六歩目は、手を繋いで。
しまった。
ドギツイ目つきで、妹を睨んでしまった……!
すぐさま声を掛けようとするが、何を言えばいいのか分からない。
リーナは、俺の目に怯えたが、それでも扉を開けて、こちらへと歩いてきた。
リーナの瞼は赤く腫れており、泣いていたことが分かる。
「お兄ちゃん……? お父ちゃん……は?」
泣いたためか、かすれた声で、こちらへ歩み寄ろうとする。
その様を眺めつつ、何をどう言うべきか悩んで、妹の姿を視界の隅に、視線をフラフラとさせる。
そして、目に入った。足のみを覗かせる母さんを。
「! 来るなッ!!!!」
思わず、大きく叫ぶ。だが、傍からみれば、それは怒鳴ったものと大差がなかった。
自分のきつい言葉にハッとするが、もう遅い。
「うぅ……ううぅぅぅぅぅぅ」
と、リーナは、か細く息詰まった後、大粒の涙をこらえきれずに、すぐに家の中へと走り去ってしまった。
自分の無能さに舌うちする。
両手で抱きあげていた、父さんの躯を地面に横たわせ、俺の手で、両の目の瞼を優しく閉じ、
直ぐに家の方へ走っていく。それと同時に掛ける言葉を考えていく。
馬鹿か、俺は! もっと優しく言え! これ以上、妹を傷つけさせるな。
何を為すべきか考えろ!!! まだ近くにいるかもしれんなのだぞ!!!!
あいつが!!!
それと同時にフラッシュバックする。
あの時のトカゲの、俺へと向ける目つき。
無力さを、まざまざと見せつけられた、あの時の屈辱を……!!!
あの時、思い知らされた。
俺には妹を守る力さえ持っていない。
俺の命を身代わりにしても奴を倒せない。だから、父さんが死んだ。
次、あいつに会ったら今度は妹を失う。
風でしまりかけた、扉を開けて直ぐに家の中へと駆け込む。
ぅぅぅぅ と俺と妹の寝室の方から、妹の押し殺したような泣き声が聞こえる。
とても悲しい声だ。聞いているだけで胸が締め付けられる。
泣かした奴を殺してやりたい。けど、それすらも俺には出来ない。
バッと寝室に入ると、そこにはベッドに上半身を埋めて、さめざめと泣く妹の後ろ姿があった。
~~~!
思わず、後ろから抱き締める。
色々と考えていた言葉はあったが、直ぐに出たのは、それとは違う、
「すまん! 父さんを……ずくえながったッ!!!」
涙を流した謝罪だった。
悲しくて仕方が無かった。
aとして生きた、大切なものが無い生き方も、空虚なものだったが、
大切なものを持って生き、それを失うことが、こんなにも悲しいものなのか……!!
精神年齢ではより発達していると感じる俺ですら、ここまで悲しいのだ。
実の両親を失う、妹の悲しみの深さが想像出来ない。
きっと俺には分かってやれない。
嗚呼、また俺は無力なのか。
抱きしめた腕に、引っ張られる力が加わる。
それに気づいて、妹に意識を向ける。いつの間にか妹は泣くのを止めていた。
スンスンと鼻を鳴らしがらも、リーナは言葉を紡ぐ。
「私も……母ちゃんを守れ……ながった。ごめんなざい」
その言葉で気づく。最初の呼びかけに母さんが含まれていなかった意味を。
見たのだ、見てしまったのだ、母さんが死ぬ姿を。
情けなくも思わず、呪いにもなってしまう言葉を妹に掛けた。
「強くなろう……死んでしまった、父さんと母さんを安心させるためにも」
本当に情けない。守ってやる、の言葉すら俺には約束出来るほど力がないのだから。
リーナが俺へと振り返る。泣きやんではいるが、何回も泣いたせいか、瞼だけでは無く、頬すらも赤くなっている。
そして、リーナはおでこを俺のおでこに軽く当て、言葉を返した。
「うん……強く……なる……!」
その行為は、妹の甘えん坊だが、勝気な性格がにじみ出た約束の形。
どこで覚えたかは知らないが、よく遊ぶ約束をした時に、やってやってと、せがまれたものだった。
「ああ」
俺は言葉を返し、直ぐに立ち上がる。
「リーナ、ここを出るぞ。今すぐにだ。
悪いけど、説明する時間すら惜しい。」
そろそろ、夕日が見えそうだが、今すぐにでも、ここを離れたい。
村との距離も分からんが、たどり着けなれば、木の上で野宿も覚悟だ。
「わかった。」
そう言ったリーナの瞳には既に強い光が宿っていた。
その姿に、俺も不思議と力が湧いてくる。
「よし、必要最低限なものからバックに詰めてくれ。
……恐らくここにはもう戻ってこないから」
今までは野菜など、必要最低限な道具は父が持って帰ってくることが多かった。だから、俺もそれに倣い、ほとぼりが冷めれば、ここに住まう事も出来る。しかし、父は俺に告げたのだ。
人を信じるな、と。ギルドに入れ、と。
「お兄ちゃんは?」
「俺は父さんと母さんを……安らかに眠らせる。」
「うん……わかった。」
そうして、俺とリーナは動き始める。
無くしたものに別れを告げて、生きていく準備のために。
一時間程で準備は整った。
埋葬にしたが、別々の墓を作るまで時間が無かった。
火葬の考えもあったが、もしかしら近くにいるかもしれない、2匹のトカゲに気付かれることが怖かった。
きちんとしたものを作りたかったけど、ごめん。
最後のお別れとして、俺達は旅の始まる獣道を背に、家を眺める。
俺たちの背中には大小のあるバッグが二つある。
加えて、俺は解体用ナイフ2本、ブロードソード、弓と12本の矢。
リーナはショートソードのみ。正直な話、トカゲに会ったら終わりである。
不安な気持ちを妹に悟られたかも、と心配になって横目で妹を窺う。
仕方ないだろ?兄としての威厳があるんだから。
リーナは、いつものキリリとした表情で家を真っ直ぐ見つめていた。
そして、気づいた。妹のバッグから分厚い本が覗いていることに。
(言うべきか?重くて、体力の消耗が激しくなるから、家に置いていけと。
しかし、俺たちは母さんから、御伽話……じゃなくて実話を聞かされて読み書きを覚えたんだ。
そんな思い出の品を、まだ中学生高校生付近の妹に言い聞かせるべきなのだろうか?)
悶々と悩んで、本を見つめていた俺の視線に気づいたのだろうか、妹が話しかけてきた。
「あ、これは母ちゃんから貰った魔術書だよ。これで強くなるね、私。
……もう、惨めな思いをしたくないから。行こう、兄さん。」
成長しようとする妹に戸惑いを覚えつつも、俺は応える。
「ああ……よし、行くか」
(マジですか。俺は、それでは強くなれないんだよなあ。……妹に抜かされるかも。どうしよ……)
俺たちは、両親に別れを告げて、ここを去る。
早速、目標を見つけた妹に、焦りを抱き、今後の希望と憂いを携えて、俺たちはここを去るんだ。
ああ、不安だ。