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二つ目の可能性

 二つ目の可能性。

それは、俺自身が本当に金貨100枚の価値が無いのかどうかだ。


 俺は転生者だ。

そのステータスが高い価値を生み出す可能性がある。


 父さんは言った、転生者である事がバレるなと。


 父さんが死に間際に伝えた言葉。

ならば、バレたら悪い方向に転がるからだと解釈した方がいい。


 そして、俺は転生者がこの世の中で憎まれていると捉えた。普通はそうだ。この世界の技術体系とは全く変わった技術体系を持ち込むのだ。既存の体系が壊れる。一番困るのは誰だ? そこに胡座をかく、力ある権力者だ。 なら権力者が利益を守るためにする事は二つ。転生者が忌み嫌われる風潮を生み出し、排除つまりは殺すか、転生者に美味い条件を出して囲う。


 どちらにしても転生者である事を利用すれば、高い価値を生み出せると認識されて良い。


 なら、俺が転生者である事を伝えれば? 俺の価値が金貨100枚に届くかもしれない。妹を救えるかもしれない。


 だが、悪い可能性もある……

もしその憎悪の風潮がコントロールされていない場合だ。つまり権力者云々は置いといて、転生者自体が禁忌の域に達している。転生者に対して反過激派がいる可能性。


 俺はそれを今まで恐れていた。


 反過激派がいれば、単語自体に敏感な世論になる。誰かが転生者という言葉を使った時点でoutなのだ。あいつが日常で必要としない単語を話した。あいつは何を考えている? あいつはもしかして……? これで充分だ。その単語を俺が喋ったという情報が伝搬するだけで俺と妹を危険に晒す。


 だから避けた。人を交えた情報収集を避けた。


 これらを踏まえた、二つ目の賭け……サイコロになる。悪い方向へ転がる出目が無数にある。

そもそも、全ては俺の推測、憶測、妄想の類である。考え過ぎかもしれない。それでも妹を想えば無視出来ない。


しかし、これは可能性を探るだけで危険なのだ。もし、成功しても、リーナには兄が転生者であるというレッテルを貼られる事になる……よろしくない。最悪、殺されたり、あれば法の下で死ぬ事になる。


やはり、最後の方法……略奪するべきか……? 爺さんから薬を奪う。そして、妹と薬の関係……俺と妹の関係を知る者を殺す。そうすれば、妹の命は救われ、妹は、平穏無事な生活を送る事が出来る。


 これが俺の欲する結果に直結するのでは?


 俺は爺さんを殺すべきなのか……?

なあ……リーナ……お前は生きたいのか……?


 アランはリーナの様子を見る。

リーナは相変わらず苦しんでいた。状況を察して言葉を発する気配は無い。


 アランは、その事を残念に思った。


 頭がズキンとする。


 痛みが走ると共に、そう思った自分を殺してやりたくなった。俺は何を思った? どうして残念がった? 妹がこの状況に気付いて言葉を発せれば、言うに決まってる。『兄ちゃん……無理しなくていいよ、受け入れる……』と……!


 俺はその発言を免罪符に楽になりたいと思ったのか?

次の瞬間には妹が死んでもおかしくない状況下で、選択肢どうのこうの言っている事が間違いではないのか?! 妹が力尽きるのを待っていた訳ではないだろ?!

俺はそこまでクズじゃないだろ?!

そこまでマトモじゃないのか?!


 また甘ったるい考えで家族を失うのか? aである事を受け入れたではないか!? それをまたグチグチと……!


 捨てちまえ、そんな考え方!

他者の考えを尊重しようとするな!

俺の欲望をもとに思考するんだ!


 妹を見ろ! あれだけ苦しんでいるのに、今も尚、息をしている! 生にしがみついている! 生きたいのだ!!


 なら……俺がすべきことは……


 けど、けど、それでも……最後にもう一度だけ……


 「……」


 またも沈黙する小さな大人を前に、老人はこの状況を脱する方法を考える。そしてもう一度諭す事を決意する。彼女の兄としての正しい行いを。

嗄れた声で老人は述べる。


 「先ほども……言ったように、今、お主の妹の体を魔素が無差別に暴れまわっておる。内臓を暴れ回り、神経をズタズタにしているのじゃ。きっと想像を絶する地獄の真っ只中に妹はおる。救ってやりなさい……楽にしてやるのじゃ。その薬を提供しよう。少し……待っておれ。取ってくる……」


 老人は立ち上がる。そして、受付カウンターの向こうへとゆっくりと、しかししっかりとした足取りで歩く。


「爺さんが言ってた、この店の象徴は……あれですか?」


 俺が指差す先には薬品があった。

入り口から正面にある、カウンターの向こう側の棚の上に置いてあった。それは、半透明な白色のクリスタルが水飛沫を上げたような形をした器に入っている。瓶自体には豪華な装飾が付けられており、ネックの部分には両翼が付いていた。


「……すまぬ」


 それが答えだった。


 俺は最後の情けをかけてもらうために、床に座る。今からする事を考えると、自分がゴミのような気分になる。他人から見てもきっと俺はゴミに見える。願わくば、リーナが俺を見ないことを。


 深呼吸する。両手を地面につき、俺は頭を床に打ち付け、這いつくばる。

そして、乞う。


 「お願いします!!! なんでもします!!! だから、妹を助けてはくれませんか?! お願いします!!! どうか!! 妹を……!!!」


 必死に必死に、ただただ縋る。まるで乞食だ。


 情けない情けない情けない。最後の最後までこんな事しか出来ない自分が情けない。無様で惨めな俺はどこまで非力なのか。


 「……すまぬ……本当にすまぬ……」


 爺さんは苦しむような声で言葉を返し、背を向けた。


 「どうか……どうか……! お願いします……!!!」


 もう爺さんは振り向かない。ただただ念仏のように謝罪の言葉を返すのみだった。

  

 思わず涙が出そうになる。しかし、醜いものを見せるなと自身を戒めた。


 ……だよな。そうだよな。

当たり前、それが普通。

―――よし、覚悟は決めた。


 改めて、目の前の相手に気づかれないように深呼吸する。そして行動を起こす。そのまま背を向けて歩く爺さんを尻目に、入り口の扉を僅かに開け、外に掛けられていた『OPEN』を裏っ返した。


 扉を開けた事で、外の喧騒が少し大きくなったために、爺さんは異変に気付く。


 「何をしおった……?」


 俺は顔を伏せて、さきほどの事が尾を引いてしまうように喋る。

 

 「いや、外が騒がしく感じてまして……それより、その……妹を楽にしてやれる薬はどれくらいかかりますか? 金貨3枚で足りますか?」


 「……今回だけはタダで良い」


 老人は既にほとんどの思考を放棄していた。自身が望む方向へ進んでいると誤認識し、浮き足立っていた。これでやっと肩の荷を下ろすことができると。


 アランは、既にカウンター向こうにいる爺さんに歩み出す。


「それは困ります、爺さん。俺なりのケジメだ。金は出します。」


 金貨が入った皮袋を取り出し、カウンターに音が出るように叩きつける。と同時に、叩きつけた手を起点に、体をカウンターの向こうへと投げ出し、そして、音を抑えて着地する。


「そうかの…… なら金貨1枚で大丈夫じゃ」


 爺さんはまだ振り向かない。並んだ棚の一つを丁寧に整理して目的の薬を取り出そうとする。


 俺は本当の目的の薬へと歩みより、手を伸ばしたが止めた。


 そして、爺さんの背後にまわり、声を掛けた。望みは薄いが聞いてみる。


 「爺さん、実は妹は転生者なんです。知ってましたか……? それで救う価値はあると思うんですが」


 突然、後ろから声が出た事に驚く爺さん。


 「なん、なんじゃ! おどかしおる……! そこまでの懸賞金はかかっておらんわ……いや、それよりもどうして……」


 驚きで目を揺らし、俺が背後にいること、転生者などと言ったこと、そしてそれが、この青年にとって大切な妹を売り渡す理由を、教えてもらおうと促す。


 (やはり、そうか……懸賞金……それでも、足りないのか……)


 「すまない、爺さん……」


 もう妹に残された時間が無い。


 俺は慌てふためく爺さんの横っ腹に鋭い蹴りを入れた。


 老人は、良心がある人間が聞けば、心を痛める呻き声を上げる。


 まずは、暴論を通すために暴力を利用して恐怖を与える。


「ゴホッ…! ゴホォ…… な、何をいきなり……や、止めておくれ……た、頼む……ううう……」


 俺はその静止を意に介さず、喉元に狩猟ナイフを突き付け、脅す。


 「黙れ。次何か言ったら殺す。そしてあんたの息子も殺す。イライラするんだ。だから黙れ」


 アランは老人に恐怖を与える。抽象的な事を理由にあげた事で、老人は怯えて黙る。『イライラする』なんて言葉は主観的なものでしかない。しかし、脅した事により、その言葉の線引きが何処までなのか爺さんは探れない。ただ、店内には老人の苦しむような咳が響く。妹の不規則な呼吸を背景に。


「さあ、立つんだ、爺さん。俺が欲しい薬はそれじゃない。見ろ……あれだ……あれが欲しいんだ、俺は。さあ、取りに行くぞ」


 俺は爺さん無理やり立たせ、背後に回って黒子のように操る。


 「……と、取りたければ取れ……! だ、だから命だけは……!」


 「いいや、俺じゃない。あんたが取るんだ。あんたが取って、俺に譲るんだ。さあ、早くしないと妹が死んでしまうぞ。ここまでする俺が、妹を失った時、俺はどうなってしまうんだろうな……? この店はどうなってしまうんだろうな……?」


 他人事のように俺は笑い、爺さんを遠回しに急かす。


 爺さんは手を震わしながらも伸ばす。そして、その俺が欲する瓶を、案の定、取らなかった。


 俺はせせら笑い、低い声で爺さんに冷ややかに問う。


 「はははは……! 本物は何処だ?それともそれが本物か……? 何か罠が掛かっているのか……?」


 俺は爺さんを『不死鳥の羽』がある棚に突き飛ばす。


 老人は連続してやってくる暴力にただただ怯える。


 そして、アランはカウンターの上で灯りとなっていた手のひらサイズの燭台を早足で取る。


「早くしろ。そうだ、良いことを思いついた。あんたと息子の、この大切な店に火をつけよう。きっと綺麗になる。俺のイライラも、妹の苦しみも綺麗サッパリ無くなるだろうさ。ついでにあんたにとって大切な店の象徴も!」


 爺さんの反応を伺う間も無く、俺は爺さんが来ていたローブのフードを切り裂き、それに蝋燭を近づけた。


「爺さんよ、もう少し待ってくれ。あと少しで此処に火が生まれる。死ぬ妹に対して俺がしてやれる事は共に死ぬ事かもしれないな」


 最後の言葉は本音かもしれない。


「待て! 待ってくれ……! た、たの」


 俺は続きを喋らせない。

俺はただただ、暴力を駆使して暴論を通そうとする。


 「いいや待たない! 既にあんたが採れる道は与えた!!」


 そして、切り裂いたローブに火が点いた。次第に大きくなる火が、ローブを持つアランの手を焦がす。

熱く、針が刺すような痛みがじゅくじゅくと大きく、アランの手を冒そうとする。


 しかし、表情を変えない。

妹の苦しみに比べればどうとも感じない。


 その時、老人は大きく叫ぶ。


「ああああ! 待て! 待て待て待て! 火を消すんじゃ! 今! 取りにゆく!! 待ってくれ!!」


 俺が持つ火を怖れるように見つめつつ、爺さんは背中を向ける。

そして、床に向かって何やらごそごそする。


 俺はまだ火を消さない。燃え盛る痛みに我慢する。


ガチリという音がする。まるで鍵が開いたような音だ。爺さんは一歩ほどの距離を這いずって移動し、床を開けた。

そして、中から取り出す。それは。


 「これがお主が望んだもの……『不死鳥の羽』じゃ! 火を消してくれ……! 頼む……!」


 爺さんの顔を一度も見ない。目的の物を受け取り、また要求する。


 「まだだ、ポーションを寄越せ。あるだけ渡せ! 手が爛れてきている。」


 この頃になると、火の勢いはピークに達する。


 「分かった……! 分かった!」


 既に老人はアランの言いなりになっていた。


 俺は、またも爺さんが背を向けて薬を取りにいったとき、カウンターの隅に火を置いた。よく、燃えるように。


 そのまま、カウンターを突っ切り、妹の元へ行く。まだ、息はある。妹の上半身を起こし、静かにゆっくりと飲ませた。妹の状態がみるみるうちに良くなっていく。


 これで妹を守れた。


 飲ませ終わった後直ぐにもう一度爺さんの方へ急ぐ。カウンターをまたも越える。


 もう爺さんは要らない。


 ガラガランゴッゴッという音が目の前でする。爺さんだ。爺さんが、火が炎に成長している事に、気付き、抱えていたポーションを落としたのだ。そして、口を開き、声を発そうとする。


 もうあんたは要らない。


 疾風の如く跳ぶように、思いっきり踏み込み、爺さんの喉元を、今まで脅しに使っていたナイフで突き刺した。


 爺さんを突いた勢いで押し倒す。爺さんはもがく。もがいてもがき続ける。魚が地面で呼吸するように口をパクパク開き、やがてそれすらもしなくなった。俺は思わず目を伏せる。顔は見なかった。


 頭がズキズキする。


 頭を抑えながら、立ち上がる。

ポーションを開けて、俺は飲むか、直にかけるか迷ったが、かけてみる。


 なに、数は沢山ある。

そしてどうやら当たりのようだ。


 寒いような熱いような感覚と共に、爛れた火傷の痛みが少しずつだが治まっていく。この調子だと、三時間すれば治るだろう。


 凄いな……本当に凄い。俺が知っている常識が崩れていく。これもまた魔素の力なのだろうか。俺には無い……魔素の力……


 また頭が痛む、それでも俺は思考する。


 妹の命は救えた。けど、このままでは駄目だ。この世界の法律を俺は知らない。犯罪者は俺のみではなく、妹にも及ぶかもしれない。もし俺が捕まったら結局は妹も法の下に殺される可能性がある。


 なら、妹と薬の関係、俺と妹の関係を知る者を消さねばならない。爺さんは消えた。


 初めにあった門番は大丈夫だ。あの時はフードを被っていたからだ。だからこそ、この方法を選択出来ると思った。


 しかし、宿屋のおっちゃんは……


 他にもある。爺さんの死だ。それが『不死鳥の羽』を盗むための事であると認識されてはいけない。


 俺は老人とカウンター付近から金品を奪う。手頃にあった皮袋にポーションを含めたそれらを放り入れていく。


 そして、皮袋を縄で前に掛け、黒い痣が見る限り消えた妹にフードを掛けて背負う。俺はフードを被らなかった。そして、炎が生み出す煙が大きくなる前に俺は店を後にした。

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