理由
「……にい……ちゃん……?」
店を出て、少ししてからリーナが意識を取り戻した。
「起きたか……具合はどうだ……? ああそれと、妹よ、取り敢えずフードはそのままにしておけよ」
俺は宿屋へ向かって歩き続ける。薬屋の方向は一切見ない。まだ、火の騒ぎにはなっていないようだ。
「うん……? 分かった。体調なほうだけど、平気……大丈夫になった……何だか嘘みたい。そんな事無かったみたいに、何だか前よりも……こう……力が溢れる……? 元気になったみたい。」
「そうか。そうか。」
俺は安堵しながら答えた。
爺さんが言ってた事が本当なら、リーナは魔法使いとして力も持った事になる。母さんも喜ぶだろう。……一人でも生きていけるな。
「……兄さん、降ろして。もう歩けるよ。……あれ? ここ何処? 兄さん、今まで何してたの? 宿屋で私一人で寝てたと思うんだけど……それになんか荷物持ってるね」
そう言って、リーナは薬屋から強奪した金品などが入った袋を首をかしげて見た。
「……」
(薬屋での意識がない……? いやそもそも俺とリーナのやり取りが抜け落ちてる……? それなら好都合だ……!)
俺は少し予定を変更する。
「……ここらでの流行りの病にリーナがかかっていたんだ。お医者さんがそう言ってたよ。それよりも妹よ、今から冒険者ギルドへ行って登録してこい。場所は……」
冒険者ギルドの場所をリーナに教える。色々と聞きたいことがあるみたいだが、妹は納得がいかないようにうなずいた。
「分かった。兄さんはどこ行くの?」
「宿屋へ荷物を取ってくる。冒険者ギルドの登録が終わったら直ぐにでもクエストを受けよう。金を稼ぎたい。」
(俺への呼称が変わっているな。空元気では無いようだ。本当に良かった。)
「その……それは私の……」
それ以上は言わせない。俺はフード越しに妹の頭を強引に撫でる。
(リーナは、お医者さんに診てもらったからお金が無くなったと考えたみたいだな。)
「何度も言わせるな、らしくないぞ。リーナが甘えてくれる事が兄ちゃんの幸せだ。よし! そろそろ行ってこい! 道は覚えたよな? なるべく早く登録してくれよな。日が完全に暮れるまでに早く此処を出たい。」
「私ももう大人だよ! 一発で覚えたからね! 行ってくる!」
ぷんぷん怒る妹を、いってらっしゃいと、俺は見送った。初めて一人で社会に出る妹の姿を見ると、色々と不安になるが仕方がない。俺にはやらなければいけない事が残っている。
……やっぱり付いて行こうかなあ。元気になったみたいだし、これから町の光景に、はしゃぎそうだ。く〜〜! 妹のはしゃぎ姿見てえなあ〜〜! きっと、堪らんよなあ〜〜!
……はあ、やっぱり駄目だ。まだ終わっていない。俺がすべきことをやっていない。
ここからが本番なのだ。
薬屋は火事として捉えられる。そこから殺人だと発覚するまでは少し時間がかかるはず、つまりまだ仮紋の俺たちは疑われない……はず。
しかし、これから殺す宿屋のおっちゃんは殺しても放火しない方が良い。
同時に多発的に放火が起きたら、事故ではなく、事件だと捉えられるだろう。そうなったら、疑わしい仮紋の者を確保するために直ぐにでも、門番関係の奴らが追いかけてくる。それは不味い。あくまでも事故として死んで貰うか……それとも……
……おや? 妹のやつ、何だか周りから浮いてるな。
妹の背中を見送っていて、違和感を感じる。混雑し始めている街道をリーナは突き進んでいこうとするが、それよりも前に周囲の人間がリーナに気付いて避けていく。彼らの表情には少量の怯えが含まれていた。
リーナの可愛さに周りが反応しているって訳でもなさそうだ。気になるが、優先順位は変わらない。早くこちらも行動しよう。
俺は宿屋の方へと向かった。
「……おお」
読書をしていた宿屋のおっちゃんは俺が戻ってきた事に気づくと、椅子から立ち上がる。そして、俺の背中に妹がいない事に気付くと口を噤んだ。
俺は疲れたような笑みを浮かべる。
「妹は大丈夫です。お世話おかけしました。手持ちのお金を忘れてしまって、取りに来ました。鍵を頂けますか?」
ぺこりと頭を下げて、鍵を求める。
「ああ、ああ、それは良かった……んんっ! かしこまりました。」
おっちゃんは心の底から安堵した顔になり、咳払いしていつもの穏やかな顔に戻った。そして、懐から鍵を取り出し、俺に渡そうとする。
俺はそれをカウンター越しに掴み取ろうとするが、空を切ってカウンターにへばりつくような動きをした。そして頼む。
「すみません。疲れてしまって……一杯、お水を頂けますか?」
少し疲れた顔で俺は苦笑いした。
「お疲れ様でした。少し待って下さいね。今、水を取りに行きます。」
おっちゃんは微笑んで言葉を返し、近付いていたおっちゃんは、俺に背中を向けた。
「……!」
(ここだ……!)
俺は機敏な動きで背後から、手持ちの縄をおっちゃんの首にかける。おっちゃんは突然の出来事に手足をジタバタさせて、抵抗する。俺は全体重をかけて、カウンターのこちら側へと引き込もうようにして、おっちゃんを地面から少し浮かした。ガンっ! ガンッ! と暴れる足がカウンターにぶつかる。
俺は人が来ない事を願い続ける。やがて、ガン……がん……少しずつ音が小さくなっていく。抵抗する力が弱くなっていく。俺は少し縄を緩める。……大きな抵抗はない。
このタイミングか……?
俺は片手で縄を引張りつつ、懐からポーションを取り出し、おっちゃんの首にかける。
キツくついた縄の跡がゆっくりと消えていく。
そして、再び首を絞める。
少しして、完全な静寂がこの空間に訪れた。外はまだ少しうるさい。警戒しつつ、俺はおっちゃんのけい動脈に指を当てる。
……死んでいるな。
俺はおっちゃんを抱えあげて、椅子に座らせた。そして、天井を仰ぐような形を取らせ、両手を腹の前で組ませる。そして、最後に読書に使っていた本をおっちゃんの顔にかける。いや、その前に見開かれたおっちゃんの瞼を下ろして、本で顔を隠した。首には殆ど痕が残っていない。遠目から見れば気付かないだろう。
これで少しは時間を稼げる。
またガンガンと頭が痛くなる。
くそ……またか。そんな事より、おっちゃんを殺した理由を作らないといけない。金品を奪おう……!
頭を片手で抑えながら、俺はおっちゃんの体勢を崩さないように体を弄る。しかし、何も出てこない。焦りながら、カウンターの下も見てみる。……あった。皮袋があり、中をみると銅貨や銀貨が少量ながらあった。
釣り銭用……か……?
それ以外には近くには見当たらない。俺はこれ以上の捜索は諦める。
これ以上長居して、人に出くわせば不味い。
素早く俺は宿泊している部屋に戻り、荷物を全て抱えて外へ出た。
最後にカウンターを通り過ぎる時、おっちゃんの方を見ると、寝ているようだった。
思わず謝罪の言葉が出そうになる。
違うだろ……?
殺したおっちゃんや老人には何も罪は無かった。寧ろ、優しく、出会うタイミングが違えば、慕う事が出来たかもしれない。そんな人を俺が殺した。俺が抱くべき感情は、きっと感謝だ。森で鹿を殺し、生きるために食すように。人もまた殺したならば、俺の価値観のために殺したとするべきだ。ならば、謝罪では無く、きっと感謝だ。謝罪は違う。彼らの死に意味が無かった事になる。それが一番やってはいけない事だ。
世の中、理由が無いものなどあってはならない。理由が無い事は残酷だ。




