055 いざ謁見 その2
「いや、魔女王って何よ……」
ニースはツッコミを入れるように空中を手の甲で叩く。
「え? だってこの間、魔王さんって呼んだら怒ったから女の子だし魔女王さんが正しいのかなって?」
「ん~? 僕にはその時の状況が分からないから、なんとも言えないけど……、多分それは違うんじゃないかな?」
「そうなんだ?」
「うん。トレマ様は魔王って呼ばれるの好きみたいだし」
「そっかぁ、じゃぁこの間はなんで怒ったんだろ?」
突如姿を現した来訪者と雑談に入るキノに、兵士や公王は警戒し包囲を敷きつつ遠巻きに見つめる。
「……キノ様、そちらの方は?」
意を決したエースがキノへと問いかける。だが、キノではなくニースから返事が返った。
「あぁ、ごめんごめん。ついキノ君のペースに巻き込まれるところだったよ、エース君だっけ? ありがとねっ♪
お礼に今度ビンタしてあげるねよ♪」
「なっ……」
"何故そんなことを?" そして、"是非お願いします!!" と緩んだ頬で言いかけるが慌てて口を噤む。
ニースはそれを見ると猫を思わせる、いたずらっぽい笑みを浮かべて軽く頭を下げる。
「改めて自己紹介を。僕の名はピーシア・N・グレーシア。新しく西方の魔族担当になった者だよ♪
ピーシアって呼んでね。いい? キノ君、ピーシアだよ?」
最後の方はキノに向かって念を押すように名乗る。
「四天王……だって?」
誰かが呻くように言った。
「あぁ、そうだね。人間はそう呼んでたんだっけ♪ これから担当になる地域だし宜しくね、魔王様には特に念を押されたから僕自らが挨拶に来てあげたんだよ。あ、そんなに硬くならないでいいよ、むしろ土下座してね?」
ピーシアの軽いおしゃべりに兵士の一人が剣に手を伸ばそうとするが、すぐにエースが手で制する。
「失礼だが、ここまで誰にも気付かれずに侵入できた手腕は見事としか言いようもありません。ですが、貴方が四天王と言う証明はあるのですか?」
エースの目に剣呑な光が宿り、隙なくピーシアを見つめる。
「ないよ♪ それにぃ~殺気をむけるのはやめた方がいいなぁ。思わず手が動くかもしれない」
エースの殺気を受けても尚、ピーシアは笑顔でエースと公王へ無造作に近づいて行く。いや、むしろ笑顔は深くなったかもしれない。
リルはその様子を見て、小声でキノに問いかける。
「キノ様、殺りますか?」
「ん~、悪い人じゃないし多分大丈夫じゃないかな?」
キノが答えるとリルは出しかけた爪を戻し、何事もなかったかのようにキノの隣へ佇む。
「分かりました」
2人の会話が聞こえていたのか、ピーシアはキノに向けてにんまりと笑いゆっくりと玉座に歩いて行く。
「それ以上近づくなっ」
エースが立ち上がり、公王を庇う位置に移動して牽制する。
「ん、了解。じゃ、この手紙をそこの王様に渡したげて♪」
ピーシアは懐から一通の手紙を取り出し、エースに差し出した。エースは警戒しながらも手紙を受け取ると、そのまま封を破く。
「悪く思うな。罠の可能性もある」
「いいよ、ただの手紙だから」
額から油汗を流す程緊張で一杯のエースとは裏腹に、ピーシアは手紙を取り出すエースを笑顔で見ている。
震える手で手紙を開いたエースは目を見開くとわずかに呻いた。
「これはっ……」
そのまま手紙を公王へと渡す。
公王は震える手で手紙を受け取ると手紙に目を通す。そしてすぐに立ち上がると周囲を見渡し命令を下した。
「魔王より手紙があった。
内容は、魔族に手出しをしない限り暴れるつもりは無い旨と、国内で魔族が暴れた場合は勝手に処罰して構わないと言う二点。
さらに魔王の意向として、他種族で遊ぶことは禁じるが魔神の息がかかった者は命令を聞かないだろう。そういった存在はすべからく排除するようにとの提言もある。
最後に……、魔王はキノ殿に借りがある。彼にキズ一つでもつけた者は……理由如何に関わらず潰す。ともあるので注意するように」
公王の発言を受け、全員の視線がキノに集まる。
「どうやら報告にあったとおり、魔王に貸しを与え退けた事に間違いはなかったのだな。
キノ殿、疑ってすまなかった」
公王が頭を下げると周りがどよめく。
「うん、信用して貰えたならそれでいいよ」
キノは周りの視線や空気など全く気にせずのほほんと笑顔で答える。
「ありがたい。扉付近の衛兵よ、関係各所にすぐに伝令に走れ」
「はっ!!」
公王の言葉を受け、一人の兵士が敬礼をするとすぐに扉から出て行った。公王はその姿を満足そうに見届けた後、改めてキノへ向き直る。
「そしてもう一つの要請であったSSSランクの件だが、聖武具の所持こそないもののその実力に間違いはない。我がレモングラス公国はキノ殿のSSSランクに相応しいと証明し、金一封とSSSランクの認定証を発行しよう。
宰相がいない今、近衛長、しかと記録しておくように」
「はっ!!」
公王のすぐ近くに控えていた兵士が返事し、宰相が放り投げて行った帳面に記載する。
「して、ピーシア殿。
魔王閣下への返答をしたためる為に時間が欲しい。明日もう一度尋ねていただけないだろうか?」
「いいよん♪」
不敬としかいいようのない返事だったがそれを咎められるものはいない。ピーシアは笑って頷くとそのままキノの隣に立つ。
「それとこれは「きのっちに会ったら渡して♪」って頼まれてた手紙。読んどいてね♪」
もう一通、懐から手紙を取り出してキノに手渡す。
リルが「きのっち? 新しい呼び方ですね。これもまたキノ様に相応しい響きがあります」と納得しているのはお約束だ。
「うん判った」
キノが手紙を受け取ると、ピーシアはそのままどっかりと床に腰を降ろす。公王は引きつった顔でピーシアへと問いかける。
「まだ何か用事があるのか?」
「ううん、キノ君の用事が終ったら街を案内してあげようと思ってね。大丈夫、ここで見たことや聞いたことは誰にも言わないから♪
ねっいいでしょ? エース君にそこのフードを被ったままのお2人さん♪」
聞いた事を一瞬後悔しかけた公王だったが、"魔王より強いキノ殿がいるんだ、きっと大丈夫"と心を落ち着かせながら首を振る。
「以上でソルトにおける顛末の報告は終わりだな? ならば謁見はこれにて解散する」
公王が締めを口にするが、今まで黙っていたジュエルが、戸惑いながらも帽子を取りはずした。
「公王様、お待ちください」
「お主は……、シィーブン家の?」
公王は"何故ここに?" とばかりに目を見開く。
「実は……、どうしても火急ご内密に報告したい事がございましてエース様、キノ様のご助力の元この場に参上させていただきました」
公王がエースを見ると、エースは真剣な顔で頷く。
「今、この状況だからこそ名乗った。そう受け取って良いのだな?」
「はい、今だからこそ帽子を取らせていただきました」
含みを持たせた問いに、ジュエルは意図通りの返答をする。公王はそれを確認するとすみやかに兵士達に指示を飛ばした。
「兵士達よ、謁見の間の扉を封鎖せよ。
許可するまでネズミ一匹通してはならんぞ」
「はっ!!」
公王の指示通り兵士が扉を閉めた上で内外に見張りを立て、物陰に潜んでいる者がいないか確認をする。
「公王様、封鎖確認しました」
「うむ。
これから聞く話は他言無用。よいな?」
「はっ!!」
「またせたの。ジュエル殿、話してみよ」
自分の言葉を重く受け止め、すぐに対応した公王をジュエルは驚きの目で見つめていたが、すぐに居住まいを正すと慇懃に礼で返した。
「はい、このような小娘の言に耳を貸していただきありがとうございます」
ジュエルは先日キノ達へ話した内容と見せたメモを同じように公王に提出し、説明と助力を申し出る。
「確かにこのメモはシィーブン家当主の……、ではそちらのフードの女性が勇者様……、なのだな?」
公王の確認に頷いて芹香もフードを外す。
「お久しぶりです、公王陛下」
芹香が頭を下げると、兵士達が息を呑むのが判った。
「うむ。どうやらシィーブン家に勇者様を一任していたのが間違いだったようだな?」
「それは……」
公王の問いに芹香は逡巡するが、ジュエルがきっぱりと肯定する。
「ええ、陛下には申し訳ございませんが、我がシィーブン家は勇者様を思うように使っておりました」
「そうか……
それで、ジュエル殿は私の命と芹香殿の命を保護し、父と兄を罰して欲しいと言うのだな?」
公王の言葉にジュエルは深く目をつぶる。
「……はい」
搾り出すように言った言葉を公王は重く受け止める。
「分かった。
だが、そのメモだけでは私が動く事はできない。それも分かっておるな?」
「はい。ですが万が一を考えて自衛を固めるぐらいは……」
「だが、全てがお主の勘違いだった場合はどうする?」
「私に出来る限りの贖罪をするつもりです」
「分かった」
公王はじっとじゅえるの目をみた後、傍らに立つエースに問いかける。
「エースよ、お前はこの娘の言葉が信用に値する。そう思ってつれてきたのか?」
「いえ、完全に信用する事は出来ませんが、危険と告げるものを私の判断で無碍にする事は出来ない。そう判断しました」
「そうか」
「かの家ならばやりかねない事、という思いもあります。ですので身の回りだけでも固めておくべきかと……」
エースの提言を受け、公王は思考するように顎を撫でる。
「だが、シィーブン家のみならずドワーフ……、ツェット家も同調すると言うのはどうにも解せない」
「私もそう思います。ですが、噂ではかの家は当主様がお倒れになったという噂も」
エースの言葉に公王の眉がピクリと跳ねる。
「ふむ?」
「もし、その噂が本当であれば嫡男は悪い噂の耐えない人物、可能性は有ります」
なにやら聞いた事がある話に展開した所で、サブがこっそりとキノへ話しかけた。
《マスター、お話の最中失礼致します》
《ん? 珍しいね、どうしたの?》
《話に出たツェット家というのは、この間の貴族ではないでしょうか? ならばアイアン氏に聞いた話を伝えた方がスムーズにことが運ぶと思います》
《そうなんだ? じゃ話して見るね》
キノはサブのアドバイスを受けると、2人の会話に混ざりこんだ。
「いいかな?」
「ん? キノ殿、どうなされた?」
「そのツェットって人なんだけど、昨日街で会ったよ? 凄い太った小さいおじさんだよね?」
公王は話に割りこまれたといって嫌な顔などはせず、素直にキノの質問に答える。
「うむ、その特徴はおそらくツェット家の嫡男であろう」
「執事のおじさんでアイアンって人から聞いたんだけど、おじいさんは病で倒れてるんだって。
今は太ったおじさんが取り仕切ってるって言ったよ?」
その言葉は初耳だったようで、公王とエースだけでなく兵士やジュエルも目を丸くしてキノを見た。
「なんとっ!? アイアンと言えば間違いなくツェット家の執事。ならば報告は無いがその話は間違いあるまい」
「とりあえず、昨日薬は渡したけど直るまでに時間がかかるんじゃないかな?」
「そうか、良い情報を聞いた。キノ殿ありがたい」
薬のくだりは聞いてなかったのだろう、公王はエースと頷きあう。
「と言う事はツェット家とシィーブン家が繋がる可能性が出て来たな」
「ええ」
「信憑性から確実性に変わりつつある。すぐに対策を練らぬばなるまい。
勇者様もクダンの呪いにより、魔力が練れないと聞く。このままでは刺客に狙われた際に不安が残る。引き続きエィムズとエーネリエンティスは勇者様の護衛を頼む。
これは王からの依頼となり、後日ギルドには依頼書を出しておく」
「承りました。ですが、芹香様の傷は癒えておりますよ」
エィムズの答えに公王はまたも目を見開く。
「なんじゃと!? あの傷は国内外から最高の医療魔術師を呼んでも直らなかった傷だぞ?」
公王の驚きに、エースやエィムズが困った顔をする。
「えっと……、聖者様に治してもらったんです」
「なんとぉっ!?」
詰め寄る公王にたじろぎつつ芹香は言葉を続ける
「あ、実際に見せた方が早いですよね? 【くしかつ】来なさい」
芹香が呼ぶと目の前に光槍が現れた。
「ね?」
芹香が微笑んで手を開くと、光槍は光となって空中に拡散した。
「確かに……だが、1人では限界もあろう。昔のように3人で行動した方がいい。エィムズ、エーネリエンティス、今一度命じる。勇者様の剣となり盾となって欲しい。
もちろん二人は以前と違いただの冒険者だ。強制はしないし、勇者様の行動にも制限を掛けるつもりはない。もう一度……、こんどは我に仕えて貰えないだろうか?」
その言葉に芹香、エィムズ、エヌは深く頷きあう。
「一時はこの国から逃げようと思った。
けど、この国は自己保身の為に生きる貴族だけじゃなく、守りたいと思える立派な人たちも居るんだ。
国の為じゃなく、その人達の為なら働いてもいいよ。
正直、聖者様について行きたいけど私じゃ足手まといにしかならない。
なら、沢山の恩を弱い人達を守ることで返して行きたい」
最後のくだりはキノを見ながら言っていたが、公王はその言葉にゆっくりと頷く。
「深く、約束しよう。
勇者様の身柄は私直属とし、他の貴族の思惑が及ばないよう留意する。それでいかがか?」
「うん、じゃ、それでお願いします」
芹香も公王へ微笑み、改めて頭を下げた。
「後は私の身の安全とシィーブン家、ツェット家の当主への対策だな」
「そうですね。2つの大公家が相手となると、こちらから手を出す訳にはいきません。専守防衛と諜報で何とかするしかないでしょう」
エースと公王は神妙な顔になる。
「今行うことが可能なのは、信用のおける者に私と勇者様の身柄を守ってもらう。と言う事だけだな」
「ええ。
いっそ事件が解決するまで勇者様には身を隠したまま城に滞在していただき、父上の護衛として行動して頂くのが良いのではないかと。
未だ勇者様が復調した事、王都に戻って来て居る事を知るのはここに居る者のみ。勇者様なら信用出来ますし、腕も立ちます。それにもし事が露見するのでしたら容疑者は絞れます。
もちろん勇者様が良いのならとなりますが?」
エースが芹香を見ると、芹香は笑顔で答える。
「うん、私達はそれでいいよ。近衛の人達には悪いけどね」
芹香の答えに近衛隊長が首を振る。
「そのようなことはありません。
我らも一枚岩と言い辛いところがありますので……。
勇者様にお守りいただけるのであれば我等も安心です」
近衛隊長が頭を下げる。
芹香は近衛隊長に頷き返すと、エースに指を突き出す。
「でも良い? 私は弱い人の為の勇者になると決めた。
その理念に反する行動をしたら、公王様であってもすぐに見限るからね?」
その言葉にエースでを制し、公王が返事をする。
「その言葉、しかとこの胸に刻もう。
そして約束する。民の為に生きる公王であると」
芹香はその言葉をうけ、笑顔で公王へ頭を下げるのであった。




