分からない事が多すぎる。
ナイフを引き抜く。
ふぅと息を吐く。
心臓がバクバクしている。
それに気づくと、体中から汗が流れてきた。
敵だったものに目を向ける。
自然と、相手のこと、家族や友人を考え始め、慌てて目を逸らす。
深呼吸する。
……よし。
妹を守るために仕方がなかった。
違う。人のせいにするな。
俺が妹を失いたくないから……殺した。
敵が最初、俺たちを傷つけようとしなかったことは謎だが、
そこには、確かな害意があった。
だから、仕方がなかった。
殺してすまんな。
俺はもう一度、相手の顔を見て、殺した理由を正当化させた。
もう、殺した相手の顔を見ても何も思わなくなった。
「兄さん!!!」
リーナが俺の荷物を置いて駆けてきた。
そして、恐る恐るといった表情で俺の体の具合を確かめてくる。
「怪我は?! 大丈夫……なの……??」
上目づかいで窺う妹の目には大粒の涙がたまっていた。
俺はそれを振りはらうようにして抱きしめる。
出来る限り、軽い感じで答える。
「大丈夫だよ。どこも斬られていない。」
「ごめんなさい……私が手を振ったからだよね、きっと……」
「それに私また……、」
妹が継いで何か言いそうになるが、俺が言わせない。
きっと、自分が情けなかったのだろう。普段は俺が狩りで、妹が山菜兼薬草採集だ。
いきなり、戦力にはならない。
「そんなことはないし、傍にいてくれるだけでも心強い。
あれはきっと……」
ここでやっとピンとくる。
奴らの狙いの可能性が。
魔法は、歴史の教科書に載っていなかったが、これは教わったぞ。
「人攫いだ。あいつらは俺たちを捕まえて奴隷にしようとしたんだろ。」
「ど…れい?」
(あれ? これ言わなかった方が良かったんじゃない?
なんでそんなこと知ってんのか、疑われないか?)
「ああ……あいつらが口走ってたんだよ」
変に勘ぐられるのを避けるために話題を変える。
「そろそろ行こう。村の方は俺たちのことに気づいていない。
このまま、逃げてしまうべきだ。」
「どうして? 私たち何も悪い事してないよ?」
「確かにしていない。けど、それを向こうが信じてくれるか、疑わしい。
何故なら、死んだ3人組が、畑の横にテントを張っていた事から、
既に村の人と交流したと見るべきだからだ。」
畑の横にあったテント、あれは旅に使うようなものではない。
少し、大きすぎる。
村から貸し出されたものかもしれない。
「……つまり、傍から見れば、
私たちががいきなり襲ったと誤解されるってこと?」
恐らくはそう、
村とはより良い関係を築けていたとみるべきだ。
そこで何も知らない部外者と、顔を知った3人組で天秤を掛けられたら不利だ。
「まあ、五分五分といったところだ。
だから、止めときたい。村一丸で襲われたら怖いだろう?」
それに、この世界には法的機関がいないとも限らない。
疑われたら、無罪を主張するのは難しいだろう。
「うん。あ、そういえば、さっき魔法を受けてたけど、平気なの?あれはなんだったの?」
「うん? あの火の玉か? 相手が外したから何も無かったが……?」
「ちがう、その次のやつ。また手首光らしたやつ。ほら、剣で戦ったときだよ?」
「いや、見てないぞ……?」
「「?」」
「……もしかして、兄さん、魔法が見えないの?……魔素が扱えない……から……?」
どうやら、剣での戦闘中も手首を光らしてきたらしい。
しかし。
「いやけど、火の玉は見えたぞ?」
お互いに顔を見合わせる。
「「???」」
「……この件は後にするぞ。
村に行けなくなった今、他の人里を探さなきゃならん。旅は思ったより長くなりそうだ。」
「あいつらそのままでいいの? 私たちに必要な何か持ってるかも?」
逞しくなったな、妹よ。
兄さん、まだ人を殺した感覚が残っていて、足が少し震えているのに。
その、がめつい精神は良い事だと兄さん、思うな。
しかし、あまり漁りたくは無い。
俺たちは、金銭は持っていると思う。金貨3枚あったことを覚えている。
レートが分からんから何とも言えないが。
ああけど、そうだよなあ、ここ異世界だよなあ。
金が大量にとれる世界なら、金貨が小銭の可能性もあるんだよなあ。
「なんというかだな、魔法がどれぐらいの利便性を持っているか分からんからな、
あまり、誤解される行為はしたくないんだよ。」
「……?」
あ、可愛い。その首を傾ける仕草良いね。
もちろん、兄としての率直な意見でな?
「えーとだな、魔法使ったら、俺達を追跡出来るかもしれないだろ?」
「出来るの?」
「分からん。もし出来たと仮定する。
するとどうだ?殺された死体から物が盗られた形跡がある。
そして、魔法で犯人を追えば、犯人は自己防衛だと言いわけする。どう思う?」
「見苦しい。」
「よし、行くぞ。」
「うん。」
それぞれの死体に行って矢を回収する。
ちゃんと殺した顔を確認して。
そして、俺たちはきらきらとした夜空がある野原から、鬱蒼とした森の中へ身を潜めていった。




