道のり②
あの荷馬車の一件から、また俺たちは歩き続ける。
人に会えたから、町が近いのかと思ったがどうやらそうではないらしい。
前方には未だ建物が見えず、さっきのように人が通り過ぎる気配も無い。
先ほどの人に会ってから、まだ20分ぐらいしか経っていないだろう。
引き返して聞くべきだろうか? それなら早く引き返すべきだ。
けど、考慮したようにそれは危険も伴ってしまう。
悶々と悩んで歩いている内に、リーナが声を上げた。
「にいさん、あれ!!!」
リーナが指をさす左に目を向ける。
「お!おお!!」
右に曲がるようにした道だったために、自然と左への意識が疎かになっていたみたいだ。
……あれなら、野原に出た時から気づけたんではないだろうか。
緩やかな斜面に所々岩が生えるようになっているので町の全貌は見えないが、
建物の一端が見える。
そうか、野原に描かれた道は荷馬車が走りやすい所を選んでいただけで、
町に真っ直ぐ伸びている訳ではなかったのか。
俺たちは顔を見て意志疎通をし、道を外れて、建物が見えた方へと歩き出す。
岩を踏んだり、上ったり、下りたりして、やっとのことで斜面を登り切る。
そして、町の全貌が明らかになった。
「おぉ……」
「うわ~~すご~~い!!」
町は小さいながらも高さ3m程の塀を抱えていた。
その向こう側に見える町並みは、レンガ造りで家々が建っており、複雑に入り組んでいるように見える。
ちらりと外側を見ると、二人の門番がいるようだ。
開いた門には道が続いており、俺たちが歩いていた道はそれなりに遠回りをしていることが見て取れる。
視線を横へと走らせてみれば、川が流れており、町がそれを呑みこみ、はきだしていた。
the 西洋というにふさわしい風景は、美しさと30年ぶりの人の文化の感動を俺に与えてくれたのだった。
開いている門の前まで来ると、
「止まれ。見慣れない奴らだな。目的と紋章をみせろ。」
門番の一人が話しかけてきた。
リーナは喋らない。
両親はだいぶ前に死んでいること等、
事前に有る程度打ち合わせてしていたからだ。
だから、俺が言葉を返さないといけない。
しかし、俺はその知らない単語に舌打ちしたくなる。
紋章だと?通行証のことをいっているのだろうか?
(……このまま黙っていると不味いな。)
「ギルドに登録にしにきた。食いぶちを稼ごうと思ってな。紋章は持っていない。」
俺が話した後半の内容に、門番が顔を厳しくする。
「ほう……持っていないだと?
村の所属ですらないと申すか。斬られても文句はいえんぞ?」
警戒し始める二人の門番。
話しかけなかった方が、遠くに目をやり注意を払っている。
俺がその言動にピンとくる。
「……森の中で今まで二人で暮らしてきたんだ。
だから、他には仲間もいないし、なぜ、俺たちが森に住んでいたのかも分からない。
ただ今は死んだが、両親は酷く人を嫌っていた。」
彼らは俺たちを山賊の仲間か何かと勘違いしているのでは?
「ふむ……何故森に住んでいたのにこの町にやってきたんだ?」
「家の近くで、人もどきのトカゲに襲われたからだ。」
この言葉はウソではない。
「……噂の野生のダンジョンモンスターか?」
(どうやら、前の三人組のように斬りかかられる可能性はなさそうだ。)
「分からない、村から離れて暮らしていたから何も知識がない。
俺たちが教えて欲しいぐらいだ。」
簡潔に、俺はそのトカゲの特徴を伝える。
「やはり、依頼は本当だったか……」
門番が一人ごちる。
おいてきぼりをくらいそうになって、俺は聞き返す。
「なんだ、それは。何かあったのか。」
「後で冒険者ギルドに寄って、そのことを伝えてみろ。
そうすれば、詳しい事もそちらで聞けるだろう。」
「……分かった。じゃあ町へ入れてくれるのか?」
「いいだろう。しかし紋無しだ。こちらへ来い。」
そう言って、門番は、門の横にある小さな小屋に入る。
俺たちも後を追う。
中に入ると、簡素な椅子と簡素な机があり、
他には、少々の埃と机の上に置いてある、布に巻かれた何かだった。
門番は、その布を外す。
中には、掌に収まるぐらいの筒状のヘンテコな道具があった。
「手をだせ。」
「……なんだ、それは?」
思わず、警戒する俺に、
門番はそんな事も知らんのかと、呆れた顔をする。
言ったじゃんよ、森育ちだって。
不満げな顔をした俺に気付いて、門番が口を開く。
「ああとな。……面倒くさい。
一から説明しよう。」
「手首に紋章をつけることは、どこかの所属を意味する。
つまり、所属したところによっては紋の種類が少し違う。
またそれは、所属組織が身元保証人となってくれることを意味する。
だから、紋が無かったら警戒される。どこぞの馬の骨か分からんからな。
ちなみに、俺が知る限り、紋無しは犯罪者ぐらいしかおらん。」
相槌をする俺を見て、門番はさらに説明を続ける。
「でだ、そんな紋無しを町に簡単に入れる訳にはいかない。
ここで、こいつの出番だ。仮紋印と呼ぶ。」
ヘンテコな道具改め、仮紋印が持ち上げられる。
「これでつけられた紋は、怪しくないことを保証すると同時に、
探知機としての機能する。お前たちが悪いことをしたら、探知魔法にかかるという寸法だ。
お前たちのような仮紋印が必要な人間を久しぶりに見たよ、全く。 以上だ。」
最後のぼやきはいらないだろ。
「つまり、俺たちはこれずっと監視されるのか?」
「ああ、されるな。しかし安心しろ。
どこかに所属すれば上書きされて消える。
そうなったら、我々が関与することではなくなる。」
他にも、俺は常々疑問に思っていた事を質問する。
「相手が俺たちを紋無しと知ったと同時に襲われる可能性もあるのか?」
「なんだ、襲われたのか?」
「いや、町で舐められないか不安だ。」
本当のことを言ったら、人を殺した事がばれる恐れがあるから言わない。
「まあ、無いとは言い切れんな。
……人攫い、あとはまあ、いちゃもんレベルだろう。
あまり、教えないことだな。」
「分かった。」
三人組はやはり人攫いか。
「では、早速。」
俺とリーナが差し出した手首に仮紋印を押しあてられる。
温かく、チクリとした刺激を感じる。
道具を外す。
しかし、そこには何も痕がついていなかった。
「何もついていないぞ。失敗したのか? ……!」
ふと、思いつく。
もしかして俺が魔素を扱えないから……?
世間一般の常識を俺は知らんが、
魔素を扱えない異端児ということから転生者という事に気付かれてしまうのでは……?
思いつきで浮かんだ最悪のシナリオに心の中で冷や汗がたらたら流れ始める。
「ああ? 手首に魔素を込めろ。 それで光って紋が現れる。」
(どうしよう!? 何か良い案は!!? ハッとするような妙案はないのか?!
……まあけど、リーナも一緒だから気にすることではないのか?)
「……実は魔素を扱うのが苦手でな? 難しい要求だ。」
「は? その年でか?」
どうやら年齢によっては許されるらしい。
「森の生活では、使う必要が無かったからな。甘んじてしまった。」
俺はハハハと乾いた笑いをする。
「お前、それ……ああもういい!
俺の関与する事ではない。所属した組織に言うんだな。」
(良かった! 良かった! なんとか凌いだ!)
こうして俺たちは町へ入ることが出来たのだった。




