006 街へ その2 (ユエル視点)
私はコリアンダー皇国、第一王女、ユエル・S・コリアンダー。年齢は15歳。
皇家特有のエメラルドグリーンの髪と同色の瞳を持ち、次期女王として民に多大な支持を受けていると自負しております。
目下の悩みは伸びない身長と大きくならない胸でしょうか?
現在は数名の従者と共に隣国の祭典に出席し、帰路へとついている最中です。
今は従者の1人に誘われ、少し遠回りして神獣の森を散策中。
「姫、この森には神獣の加護があり、珍しい花も咲き誇るのですよ?」
「そうなんですか?」
この方は近衛騎士団副団長、ディスティン・F・ペッパー公爵令息。
私の許婚であり、コリアンダー皇国最強の騎士。ブラウンの髪とヘーゼルの瞳がチャーミングな殿方です。
「ええ、その中にはとても綺麗な花があり、是非姫にも見ていただけたらと思い……」
母である女王より「結婚する覚悟が出来たら、この指輪を渡すのだぞ」と預かった指輪を渡すであろうお方。
「神獣はとてもおだやかで、悪意を嫌います。
一説によれば神に愛された神獣であるがゆえ、強大な力と高潔な魂を持つとも言われております。
悪意を持ってこの森に入った者は悲惨な事になりますが、善良な人間にはとても安全な森なのですよ」
「優しいのですね」
口下手で端的にしか話が出来ない私でも、楽しんで話が出来るよう、とても気遣ってお話をしてくださる方です。"人を愛する"と言う感情を持った事はありませんが、この方ならきっと……
「その加護もあってか、この森には野盗もっ!? 危ない!!……ぐぶっ……」
「ディスティンッ!?」
突如私を突き飛ばしたディスティンの喉に矢がつき刺さりました……
私に向けて放たれた矢……それをディスティンが身体を張って助けてくれた。ですが、ディスティンはその矢を自らの喉に受けてしまい……
あぁ……
彼は必死な顔で矢と私を交互に見た後、何か口をパクパクさせ安堵した表情になると、そのままずり落ちていき……
「イヤアアアアアアァァァァァァァァァァーーーー!!」
私が悲鳴を上げると、森の木々から十数人の男性が姿を現しました。
装備に統一感がなく、薄汚れた雰囲気。野盗の集まりにも見えますが、眼光は間違いなく正規の訓練を受けた者達のそれであり……
さらに先頭に立つ男性……あれは妹の近衛として長年側に居る男性……イール・G・ペッパー公爵令息。
……ディスティンの……弟。
「イー……ル?」
私の声に肩がかすかに動きました。……間違いない、何故彼がディスティンを……
いえっ、そんな事はどうでも良いのです。今はディスティンを助けなければっ!!
「俺たちはこの森を根城にしている盗賊。悪いが、荷物を頂く為死んで貰う」
「イールっ!! 何故この様な事をする!!」
この声はっ!? 私の悲鳴が聞こえたのでしょう。離れて後ろに居た護衛の男性達が私を守るように駆けつけて来ました。
声の主はディスティンとイールの父親にして近衛騎士団隊長のエフィカス(通称エフ)。
「エフッ!! ディスティンがっ!!」
「死ねっ!!」
私が叫ぶと同時に、イールが私に向かって斬りかかってきました。
「くっ!? 貴様、何をしているのか判っているのかっ!!」
私の前に立ち、イールの剣を受けたエフが叫びます。
「エフっ……早くしないとディスティンがっ!!」
「姫っ!! 冷静になりなさいっ!! ディスティンはもう助からないのです!!
今はこの場を切り抜け、命をとして貴方を守ったディスティンに報いるのですっ!!」
「ですがっ!!」
このままではディスティンが……ディスティンがっ!!
"パァン"
何かが叩かれたような高い音が響き、熱い衝撃が私の頬を走り抜けました。
「姫っ!! 目を覚ましなさい!! その腕の中にあるのはただの骸ですっ!!
周りを見なさい!! 貴方が逃げぬ限り、同じ骸が増えて行くのですっ!!」
その衝撃とエフの悲痛な叫びに、多少落ち着きを取り戻しました。
イールがエフと剣を交えながら支持を出すと、野盗が散開するのが見えます。
近衛兵1に対し3人で隊列を取り襲い掛かる。戦争におけるセオリー……この動きは間違いなく我が国の兵士……
ディスティンを失ったとは言え、同行している近衛は国内でも上位の実力を持つ者たち……野盗程度ならば遅れをとるはずが有りません。
ですが目の前で起こる光景……それは戦いとも言えない虐殺でした。
ひとり……またひとりと倒れていきます。
ある者は首を斬られ。
ある者は肩口から血を吹き出し。
ある者は魔法の炎に身体を焼かれて……
そして、最後まで奮戦していたエフの首目掛けて振り下ろされたイールの剣が……
「貴方等っ!! 何やってるのですかっ!!」
振り下ろされる直前、銀髪をなびかせたメイド服の少女がイールを蹴り飛ばしました。あれは……古に伝わるライダーキックと言う技でしょうか?
「……はぁ……はぁ、助かった……礼を言う……頼む……姫を……守ってくれっ!」
「エフっ!?」
エフは誰とも知れぬ少女に私の事を頼むと、目の前で崩れ落ちてしまいました。体中が血だらけで……いえ、エフがあれしきの傷で死ぬはずはありません。
少女は周りを見渡すと、厳しい目で私とエフを指差します。
「あなたと……あなた、被害者ね?」
「あ……はい。」
今だ動かぬ体ではありましたが、なんとか少女の声に頷く事はできました。
少女の激しい怒気、すさまじい圧力を感じます。ですが、それでもこれだけの数を相手にするには……
「あっ、いえっ、逃げてっ」
「貴方達、ここを神獣の森と知っての蛮行ですか?」
せめて関係のない彼女だけでも。そう思い逃げるよう声をかけましたが、少女の声に私の声はかき消されてしまいました。
少女は静かに、かつ抑えきれない怒りを露わにして言い放ちます。
イール達は少女の突然の登場に固まっていました。ですが、我に返ったイールは直ぐに体を起こし、少女に向けて駆けながら剣を振り上げます。残っていた野盗も少女へと殺到しました。
「そうですか……それが答えなのですねっ!!」
少女は獣人でした。怒りに逆立った髪を振り乱し、2本の短剣? ……いえ、自らの爪のみでイールたちの攻撃をいなし、逆に何人もの野盗を切り伏せていきました。
「あぶないっ!!」
少女の後ろから襲い掛かる人影。その人影に気付いていない少女に、大声で叫びます。
ですが、襲い掛かった人影は少女に近づく事すらできませんでした。
何処からか飛んで来た赤い光が襲い掛かった人影に照射されると、人影が2つに分かれ地面へ崩れ落ちました。
「リルっ、危ないよ。それに早すぎっ!!」
後ろから聞こえた声に振り向くと……そこには水色の髪を持った少年の姿が。
「危ないっ!!」
少年は叫んで手を振ると、その軌跡からいくつもの赤い線が放たれます。
その光はいくつにも枝分かれし、私のほうにも迫って……迫って?
「きゃぁっ!?」
目の前を2つの赤い線が通り過ぎると、一瞬にして消え去りました。
2つの線が飛んでいった方向には……
またも頭の中が白くなりかけました。私に向かって剣を振り上げた野盗2人が、首から上を失って立っていたからです。
ですが恐ろしい事に血が一滴もでません。なんと恐ろしい威力の魔法なのでしょう……
驚いて周りを見回すと、少女とイール以外に立って居る者が誰一人として居ませんでした。
野盗に倒された近衛達……傷付き、地面から立ち上がることの出来ないエフ。
先ほどの魔法に撃ち抜かれ、地面に倒れたまま動かない野党たち……そして先ほど魔法を放った少年はその場に座り込んでいます。
どうしたのでしょうか?
あれほどの規模の魔術、そして恐ろしい威力……恐らくですが、野盗に粉した我が国の精兵を一撃で壊滅させた魔術です。行使した反動は計り知れないのでしょう。魔力が枯渇し、立つことが出来ない可能性もあります。
「神獣を襲ったのも貴方達の仕業ですか?」
「………………」
「この森を奪って何がしたいのですかっ!!」
「………………」
剣をかわしつつ少女が質問を投げかけますが、イールは沈黙のまま少女と剣を交わします。
何も言わず襲いかかって来たイール。
兄であり、私にとっても大切な存在だったディスティンを奪ったイール。
妹と共に私へ笑いかけてくれたイール。
様々な想いが私の中を駆け巡り、ふつふつと怒りがこみ上げて来ました。
「イール!! 貴方は何を考えているのですかっ!!」
無視される。それでも構わず言葉を続ける。
「イールっ!! 私の……いえっ、彼女の問いに答えなさい!!」
私は生まれて初めて声を荒げた。
「俺は……この森の盗賊団……首領だっ!!」
その言葉に少女は「もういいです」と呟くと、目を細め……その後に何が起こったか判りませんでした。
先ほどまで互角に戦っていたはずが、一瞬でイールの首を切り落とし、少女は遠く離れた場所に立っていました。
「姫……ご無事ですか?」
全てが終った後、エフが剣を支えに立ち上がり、私のそばに寄って来ました。良かった……
生きて居てくれたのですね。
「はい……貴方こそ……」
「私は大丈夫です。それに……息子は愛する貴方を守れて幸せそうでした」
助けてくれた少年と少女、2人を見渡しエフに質問します。
「彼らは?」
エフは首を振りました。
「判りません……ですが、相当な手練れ。
かすかに聞こえた言動や行動から神獣を信仰するものではないかと……こちらに来ますっ!! お気をつけを」
エフが身構えますが、手で制します。
2人は目の前まで来ると、少女が頭を下げてきました。
「すみません。あのような悪意の塊を放置してしまいました」
「え……と……?」
突然の謝罪に私が困っていると、少年の方もなにやらぶつぶつと小声で話をしています。
「あ、そうなんだ?
うん……うん……判った、やってみる」
少年は誰かと話をしているのでしょうか? 時折相槌を打っています。
「ちょっと待ってて。害意は無いから安心してね」
少年は私達に言うと、死亡した兵士や半死半生の兵士達の元へ向かいました。
何をしているのでしょう……少年は、兵士達に何かを飲ませて回っています。最後の1人に飲ませ終わると、またこちらに戻ってきました。
「お待たせ。
どうやら5人は大丈夫みたいだけど、首を失ったり真っ二つになった人達は無理だった」
その言葉は軽く紡がれましたが、私とエフには重い言葉でした。
自国の兵士に殺された……その事実を突きつけられたからです。そして助けられなかった兵士の中にはディスティンの姿も……
「う……うぅ……」
暗い気持ちに陥りそうだった私達でしたが、奇跡に目を丸くしました。先程、何かを飲ませた5人が起き上がってきたではありませんか!?
「そう言えば、君も酷い傷だね。これを飲んでみて」
そう言って、少年はエフの口に赤い液体を流し込みます。
「なっ……なにをっ!?」
するとエフの傷が逆再生のように塞がっていったではないですか!?
「これはっ!?」
よく見ると、5人の兵士達も同じようです。
自分の傷の場所を確認し、鳩が豆鉄砲を食らったような表情をしています。
「……ありがとう」
私の口からは自然と感謝の言葉が漏れ出しました。
「ありがとう……ありがとう……」
多くの命を失いました。……ですが、助かった命もあったのです。
彼等が助けてくれたのです。
少年と少女は顔を見合わせると、照れたようにはにかみました。
「ご主人様、これで勇者様のお力になれましたね?」
「うん、リルありがとう」
どうやら少女の名はリルと言うらしいです。
口ぶりと身なりからすると、少女は少年の侍女でしょうか? すると少年はそれなりの地位……と考えた方がよさそうですね?
私は改めて少年に向けてお礼を申し上げます。
「ありがとうございます。
おかげで私達どころか、傷付いた兵士達も助かりました」
「ううん、僕も勇者様に助けられたんだもん。
少しでも勇者様の力になれるよう、人助けをして恩返しするんだっ」
勇者?
……チッ、あの馬鹿がまた何か仕出かしたのでしょうか? いえ、"助けられた"と言いましたね?
あの馬鹿が人助けなど……たとえ魔王が人助けをしてもあの馬鹿は絶対にするはずがありません。きっと人違いでしょう。……あら? でも、このお方はあの馬鹿の面影が……
いやいや、そんな事を考えては失礼です。このような方にあの馬鹿と繋がりがあるわけなど、ありようがないです。
ですが……このようにとてもお強く……
優しく……
人のために動くことの出来る殿方がいるとは……
"トクンッ"
はっ……なんでしょう。この感じは?
「大丈夫? もしかして襲われたときに、怪我でもした?」
私の手を取り、顔を……身体をじっと見つめてきました。
……その深く慈愛に満ちた双眸に私の胸ははじけるように高鳴り……
はうっ……この胸の苦しみは……
はっ……いけない、今は兵士達の弔いをしなくては。
「いえ、大丈夫。
少し……ショックが強くて」
「そっか、良かった」
ぎゅっと繋がれていた手が離される際、寂しい感じに捕われましたが、花の咲く笑顔にまた心が震えてしまいます!!
「申し訳ございません。
このお方はあるやんごとない方なのですが、口下手な所がありまして」
エフがフォローし、さり気なく間に入ってくれます。こういう時のフォローはいつも助かります。
ですが、今は少しでもこのお方のお側にいたい……
「エフ……下がりなさい」
「は?」
「この方々は命の恩人です。警戒は最大の侮辱と心得なさい」
「……ははっ!!」
最初は何を言われたか判らなかったエフですが、直ぐに意味を察し、後ろに下がってくれました。
エフ、ごめんなさい。でも今はこの方と少しでもお話をしたいのです。
「改めて、お礼を言いたいです。
出来ることならなんでも……言ってください」
そう、弔いを行わなくてはなりませんが、命を助けていただいた褒美は必要よね?
このお方が来なければ、間違いなく散っていた命が一杯ある。出来うる限りのお礼はしなければっ!!
……そしてあわよくば、今後もお話が出来る関係をっ!!
「そうですね……うん? ……うん。
そうだね……うん、彼女に協力して貰おう」
また誰かとお話をしているようです。誰とお話をしているのでしょう?
「お礼なんですが、何でも良いんですか?」
「はい」
「では、貴方の事にんげんを全て知りたいです」
はっきりとした笑顔で私の全てを知りたいと言ってくれた。
そしてその言葉と笑顔に私の胸は高鳴り、ディスティンにすら感じなかったこの方を求める心の声……間違いない。これは恋!! きっとディスティンなら許してくれるはずですっ!!
彼も私を求めてくれる……私っ!! 必要とされてる!?
「喜んでっ!!」
私は"ポケット"からハンカチに包まれた指輪を取り出し差し出す。
「これっ!! 約束!!」
「姫様っ!?」
エフが指輪を見ると顔色を変える。
「えっと……なんだろ?
付けろってことかな?ありがとう」
指輪を受け取ると、その白魚のような手に填めてくださいました。
これで……彼と私は結ばれたのですねっ!!
「所でこれ、何?」
「ひめさまぁぁぁぁぁぁぁっぁ!?」
「ご主人様、綺麗ですね。
私の分なども有るでしょうか?」
「これで……私達……夫婦 (ぽっ)」




