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宿屋

冒険者ギルドの建物から慌てるように外を出る。

外は既に夕暮れであり、俺と入れ違いでギルドの建物に吸い込まれるような人達もチラホラいた。

わいわいと楽しそうに話しながら入っていく集団や、疲労した顔で入っていく集団などだ。


町の様子が変わってきていた。


そこまで時間が経っていたか……

そろそろ宿屋に戻らないと。

リーナを放置し過ぎたかもしれない。ああ、拗ねてるかも……


取り敢えず飯でも食べに行きたい。

既に冒険者ギルド紋があるから、町を堂々と歩く事も出来る。


よし、戻るか。

俺は、マリッサが今頃勘違いに気付いている事を願いつつ、宿屋へと足を進めた。


宿屋に戻ると受付でおっちゃんが本を読んでいた。俺に気がついて呼びかけてくる。


「おかえりなさい」


「……お疲れ様です」


 (おかえりなさい……ね)


 向こうは営業台詞を吐いているだけだが、それで少し感情がささくれ立つ。俺にとっての家は家族で住んだ、あの家だけだ。


 そして、おっちゃんは思い出したかのように俺に尋ねる。


「そういえば、仮紋の方はどうなりましたか?」


「ああ、その件は待って頂きありがとうございました。おかげさまでこの通り……」


そう言って俺は紋を示す。

実は泊まる手続きをする際、少し難色を示されたのだ。ごり押したが。


「おお、それは良かった良かった。

やはり冒険者ギルドですか。目指せ、Aランク。目指せ、二つ名ですな。」


やはりおっちゃんも得体の知れない奴を泊まらせるのは気が気で無かったのだろうか。それともただの善意から来る台詞か?


……こんな考え方しか出来ない自分に少し嫌気が刺す。


 ん……?SではなくAなのか。

まあどうでもいいか、妹と暮らすのにAも要らない。

あいつが一人立ち出来る力を持てるまで、この非力な俺が兄として守れるならそれでいい。

……いや絶対に守らなければいけない。両親に誓って。


 しかし気になる言葉もある。


 「二つ名…ですか?」


 「おや?知らないのですか?」


 少し驚いたようにおっちゃんは言ってくる。


 「教えてください」


 「わかりました。えーとですね。

二つ名を持つ事は、その人間が周辺や近辺の地域に大きな影響力を持つ事をその地域の人々が認めるって事ですよ。本当にご存知無いのですか?」


 おっちゃんの口振りからして、どうやら常識らしい。


 俺はまたも適当に愛想笑いを送る。


 おっちゃんは言葉を続ける。


「まあそういう事なんで、人にとっては憧れそのものですよ。ここらで、有名なお方は、騎士団に所属する「鉄人」トーマスですな。貴方様も若いんですから、頑張ってみては如何ですかな?そして、今後ともご贔屓に。」


ニコリと笑う。


「ええ、此方こそ宜しくお願いします。」


( もう少し仲良く出来たら名前を聞こう。)


そう言うとおっちゃんは読書に戻った。俺はリーナもそういったものに憧れを抱いているのだろうかと悩みながら部屋と戻っていった。



軋むような音と共にリーナが

いる扉を開ける。

薄汚れた毛布をかけてリーナは寝ているよう……


 「どうした?! リーナ!!」


 リーナは荒い息を吐きながら苦しんでいた。額にグッショリと汗を浮かばせ、俺に気付くと眩しそうに俺を見つめる。そして、


「大丈夫だよ、にいちゃん…少し、ほんの少し疲れが、ぶり返しただけ。これでも良くなった方なんだよ?」


 何ともないようにそう言い放って寝返りをうつ。


 嘘だ。明らかに嘘。

そんな状態で言っても全く信用が無い。呼称が、兄さんから元に戻っているのもそうだ。


それに…リーナは今、指が白くなるまで毛布をぎゅぅと掴んでいる。

あれは癖だ。リーナの癖なのだ。

嘘を吐く時いつもああやってバレない事を願うようにして何かを強く掴むのだ。


 胸が少しズキリと痛む。


 きっと俺が不甲斐ないせいだ。


 リーナが嘘をついたのは過去に二回のみ。初めて風邪を引き、家族に心配をかけまいと誤魔化そうとした時、俺の恥ずかしい失態を母さんに隠そうとした時。

どちらも普段はしない、その癖でバレたのだ。

そうなんだ。あいつは他人のためにしか嘘をつかない。


 そして、今、また嘘をついた。

あいつは俺に心配をかけまいと嘘を吐く。

俺は自身を少し落ち着かせるように、ゆっくり話しかける。


 「そうか、妹よ。取り敢えず…俺は薬屋に……何だそれは?」


俺の言葉に反応してリーナがまたも寝返りを打つようにこちらを振り向いた時だ。襟元が少しはだけて、玉のような汗を柔肌が弾いて流れる、その流れた先に黒い痣が見えた。


リーナも初めてその事に気付いたようで、激しく動揺する。

そして、一瞬だが縋るような目つきで俺を見る。が、直ぐに顔半分まで毛布をかけて、


 「大丈夫だよ、大丈夫、兄…さん。きっと寝たら良くなるよ。こほッ。」


咳と共に、リーナの顔下半分を覆う毛布が小さく真っ赤に染まった。


 「!」


 俺は直ぐにリーナに近寄って、毛布を剥がす。リーナの口は真っ赤になっていた。

抵抗させる前に直ぐさま襟元も胸の方へと伸ばす。


 「!!!」


 黒い痣がリーナの身体を侵していた。身体の真ん中にいけばいくほど、禍々しい程に色は濃く、痣の大きさも増す。


 事態が深刻である事にお互いが気付く。


 それでもリーナは震える声で


 「大丈夫だよ。大丈夫。」


 「大丈夫な訳あるか!行くぞ!医者か薬屋へ!」


 フードを被らせて直ぐさま、リーナを背負う。抵抗しようとしているみたいだが、全く出来ていない。


 「やだ!やだ!これ以上、にいちゃんの足手まといになりたくない!! 」


 「黙れ!舌噛むぞ!」


 急いで部屋を出る。

外へ向かう途中、宿屋のおっちゃんにまた会う。


 「おっちゃん!近くに医者か薬屋はないか?!命が危険だ!」


 事態を直ぐに把握したのか、おっちゃんが言葉を返す。


 「落ち着いてください。近くに薬屋があります。名前は不死鳥の羽です。ここを出て……」


 「ありがとう!」


 説明を受けた俺は外へ飛び出たのだった。




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