二歩目で、前へと向く
最初に感じたのは真っ白な光だ。思わず顔をしかめる。
次に、ほんのり感じる寒さ。
その次は、同時に来る。誰かに持たれている感覚と誰かの話し声だ。
ぼんやりとした意識がはっきりしていく中で、
もしかして自分は死ねなかったのではないかという絶望が俺に襲いかかる。
それと同時に泣いてしまった、大声で、人目も憚らずに。
泣くのを止めようと理性で抑えようとするも上手くいかない。
悪戦苦闘していると、目が光りに軽く慣れ、目の前に長い髪を纏めた人、女性がいることが分かった。
まだ視界が少しぼやけていて、それが誰かは分からない。
次に、軽い浮遊感と共に視界が変わる。次も人だ。おそらく男性だ。年齢は分からない。
……何だ、これは。
見慣れない視線の高さに戸惑いを覚える。
そして、直ぐに2つのもしかしてが胸中に浮かび上がる。
直ぐに否定出来る事は、俺が死の淵をさまよって、やっとの思いで意識が戻った可能性だ。
うん、それはない。
なぜなら、そんな人間を抱きかかえて、あっちへこっちへと運ばないから。
そして最後の可能性は輪廻転生だ。つまり、今の身体は産まれたての赤ちゃん。そのほうが納得がいく。
直ぐに思いつけたのは、死んだ後、俺はどうなんのかな?と死ぬ前に考えたことがあったからだ。
その時に思った事が輪廻転生。だがこんな形は望んでいなかった。記憶を引き継いでの輪廻転生は。
こんな歪んで育った魂はもう消えない限り救われない気がした。
それに死ぬ前に思った幸福云々も全く期待していなかったからだ。
そして、大事な事に気づく。俺自身が、記憶を引き継いで産まれてきた赤ん坊の話を一度も聞いた事が無いことに。
つまり、記憶を引き継いでの輪廻転生を仮定するならば、俺は本来この身体に生まれるはずだった意識、人格を上書きしたことにならないだろうか。
宿るはずだった本来の意識を殺してしまったのではないだろうか。
言葉にならない大きな罪悪が俺に押しかかってくるのが分かる。
もう駄目だ。考えたくない。
そうしてもう一度、俺は意識を手放す。いやちがうな。
今度は遠くといわず、意識の形が崩れるように、俺は意識を地面に叩きつけた。
また感覚が浮上する。それと同時に泣きわめく。そして絶望する。
どうしてこんな目に遭わないといけないのか!
俺が死ぬことはそこまでの罪なのか!!
誰か!! 助けてくれよ!!! もう頑張れないんだ……頼むよ……
そんな思いが爆発し、萎んでゆく。
ふっとした浮遊感ともに誰かに抱きかかえられる。視界が変わる。今は視界がはっきりしていることに気づく。
目の前にいるのは母親だろう。雰囲気に覚えがある。羨ましく、妬んだものだ。
わが子を見つめるような母親の優しげな視線と目があう。思わず、泣くのを止めてしまう。
初めての体験に、居心地の悪さを感じて顔を背けようとする。小さい頃は羨ましく思ったものだが、状況が全く違う。
しかし首がすわっていないせいか、首が動かない。視線だけ背ける。
「----、--」
こちらを見つめ、なにか言っている。日本語でもないし、恐らく英語でもないだろう。
そのことが分かると、顔を見やり、そして観察してしまう。
顔の彫りの深さからいって日本人ではない。髪は赤みがかった茶色で髪は長く、纏めて肩から垂らしている。
どこの国のひとだ?
優しげな目元だが、顔の輪郭はスッてしている。
アジア系ではなく、西欧生まれだと思える顔立ちだ。
微笑んでいる表情がとても似合っている。
本当にどこの国の人だ?
[---♪----♪」
そんな事を思っていると、
彼女は歌い始め、身体をゆりかごのように揺らしてくれる。
分からない事が多い状況で、刻まれる一定のリズムは不思議と心を落ち着かせる。
知らないうちに俺は眠ってしまった。
……ふんわりと幸せを感じてしまった。
目が覚める。
夜中だ。耳を澄ますと寝息が2つ聞こえる。きっと両親だろう。
もう絶望はしない。今を認める。
頭をからっぽにした。そして、1つ1つを確認していく。
自分は今、かごの中にいるようだ。毛布とはいえないが、布が幾重にもかけられていて暖かい。
ここがどこの国なのかも分からない。
時間は夜としか分からず、西暦何年かも分からない。
私はaです、と小さく呟いてみる。
「あぁあ、あー」
駄目だ、話にならない。
次に握力を確認する。掛けられた布のうちの1枚を掴んで持ち上げてみる。
よし、出来た。会話は無理だが、文字は書ける。
日本語だが、法則性を見つけて、文字と分かってくれるだろう。
そうすれば、周りの人や専門家に相談するのではないだろうか。
もし相談しなくても不気味がって殺してくれるならば嬉しい誤算だ。
自分のもてるカードは文字を書けるということだ。
そしてここからが問題だ。俺の意志が関わってくる。
俺のこれからの目的だ。
……幸せだった。あなたが大切。そんな感情を向けてくれると、こんなにも気持ちが温かくなれるんだと感動した。
むずがゆいけれど、捨てる気になれない、そんな温かさ。
正直、このまま生きていきたいと思えてしまった。
先ほどもそうだ。死ぬことが嬉しいと考えたが、それなら、自分の顔に毛布をかければ直ぐに死ねるだろう。
けれど、そうしようとは思わなかった。
だけど、このまま生きていくことは、それはきっとあの優しげな人たちを騙すような行いだ。真実を知ったらどれほど傷ついてしまうか想像できない。
そんなことまでして、生きていきたくはないと思った。
しかし、直接その事を伝えてもきっと傷つくだろう。けど、それが一番なのではないだろうか。
傷は浅いだろう。立ち直って、もう一度子供を産めばいい。
しかも記憶を引き継いだ輪廻転生は、世紀の大発見だといってもいい。
その道の専門家に俺を引き渡せば、大金が転がりこんでくるのではないか。
だけど、我儘をいえば、このままこの人たちの家族として生きたいと思った。
何年ぶりだろうか、この諦めきれない気持ちは。
冷静な自分が、それはやってはいけない行為だと、訴えてくる。
悩む。悩んでしまう。それ自体がダメなのに。
思わず、呟く。
(生きたいなぁ)
「んあーぁー」
…
……
………よし……決めた。
生まれ変わったんだ、俺は。
周りに迷惑をかけないようにして死んだのに、こんなことになったんだ。もういいや。人に迷惑かけてもいいだろう。
他人がどれだけ傷ついても知らん。今度は俺は極悪非道になってもいいだろう。
……ドキドキするな、こんな事を決意するだけでも。
小さな手を自分の胸にあてる。心臓の鼓動が、自分が生きていることを主張する。
これからの行動方針を決めよう。
顎を人差し指の側面と親指で軽く挟んで、考える。
無意識にやってしまった、前世からの癖に、思わず苦笑する。
20歳だ。それまで親を騙そう。
理想の息子として生きよう。
その後人知れず、行方不明になるか、死のう。
相談はしていないが、これがお互いの妥協ラインじゃないだろうか。
向こうにとっては、大切な息子はいなくなるが、息子として見届けられる。aとしてではなく。
傷つくだろう、大きく。大切な家族が死ぬのだから。
だから、それを慰めてくれる存在も20歳までに作らせなきゃな。
弟か妹だ。出来れば、弟がいいな。俺のお下がりも着れるだろうしな。
男手として替えがきくのも大きい。
この考えでいいな!
よし、頑張ろう! ワクワクするなあ!
そして、きちんと演じきらなきゃな。ヘマは許されない。前世でも20歳までなんとかなった。
実績がある。前世のようにやればいい。
よし! 生きよう!
そうして、俺は新しい人生の1歩を踏みだした。
...俺は男として生まれたんだよな?
...母親がもう産めない身体だったら?
そんな不安要素を新しい人生の脇道に蹴っ飛ばして。