1 異世界なら魔法チートを狙うのは当たり前
眼を開けると、白い天井が見えた。頭は霧の中に中身を置き忘れてきたかのように鈍く、思考がふわふわとまとまらない。俺の名前はなんだったか。
「あーあー」
自分の名前を発音しようとするが、口が上手く動かない。ようやく俺は自分の身体が自分のものでなくなっていることに気がついた。
小さく、ぷにぷにとした柔らかそうな小さな手。指もまともに動かない。だけど、間違いなく俺の手だ。手に触れるシーツの感触がはっきりと伝わってきた。
「バロウズ坊っちゃん、お腹が空いたのですか?」
ヨーロッパの歴史映画で見たような、赤い服に白いエプロンをしたふくよかな女性が俺を抱き上げた。そう俺は彼女の腕に抱き上げられていた。
ようやく俺は理解する。俺は赤ちゃんになっていた。
なぜこうなったのかはよく分からない。俺は地球の日本で暮らす新人サラリーマンだったはずだ。もしかすると元の世界の俺は死んだのかもしれないと、ぼんやり感じている。
最後に何をやっていたのかどうして思い出せないからだ。事故か何かで死んだのなら、そういう状態になってもおかしくないとも思えた。
元の世界に戻る方法を探すべきかとも考えた。でも赤ちゃんスタートはその気持ちを忘れされるのに十分な時間を俺に経過させた。俺の世話をしてくれるのは乳母のルナ、両親はどうやら領主の夫婦で、俺はそこの三男。悪くない境遇だ。
一歳の俺は、じっと周囲を観察する。ここは俺の知っている世界ではない。最初に日本ではコスプレでしか見られないような服の乳母を見た時からその可能性は考えていたが、乳母が冷めてしまったミルクを温めるのに、マッチやライターも使わず、指先から炎を出して温めていたのを見て確信した。
この世界には魔法が存在する! そう知った時、俺はつい欲を出した。前に読んだ小さいうちから訓練して魔法の天才になったファンタジーライトノベルを思い出し、俺もできるのではと考えたのだ。
結論から言おう。この試みは大失敗だった。当時の俺はいろいろ勘違いしていて、親バレしないように隠れてこっそりやれば神童とちやほやされるんじゃね? とか思っていたのだ。
実際、訓練をはじめてから魔力という、どれだけ強力な魔法をどれだけ回数使えるか、そしてその魔法がどれだけ威力があるかという、魔法の根源というべき力はぐんぐんと上達していった。
八歳の頃には、すでに周囲の大人の誰よりも強力な魔法を使える自信があった。周囲の大人に本格的な魔法の使い手……「魔導師」はいなかったけれど、それでも八歳の子供にしては格別だった。
でも落とし穴があった、それも取り返しの付かない落とし穴が。
本が貴重で、複製するには手書きに写すしか無いこの世界では、本の知識はあまりに不完全なものだったのだ。独学はダメだった、それも魔法についてド素人の俺の独学には致命的ミスがあったのだ。
この世界には魔法に系統がある。
力術、防御術、変容術、命術、占術、空術、幻術、心術の8系統だ。
魔法をエネルギーに変換する力術、相手の魔法を防ぐ防御術に、物質を変容させる変容術。これらの魔法を使うと、どうしても目立つし痕が残る。防御術は目立たないが、練習するためには魔法をかけてくれる相手が必要だ。だから俺は、痕の残らない幻術と、精神を操作する心術のみを使って訓練した。その結果、見事に才能を開花することができたのだが……。