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薬屋「不死鳥の羽」

 ダッダッダッと、おっちゃんが教えてくれた薬屋「不死鳥の羽」へと走る。

おんぶされた妹は、もう声を出さず、荒い息を吐くのみだ。


どうしてこうも立て続けに妹に苦難がやってくるんだ!?


金は足りるのか?


もし足りなかったら?


もし匙を投げられたら?


……どんな事をしてでもリーナを助ける。どんな事を、してでもだ。


こいつがどれだけ優しい人間で、死ぬべきでない事を俺だけが知っている。そう、俺だけになってしまったのだ。


そのように腹を括っていく内に、


(あれか!!)


薬屋「不死鳥の羽」に辿り着く。

周りに並ぶ建物と比べてとても小さく薄汚れていたため、不安になる。

しかしそれでも俺は妹を背負い直して中へ入っていった。


カランカランという扉に付いていた小さな鐘が店内に鳴り響く。

そんな仕掛けは必要ではなく、受付には少し年を召した爺さんがいた。


「日暮れ刻にすいません! 妹の身体全体に黒い痣があるんです、見ていただけませんか?!」


「……診てみよう」


「ありがとうございます!」


俺の焦り具合が伝わったのか、爺さんは直ぐに受付テーブルから出てきて、近くの長椅子に妹を横たわらせるように命じる。


そして、手慣れた手つきで妹の容態を観察する。


「……むぅ、これは。しかしどうしてこうなるまで……!」


そう言うと、俺を責めるように爺さんは目を尖らせる。


訳が分からない俺は自身の無知を走ってきたために汗を流しながら伝える。


「このままでは不味いぞ。

これは、魔素が暴走して、この子の身体を食い尽くそうとしている状況じゃ。よく魔法使いにならせようとする人間が使う手段なのだが…。それ以外では普段は決してこんな事は起こらん。魔素の塊か何かを過剰に摂取しなければな……」


 爺さんは言外にそれをさせたのが、お前ではないかと伝えてくる。


 違う! 俺じゃない!!


「どうすれば止まる? どうやったら良くなる?」


(いや待て、魔法使い……? もしかして母さんか……?)


「高濃度のポーションだ。」


そう言って爺さんは受付に戻るような仕草をしたが、直ぐに止まって、またも言葉を紡ぐ。


「そのような高級品は……すまんが……」


爺さんは目をそらす。


「なっ?!」


 ぎゅうと心臓を鷲掴みされたような痛みが走る。


「……こ、ここは薬屋なのだろう? 

そんな訳あるか! あるんだろう! それが!!」


妹が助からない?死ぬ?

違う、守れないなら俺が殺すようなものだ。俺なのか? 俺のせいで?

違う違うそうじゃない!


今! 必要な事は! 妹を助ける手段だ! 

さっきあいつは言ったじゃないか! 

よく魔法使いにって。母さんも魔法使いだ。

なら…………!


「その……魔法使いにならせようとする時もその薬を準備するのか……?」


「ああ、そうじゃ。

普通は魔素を過剰に摂取させて、黒い痣が出始めたぐらいでその薬を飲ますのだ。

魔素は暴走すると同時に人が保有する魔力の器も無理やり拡張させる。その利点を狙ったものが、このやり方だ。最近では黒い痣が出る前に使用者の体力が尽きて死ぬというケースもあり、あまり使われなくなっておる。つまりは運任せの人体改造だと分かったのだ。」


(もし、もし母さんがそれをリーナにさせたなら、薬がある筈。……しかし母さんは。)


もしかしたら俺はその薬を母さんと一緒に埋めてしまったのではないか? 俺が妹を殺す…?


違う! そうじゃない!もしかして……!


俺は大事なことを思い出す。


リーナが言っていた、トカゲ野郎に襲われる前の話しではないか…?


俺は急いで横に寝かしたリーナに駆け寄り、首に掛けていた、母さんから貰ったと言っていたを首から外す。


そして、俺は直ぐに包みを剥がした。そこには、小さな瓶の中に液体が入っていた。


「これか?!」


「う、ううむ。そうじゃ。」


爺さんは少し顔を顰めたが知った事ではない。


直ぐにリーナの上半身を起こしてそれを飲ませた。


黒い痣がみるみる内に薄くなる。


よし、これで…!


しかし、消えはしなかった。

だが、リーナの荒かった呼吸は少し収まり、効果があった事が伺える。


薄くなった黒い痣は、

そしてまた黒くなり出した。


「はっ?! どういう事だ…? どうなっている、爺さん! 俺は確かに飲ませたぞ! あんたが言った! これで治ると!!あんたが言ったんだ!!」


俺の激昂を意に介さず、

ただただ、申し訳無さそうに爺さんが言う。


「そうじゃ、その薬で合っている。

しかし、その量では治りきらなくなっている。そもそもその薬は、肉体的損傷と人の保有する魔力を正常にすると同時に回復するという代物。

つまり、無理やり器を拡大させて、それを無理やり治療させるという荒療治じゃ。それに……」


「ゴタゴタ抜かすな! 量が足りないんだな!? ある店は何処にある?!」


俺はそれを遮る。この会話の時間する惜しいのだ。


「…金は足りるのか?」


すうと爺さんは俺に目を合わせる。


高級品。そこまでの効果があるのだ。価格も自然と…


「……いくらだ?」


「金貨100枚ほど」


金貨100枚。

俺の手持ちはたった3枚。

足りない。足りない。守れない。


 爺さんは俺を見つめ続ける。


 止めろ。そんな目で俺を見るな。


 またも自身を責め立てるような言葉が浮かんでくる。しかし、それを懸命に抑える。深呼吸する。そして思考する。


これから稼ぐ?

この短時間で?不可能だ。


なら等価交換は?

それ相応の代償を…金貨100枚に相当する代償を…?


 それに、そもそもこれから移動しなければ話にならないじゃないか。


「……そこは後で考える。まずは場所を教えてくれ。」


「……この町には無い。もしそんな店があっても、金貨100枚でなくとも、それに値する代物すら無いのではないか?」


「……そこは本人と話し合って……俺が奴隷にでも何でもなるからと。」


 そうだ。人攫いがいる。

奴隷がいてもおかしくない。

なら、俺自身にも少しは価値があるはず。労働力にはなるはずだ。


「特別な何かを持っておるのか?」


「……」


 爺さんの台詞は、俺の価値がそこまでない事を意味する。


 全てを投げ出しても俺は……妹を……。


「……」


















ああ、無力だ。





意識が混濁し始める。頭がぐらんぐらんする。今まで抑えてきた自身への責苦が漏れ出てくる。

俺は自惚れていた。何が兄だ。何一つ守れていないじゃないか。

両親も。妹も。

あれだけ俺を愛していてくれた。

転生者ある事を知っていたのに愛してくれた。客観的に見れば托卵と同じようなものなのにだ。

どれだけその事に報われたか。

どれだけ幸せを感じたか。色んな物を知った。愛を知った。

両親への感謝は千の言葉を用いても伝え切れない。


なのに俺は、そんな両親にありがとうの一言すら最後まで言っていなかった。情けない。両親にかけた最後の言葉すら独りよがりであった。


こんな糞みたい俺が最後に親孝行出来ると思った事が兄として妹を守る事でもあったのだ。


妹への感謝もあるがそれと同じ程には決意していたのにだ。

なのに、俺は! 俺は。 俺は……



 本当に?


 ぽつりと疑問が浮かび上がった。

本当にこれが俺の精一杯か? 嘆く余裕がまだあるぞ?

本当に投げ出したか? 本当に考え抜いたか?


 よく考えろ。何かおかしくはないか? どうして、爺さんはあんな風に俺に聞く? この町に無いなら、あんな風に聞かない。この話しのやり取りは全て無駄なのだ。

 それならば、俺が助けを求めた時点で、この町には無いから諦めろの一言で終わりじゃないか。

 しかし、現実にはこのやり取りがあった。ならそこには何らかの理由があった筈だ。あったと仮定して考えるべきなのだ。


「……」


「不死鳥の羽」を看板にした薬屋の老人は、沈黙する目の前の小さな大人から扉の向こうにある外へと注意を向ける。日は既に暮れはじめており、魔力を用いた街灯がぽつん、ぽつんと間隔を空けて、店のガラス越しに灯っていくのが分かる。耳では、昼の騒がしさから夜の騒がしさへと変わろうと駆けていく音が聞こえてくる。

もうそろそろ街道の人の行き来がピークに達するだろう。町の中で眠りつこうと外の買い物を済ませ、夕飯の支度をしようと帰宅する者達と。町の外で仕事を終わらせ、これから一杯やろうと酒場や冒険者ギルドへ行こうとする者達だ。町の外と町の中にいた人間が街道で重なる事になる。

より騒がしくなっていくだろう。


 そして、老人は意識を店内に戻す。

ここには隔絶された嫌な静けさがあった。

それでも老人は何も話さない。


「……」


 やがて、その静けさを作った原因がそれを破った。



「……あるんだな? 俺が欲する薬がここに。」


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