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007 街へ その3

 キノ、リルは野党に襲われていた姫と呼ばれる少女と、それを護衛するエフと呼ばれた男性と向かい合っていた。

 キノがユエルから指輪を貰うと、何も考えず左手の薬指にはめる。すると、指輪は自動で大きさを調整し、キノの指にぴったりと張り付いた。


「そ……それっ……その指輪はもしかしてっ……姫様ぁぁぁぁぁぁぁっっ……あっ!? ……」


 哀れなりエフ……

 あまりのショックに気を失い、そのまま倒れてしまった。……だが、誰もエフの事を気すら留めていない。


「ありがとう。

 えっと、それでこの子はリルって言うんだけど、リルも欲しいって言ってるんだ、もう1個あるかな?」


 ユエルはキノの言葉にはまったく気付かない。

 思いつめた顔をして、キノにぴったりと寄り添ってきた。


「私はユエルです。よろしくお願いします」

「うん、判ったよユエル。

 僕の事はキノって呼んで。

 それともう一つなんだけど……リル……痛いよ? 痛いって……あの、すっごく痛いんだけど? おねがいっ!! リルっ! 離してぇーーー!!」


 隣にいたリルはキノの腕をぎゅっと握っていた。

 だんだんと力が入ってきて、キノの腕が紫色に変わってくる。ミシミシという音が聞こえてきた所で、リルはキノの声に気付く。


「あっ、ご主人様失礼しました。

 ……何故かぴったりとくっついている2人を見ていると、胸の辺りがもやもやすると言いますか……」


 胸が……の辺りでキノはリルが病気にかかったのではないかと心配になる。


「病気っ!? 大変だっ!! サブ、調べる事できる?

 早く治さないとっ!!」

《姿・形は【人化の実】の力を取り込むことで変化しておりますが、元々の神獣としての性質や能力は失っておりません。

 神獣が病魔に冒されると言う事はありませんので、病気の可能性は1%未満です》


 サブの返答に慌てていたキノも落ち着く。


「そっか……どうしたんだろうね?

 何かあったらすぐ言ってね? 出来る事あったら頑張るからっ」


 キノはリルに向けて爽やかなスマイルを見せる。

 リルは顔を真っ赤にすると、握っていたキノの手を外し、あたふたと慌てる。


「ご……ご主人様ありがとうございますっ!!

 あっ!? ……えっと、もやもやも影を潜めたので大丈夫かと思います」

「そう? ならよかった」


 2度目のイケメンスマイルで耳まで真っ赤になり、頭から湯気まで出ている。


「……はい」


 リルの機嫌が直ると、今度はユエルの機嫌が悪くなっていた。

 いつの間に来ていたのか、ユエルの隣で様々な後始末をしていた侍女が近づき、耳元に何か囁くとリルを「キッ」と見つめる。


「キノ様、侍女に甘すぎます!!

 それにサブとは何ですか? 妻である私にも説明してください」


 いきなり強い物言いをして来たユエルに驚き、キノは慌てて否定する。


「リルは侍女じゃないよ?」


 "サブ"と"妻である"の部分は聞こえてなかったようだ。


「でも、その服は侍女の物?」

「あぁ、こういう服しかなかったから着てるだけ。

 リルは……えっと……何だっけ?」


 キノのボケボケな回答にもリルはきっちりと答える。


「私はご主人様の守護獣。片時もお側を離れない存在です」


 リルは勝ち誇った顔でユエルとキノの間に割り入る。


「それなら、私はキノ様の妻です!! プロポーズもして貰いましたっ」


 2人の間に火花が散り始める。今にも掴みかかりそうだ……




 だが、その状況をまったく理解していない人がいた。


《サブ、プロポーズって何?》

《プロポーズとは婚約の申し込みの事を言います。

「貴方の事を全て知りたい」がプロポーズの言葉と受け取られたようですね。

 先ほどマスターが受け取り、左手の薬指につけたのは【誓約の指輪】と言って、コリアンダー王家で正当な王の伴侶のみがつけることを許された指輪になります》

《……へ? そうだったの?》

《はい、マスターは今までモンスターだった為、言葉を飾るという概念がありません。

 人間からすると、直線的すぎる言葉は曲解して理解されやすいと思われます》

《そうだったんだぁ……所で受け取っちゃったけど、この指輪ってそんなに凄いの?》

《1度つけると所有者の死亡まで外す事が出来ない、第一級の呪われしアイテムとなっております》

《そっかぁ、外す事ができないんだね。……って呪いっ!?

 それに、コリアンダー王家って何!?》

《この世界にある大国の一つで、女王制として栄えております。

 第一王女と言う事であれば、次期女王と言っても差し支えはありません》

《ふぅん……あれ?

 この指輪は外せないんだよね?》

《はい》

《で、この指輪をしていると女王様と結婚することになるんだ?》

《正確には婚姻の証明です》

《……って言う事は?》

《マスターはコリアンダー国、時期女王の王配となりました》

「え……ええええええええ!!」


 キノの叫びに、2人の視線が集まる。

 侍女もずっと見ているので、正確には3人か。


「キノ様、如何されましたか?」


 ユエルと火花を散らせるのに忙しかったのか、サブの声を全く聞いていなかったリルがキノに小走りで近寄ってきた。

 右手を取ってギュっと身体を押し付け、心配そうに顔を覗き込んでくる。


「うん、何気なく受け取ったこの指輪が王配の証って言われてびっくり」


 先ほどの威勢も裏腹、リルの行動に尻込みしていたユエルだが、その言葉を聞き、勝ち誇った顔でゆっくりとキノの左側へ歩いてきた。

 キノの左手を取ってリルよりも体が密着するように身体を押し付ける。


「はい、その指輪をはめていただいた以上、私の唯一の旦那様はキノ様だけです」


 顔を耳まで真っ赤にしながらユエルはリルに対し、宣戦布告をする。


「ご主人様、そのような指輪直ぐに外してください」


 ユエルの視線に、別の意味で真っ赤になったリルはさらにキノの体に密着する。


「無理です。この指輪は死ぬまで取れません。

 キノ様と私は、ずっと一緒です!!」


 ユエルもリルへ対抗し、更に顔をキノの胸板に預けるように密着する。


「駄目っ、ご主人様は私のお守りする人なんです!!」


 リルも対抗し、キノの胸板に顔を押し当てる。


「守るだけなら、キノ様と私が結婚しても問題ありません!!」

「嫌です、守ると誓ったのはご主人様だけです!!」


 2人は身を離し、今度はキノを力の限り引っ張り合う。


「痛い痛い痛いっ、2人とも離してっ!!」


 だが興奮しきった2人は、その後5分ほどキノの引っ張り合いを続けた。


「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……、お姫様の癖に……やりますね」

「はぁ……はぁ……はぁ……、貴方も……ですっ」


 ある意味、神獣であるリルの力に対抗したユエルの方が凄いと思う……だが、キノは違う事を考えていた。


「こっ……このままだと殺されるっ!?」


 ユエルとリル、2人の間には友情が芽生え始めていたが、キノにとってはそんな事に気付く余裕は無い。


「こうしませんか?

 表向きには、キノ様は姫様の婚約者。裏では、私と姫様でキノ様をシェアすると言う事で……」

「貴方となら……考えてもいいです」


 2人の友情は複雑に絡み合い、おかしな方向に進み始まっている。

 だが、リルはそこで爆弾発言を投下する。


「そういえば、モンスターと王族って結婚出来るのでしょうか……」


 その言葉にユエルはピクリと眉を動かす。


「リル、それはどういう意味ですか?」

「サブ様、ご説明してもよろしいですか?」


 リルが確認すると、サブは暫く沈黙の後。


《マスター、ユエルには全ての情報を提示した方が良いかと思われます》


 と、キノへ提案した。

 キノはどうにかこの場から逃げ出す方法しか考えていなかったので、サブの提案は逃げる為の方法と思い込んだ。


「うん、それしかないよね!?」

《……そうですね、私が話した方が早そうです。

 念話の知識を体液に移しますので、ユエルへ与えてください》

「判ったよ!!」


 準備が整うと、キノは指先から体液を結晶のように搾り出す。


「ユエル、これ食べて貰って良いかな?」

「これは……? はい、頂きます」


 最初は何かと疑ったが、キノから頂いた物だ、大丈夫と思い直した。

 ユエルは結晶を口に含み、そして飲み込む。

 淡い光がユエルを中心に集まり、うっすらと光り輝く。光がおさまると、自分の身体を見渡しているユエルにサブからの声が伝わった。


《これで意思は伝わるはずです。ユエル、聞こえますか?》

「え? ……この声……どなたですか?」


 きょろきょろと見回すユエルに、リルが声をかける。


「その声がサブ様と申します。キノ様のもう1つの思考で別人格? の方です」

《その通りです。

【知恵の実】をマスターが取り込んだ為、情報の制御・思考・統括用に生み出された、マスター人格を補佐する為の自我となります》

「そう……なのですね。納得しました。

 ですが【知恵の実】……神級アイテムではありませんか? ……なぜそんな物を?」


 神話級アイテムの名称が出て来たことでユエルは若干身構える。


「ほうほう、サブってそんな存在だったんだ?」

「ご主人様……自分のことなんですから」


 今更ながら納得しているキノへ、リルは少々呆れた目を向ける。


「あぁ、うん。【知恵の実】は勇者様に貰ったんだよ」


 キノはリルの視線から顔を逸らし、ユエルの問いに答える。


「勇者!?

 いえ……例え勇者でも、神級アイテムを所持している訳が……」


 この時、ユエルもリル同様の勘違いを起こしていた。


(神級アイテムを授かるだなんて……

 はっ!? まさか、キノ様に【知恵の実】を授けたのは神!?

 それならば全て納得出来ます。となれば、キノ様は神の使徒!?

 そのような方が我が国に来てくださればっ!!

 そうっ、あの馬鹿勇者に国を荒らされなくとも良くなりますっ!!

 それにキノ様はあの馬鹿と違い、カッコ良いですし、優しいですし、何よりも無償で人を助けられる方。出会い頭に必ず胸を揉みしだいてくるあの馬鹿とは大違いっ!!

 ……そう、私は【誓約の指輪】でそんなキノ様と婚約を交わしたのです。

 夫となるお方が、そのように素晴らしい人だったなんてっ……最っ高っ!!)

「だから、勇者様へご恩を返さないといけないんだっ」

《という訳でユエル、これからよろしくお願いしますね》

「あっ……はい、こちらこそ。

 末永くよろしくお願いします」


 3つ指付いて……は外だから出来ないが、かなり真摯に挨拶を返した。


《そこで最初に戻るのですが、貴女の国ではモンスターとの結婚は認められているのですか?》

「モンスター……ですか??」


 再度、問いかけられた疑問にユエルは難しい顔をする。


《この2人が相手では話も進まないので、私のほうから説明します。

 男性の方が『キノ』。元はスライムですが、故あって人と変貌し、種族『超越者』となった者です。

 女性の方が『フェン・リル』。元はこの森の守護獣フェンリルです。

 【人化の実】という神級アイテムを取り込むことで、人の姿と獣の能力を持った種族『獣人』の者です》

「え……?」

「ふむふむ、そういう風に自己紹介をすれば良いんだね」

「勉強になります」


 2人はサブの言葉にしきりに頷いている。


《ええ、2人とも次からは自分で自己紹介が出来るようになってください》


 3人? が和やかに会話している間、侍女の顔は真っ青になっていた。

 ユエルはそんな侍女に気づかず、何かを考え始めた。


「超越者……人の進化系……別名神の使者……」

「姫様!!」


 ユエルの呟きを聴き、それまでは青い顔だった侍女が驚愕の表情を浮かべる。

 すると、今まで黙って話を聞いていた侍女がおそるおそると声をあげる。


「今まで黙っておりましたが、漏れ聞いた声を聞いてしまいました。

 そちらの男性は超越者様と言う事ですかっ!? 姫様っ!! そのような方を婚約者だなんてっ……良いのですかっ!?」

「ええ、でも指輪はキノ様の手……」

「それは……そうですねっ……」

《その反応からすると、認められて無い。と言う事ですか?》

「いいえ、逆です。

 超越者は神の御使い。国を挙げての歓迎が必要です」

「はいっ!! 神の使者と呼ばれるお方なら、諸手を挙げて歓迎しないといけません。

 しかも!! そのような方が姫様と婚姻を結んでいただくとはっ!! これでコリアンダー皇国は安泰ですっ!!」


 2人はどんどんヒートアップしていく。


「キノ様が超越者……うふっ……うふふふふふふふふ」


「私の仕える姫様が超越者の……

 私もお手つきになる可能性がっ!!

 うふっ……うふふふふふふふふふふふふふふふ」



 ユエルと侍女の妄想? 暴走? には先ほど友情を育んだリルも嫌な予感しかしなかった。


「(ぼそ)リル……何か怪しい事になってきた気が……」

「(ぼそ)ご主人様……逃げた方が良いかと……」


 2人は顔を見合わせると……きびすを返し、全力ダッシュでその場から逃げ出した。


「キノ様ーーー!!」

「超越者様ーーー!!」

「リルッ、この方向で良いんだよねっ!!」

「まったく違いますっ!! でもこのまま逃げましょう!!」


 2人はそのまま南の方向へ向け、走り去っていった。

 残されたユエル姫、侍女さん、気絶したエフ、その他大勢は2人が突然目の前から消えた(ような速度で走って行った)事でポカーンとしていたが、


「ジール、お母様に連絡してください。

 今回の襲撃の件と、犯人……そして犠牲者」


 ユエルは侍女に沈痛な顔で話し始めたが、徐々に夢見る乙女の顔になっていき、


「キノ様に助けられた事と、キノ様が物凄く強かった事。

 キノ様が超越者だったことと、キノ様がかっこ良かった事。

 キノ様と一緒にいたリルと言う少女の事と、キノ様がステキだった事。

 キノ様に指輪を渡した事と、キノ様が意外と可愛かった事を」

「はいっ、【誓約の指輪】の呪いがある限り姫様の婚約者であることは揺るがぬ事実ですっ!!

 女王様もお喜びになりますよっ!!」


 ユエルの言葉は色々と突っ込みどころがあったが、侍女は気付いていなかった。


「それにしてもキノ様……あんなに急いで何所に行ったんでしょう?」

「超越者ですもの、きっと神から指令が下ったのですわっ!!

 そして指令の後は姫様の下へ必ず戻ってきます!!

 だって、私も待っているのですものっっっ!!」


 侍女―ジールも大概だった……


「そうね、では城へ向かいましょう」



 ヒートアップする2人をよそに兵達は


「助かったけど……あれ、絶対馬鹿勇者だよな?」

「でも、髪や目の色違ったぜ?」

「それにあの馬鹿なら、助けてくれないだろ?」

「助けても身ぐるみはいでくとかな?」

「だよな~」

「しかも、口下手だけど既に女王の器と各国に知られる姫様が惚れたって信じられるか?」

「女王激怒すんじゃねぇ?」

「でも超越者だし……これ幸いと、取り込もうとするだろ、女王なら」

「確かに」

「でもジールさんがあんな人だったとは……」

「お前狙ってたもんな?」

「お前だって……」

「俺は……姫様一筋だったんだが……」

「でも、馬鹿勇者じゃないなら、誰だったんだろうあれ?」

「それはもう良いだろ?どっか行ったし」

「それにしても……

「「「「「お2人がこれほど残念な人だったとは……」」」」」


 などと言う話をしていた。


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