俺が完璧な仕草のキスをしたので驚いたのだろう。
「では、良い夢をレディ」
俺はそう一言添えてその場を後にする。
え、マジで? こんなこと言うのが理想の貴族なの? 自分で言いながらちょっとビビったよ、すごいな貴族。