遭遇
500m程離れた場所で、三人の男の内、
真ん中の男が、こちらに手を振っている。
ここからでは、お互いの表情までは分からない。
すぐに、微笑んでいた顔を、警戒した顔にする。
他人に、不安を抱かせてはならない。
出会いがしらに微笑んでいる奴など、気味が悪い。
相手が納得できる行動をしないといけない。
そうしなければ、全ての物事は上手くいかない。
俺の腕を抱きしめていたリーナが少し離れ、
大きく手を振りかえそうとする。
森に住んでいた頃は、時々、両親に村へ行ってみたいとおねだりしてたのを俺は知っている。
警戒より、興味が勝ったのだろう。
また少し、ワクワクしているようにも見える。
しかし、直ぐに俺が手を振らない事にリーナが気付き、振ろうとするのを止め、俺を見つめる。
「兄さん……? どうして、手を振らないの? あの人たち、手を振ってきているよ?」
「ああ、そうだな、手を振り返さないとな」
今回、相手が手を振ってきているのも純粋な興味故だろう。
恐らく、森で何をしていたのか知りたいだけだ。
手を振り返した方が良さそうだ。
(ただ、これから起こる情報交換は注意を払う必要がある。
1つ目は、俺が転生者とばれない事。
2つ目は、俺たちの暮らしが異常かどうか。
下手すれば、そこがばれて、1つ目が露呈する可能性もある。
それを知るためにも、村は俺達の存在を知っていたかどうかを知りたい。
ここらは、場合によっては両親に濡れ衣を着せる必要もありそうだ。)
そして、怖々といった感じで、手を振り返そうとするが、遅かった。
向こうが次の行動を起こす。
結局、手を振り返す事が出来なかったことに少し後悔する。
向こうで手を振っている男が、隣の男に話しかけられる。
この間も男は手を振り続けている。話は直ぐ終わったようだ。
すると、手を振る男は、上げていた手をひっくり返し、宙に固定した。
なんだ、あれは?
これがこの世界の、挨拶だろうか。
しかし、手を振ってきたことが挨拶な気もする。
相手は次の行動を起こしてきたのに、無反応も悪いだろう。
どうしたものか。
俺は少し逡巡するが、妹が痺れを切らして行動した。
「もう! 私が振り返すね!」
そう言って、大きく手をあげる。
そして、ぶんぶんと、向こうに手を振り返す。
それに伴って、腰まで届きそうな長い赤髪もふさふさ動く。
加えて最後に、相手の行動を真似て、手をひっくり返す。
その行動に驚かされて、リーナに尋ねる。
「その行動の意味、分かったのか?」
「分かんない! けど、きっと、するべきだよ!」
おお、妹よ、それは軽率ではなかろうか?
まあけど、そこがリーナの可愛いところでもあるし、
俺がより一層警戒すればいいだけか。
……何も問題はないな。
そして、妹が変な事を言った。
「あ! 綺麗だね~。私も早く使いこなせるようにならないとね!」
ニコっと、はにかんだ表情を俺にみせ、自身の興奮をアピールする。
ん?何が?
向こうが何かをしたみたいな言い方だ。
しかし、先ほどから、向こうを見ていたつもりだが、特に変わった事はない。
改めて見ても、
既に男は手を下ろし、こちらを意識しながら会話している事が分かるのみ。
他に、変わったところは無い。
そもそも使いこなすってなんだ?
過去の会話を思いだし、恐らく魔法の事かとアタりをつける。
魔法か……妹が、父さんと母さんの死を乗り越えているように見えるのも、魔法使いになるという目標があるのかもしれない。
いや、きっとそうだ。俺があの時、呪いを掛けたのだ。”強くなろう”と。
それを妹は魔法に見出したのだろう。早く、俺も何か見つけないと。
(……おや? 魔法ぉ?)
「え?今、魔法使ったの?」
「うん? 見えなかった? 手首光らしてたよ?」
「ああ、見てなかったよ。しまったなあ」
「ちゃんと良く見てよ、兄さん。もう手を下ろしちゃったけど、今も少し光って輝いているのが分かるよ?」
夕暮れは終わり、既に日は暮れている。
草木が作る伸びた影は、俺達、向こうを含めた、辺り一面の地面を覆い尽くし、暗闇を濃くし始めている。
そんな中、輝く光りを見つけられない筈がない。
妹は見つけた。けれど、俺には見つけられない。見えない。
何かを踏みはずした気持ちになる。
3人の男たちが動き出した。
こちらに手を軽く振りながら近づいてくる。
「こっちに来た! 魔法教えてくれるかもね、兄さん!」
妹は、自分の嬉しさを俺にも分けようと、ぬくもりのある笑顔をする。
3人の男たちは、俺たちに気づかれて欲しくないような、そっとさりげない歩みで、互いの距離を広げる。
こちらに来て、挨拶するのに、その行為は必要ない。その行為を隠す必要もない。
大きなズレが、起きている。
妹……いや俺達と向こうの3人組に、大きなズレが起きている。
また、嫌な予感がしてきたよ。