10 冒険者になろう
お金を稼ぐ。簡単なようでなかなか難しい。とくに定職につかず旅をしながら稼ぐというのは簡単にはいかない。
仕事というのは毎日繰り返されるものだ。素人でも同じ仕事を続けていれば技術は上がるし、なによりいつでも仕事をしてくれるという安心感がある。だから流れ者は賃金の安い肉体労働の仕事くらいしかないということも多い。
しかしそれじゃあ食っていくのがやっとで、旅費を稼ぐにはかなり時間がかかる。旅をしている時間より荷物を運んでいる時間の方が多くなるだろう。
稼ぐなら他の人にできないことをするしかない。
それが冒険者、普通の人では対応できない厄介事を片付け、富と名声を目指す流浪の特殊技能者たち。
「文字は書ける? じゃあこっちの申請書に記入しておいて」
受付のお姉さんはそう言って茶色っぽいざらざらした紙を渡してくれた。版画で刷られたらしいその書類は、名前や年齢、なにができるかなどを書く欄がある。
冒険者ギルドは、自由気ままな冒険者たちを統括する組織だ。仕事を管理し、冒険者の技能に合わせて適切に割り振る。また勝手に冒険者を名乗る無法者がでないようにするため、冒険者リストを作り管理するのが目的だ。
大きな街の冒険者ギルドは宿泊施設兼ねており、いつも武装した冒険者たちが依頼を待っているため活気があると聞く。
「ブヒ……」
足元にまとわりつき、人の足をふんふんと嗅いでいた子豚が鳴いた。なんで往来に豚がいるんだ。
このあたりの村を統括しているこの冒険者ギルドは、この村の出身であるお姉さんが唯一の職員だ。
建物も、街角の宝くじ売り場を想像してもらえると近い。併設された宿泊施設は家畜小屋の一部で、獣臭さにまみれながらわらの中で過ごせということらしい。
富と名声どころか夢も希望もありゃしねえ。
書き終わった申請書を渡すと、お姉さんはじっと書類を確認した。
「戦闘訓練済みね、従軍経験は無しと、えっ魔導師なの? じゃあ何でもいいから魔法を見せて」
簡単な魔法でいいのだろうけど、せっかくだ、一日中ここで座って暇しているお姉さんに驚きをあげよう。俺は一枚の銀貨を取り出した。
「?」
照明の魔法などを使うと思っていたお姉さんは首を傾げている。
俺は机の上に銀貨を置くと指で叩いた。すると銀貨が二枚に増える。
「ええ?」
驚いたお姉さんが俺を見た。俺は手の仕草で「触ってみたら?」と伝えた。
「えっ? えええ!?」
お姉さんが銀貨に触れるとさらに銀貨が増えて4枚に。もう一度触れたら8枚。あっという間にテーブルに銀貨の山ができあがる。
「それじゃあプレゼント」
ぽんと銀貨が弾けて熱のない火花を散らし、お姉さんが瞬きすると、テーブルの上には一枚の銀貨と今そこで摘んだ小さな白い花が置かれてある。
「……す、すごーい!」
ぱちぱちとお姉さんは拍手をした。
「若いのにすごい魔導師なんだね、それならここより街のギルドに行った方がいいよ。ここだとDランクまでしか認可できないし」
「冒険者にはランクがあるんだよね?」
「そう、EランクからSランクまであるわ。Eランクが訓練とか受けていない新人、Dランクが訓練を終えた人。こういう出張所で認可できるのはここまでで、Cランクから上は街のギルドじゃないと認可できないのよ」
「なるほど、でもとりあえずはDランクでいいよ」
「分かったわ、それじゃあ申請書を街に送るから、2週間後に取りに来てね」
「ギルドカードはその時に?」
「ええそうよ、ギルドカードは街の代書師にしかできないもの」
「分かった、ありがとう」
代書師は、魔法で文字を書く魔導師のことだ。集中するのにコツがいるらしく、また他の仕事に応用が効かないため使い手が少ない。そのため、代書師の書いた文字は偽造のしにくいとされている。同格代書師なら偽造もできるが、ギルドカードならそこらへんの盗賊や詐欺師が作れないで十分だろう、なお文字を書くのは変容術の系統のため俺には使えない。
帰りにモンスターのスティングという子犬ほどの大きさもある、くちばしの尖った大型の吸血鳥がいたので5匹撃った。しっかり洗って血を抜き、よく火を通す必要があるが、その肉は旨味が強くなかなか美味だ。爺ちゃんも喜ぶだろう。
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バロウズが帰ってからしばらく後。今は背中に大きなメイスを背負った男がギルドの窓口で依頼を見ていた。男は依頼書を机に投げ捨てると渋い顔をした。
「なあ嬢ちゃん、もっと楽な依頼はないのかよ」
「いまはこれだけです」
「スティング5匹なんて危なくてやってられねえよ」
肩をすくめて帰っていくDランク冒険者(村の力自慢)を見て、彼女はため息をついた。
「今日来たあの子…バロウズ君なら倒せるといいけど、早くギルドカードこないかな。そういえばどこの子なんだろう、住んでいる村聞いておけば良かった」