054 いざ謁見 その1
重厚な音を立てて両開きの扉が開く。
「凄いね~」
キノは素直に感嘆の声を上げ、中を見渡した。
扉の奥は思ったより狭く、壇上には玉座に座った公王陛下が威厳をもって座り、その隣に宰相閣下が立つ。段下には10名の兵士が5名づつ5m程の間を空けて槍を構えて立っている他は、あまり余分なスペースが無い
「どうぞ、お入りください」
サリエヌが扉の横に立ち、中へ案内する。自分は中に入らないと言う姿勢のようだ。
「武装を解く必要等は無いのですか?」
エィムズが問うとサリエヌは首を振る。
「魔王を退けるほどのお力をお持ちなのです。
武装を解いた程度では、彼らが束になっても敵う事はないでしょう。ならば信頼するという意味でも、そのままお入りいただくようにと、公王陛下のお言葉です。」
「そうですか。ではその信頼に答えられるようにしましょう」
エィムズはサリエヌに答えると全員を見渡した。
「では、行きましょうか」
エィムズとエヌを先頭に、一行は公王の前まで行くと膝を折って礼をする……が公王から止められる。
「待ちなさい。3日前に伝令が届き、大まかな話しは聞いておる。
そなた等は冒険者であり、ソルトの街を救ってくれた恩人でもある。
ならばその恩義に報いる為にも、対等に話し合いたいと思う。そのまま楽に話を聞かせてもらおう」
その言葉に宰相の眉がピクリと跳ね上がる。
「陛下、武装の件もですがフードを被ったままと言うのは不敬に当たりますぞ? 礼を不要と述べる事に関しても、王家の威光を曇らせますがよろしいので?」
「爺、黙っておれ。私が下した判断に文句でもあるのか?」
公王が宰相を一睨みすると、宰相は冷や汗をかきつつ前言を撤回する。
「いえ……差しでがましい真似、失礼致しました」
エィムズとエヌは苦笑し、ゆっくりとフードとマントを取り外す。再度、公王に向かってうやうやしく膝を折ると話し始めた。
「公王様、相変わらずですね。私の事をお忘れでしょうか? エィムズ・P・サウス、貴方様の元臣下です。
我々ぐらいは礼をしてもよろしいでしょう」
「同じくエーネリエンティス・E・ノウスです、エィムズ同様、私達がしっかりと礼を致しますので宰相様もお気を鎮め下さい」
「あ、えっと……」
二人に習ってキノ達はフードを被ったまま膝を折る。
「もちろん覚えておる。二人共ご苦労であったな。
で、後ろでフードを被っておる者が報告にあった者だな?」
「はっ、その通りでございます」
「ならばワシの精神的な問題を考慮し、フードを被ったまま来てくれた事に礼を言おう。すまないな」
公王が頭を下げると宰相の眉毛が跳ね上がる。
「いえ、こちらこそフードを被ったままの不敬をお許し頂きありがとうございます」
「うむ、許そう」
形式的に公王が許した事で、フードを被るのが不敬ではないと周知させ続きを請う。
「して報告書は来ているが私としては具体的な話しを聞きたい。説明して貰って良いか?」
「はっ、僭越ながら私より説明させていただきます」
エィムズが一歩前に出るとつらつらと説明を始める、その後ろではキノ、リル、芹香が、
「そう言えば、気にしていたわりに襲撃って無かったよね?」
「いえ、あったのですが、キノ様は別行動しておりましたので……」
「あ、そうなんだ?」
「ええ、ですがたいした事ではございませんでした。軽く撫でただけですぐに逃げて行きましたよ」
「いや……、あの偽装を簡単に見破ったリルが凄いだけだから……。
普通はあそこまで見事な擬態、襲撃されるまで判らないよ?」
「そうなのですか?」
「普通はそうなんだけどね……、それに聖者様が転移を使ったから、大抵の刺客は空振りに終ったんじゃないかな」
「なるほど、さすがキノ様です。そこまで推察しての行動だったのですね」
「えっ!? いや、そう言う訳でもなかったんだけど」
「聖者様、謙遜する必要なんてないですよ。そもそも転移術師なんて、国に2・3人使える人が居るかどうかなんですから」
「へぇ、そうなんだ?」
「そうなんです。さすが聖者様ですね」
「所で芹香、話は後どれぐらい?」
「後はジュエルさんからあの話をして貰って、残りはエィムズさんやエースさんに任せれば……、一段落になるかな?
聖者様にリル、本当にありがとう。多分これで二人は解放されると思うよ」
「芹香……、いいのですか?」
「うん、本当は2人について行きたいけど、仮にも元勇者だった身として王様の暗殺は食い止めないとね」
「僕達にできる事があれば手伝うよ?」
「聖者様ありがとうございます。
だけど国のごたごたは根深いし長引くから……、聖者様は勇者様を探してるんですよね? だったらただ無為に時間を過ごすような事に巻き込まれなくていいんです」
「でも……」
「キノ様、芹香もキノ様の事を思って言っているのです」
「そっか、リルの言う通りかな?」
「はい、聖者様とここでお別れなのは残念ですけど……、きっといつでも会えますから」
「そうだね。芹香さんもはやく自由になると良いね?」
「はい、ありがとうございます」
等という会話をしていた。
「キノ殿、エィムズの言った内容に相違は無いか?」
エィムズからの報告が終った所で、宰相はキノへ相違ないことを確認しようと声をかけた。
「あ、うん。エィムズさんの言った通りだよ」
「そうか、ならばフードを取って面を見せるが良い」
「あ……、えっと」
事前にエースから王様の前でフードは取らない方が良いと言われていたため、キノはエースの顔を見る。
「申し訳ございません、発言よろしいでしょうか?」
エースはキノに向かって頷き、謁見の間で初めて声を発した。
その声を聞いた王宮関係者はざわつく。
「……その声はっ!?」
それまで鼻ちょうちんを作っていた公王だが、エースの声に慌てて飛び起きた。
エースは少しだけ呆れた顔で公王を見つつ、フードを取り外す。
「おぉ!! エースではないか。ここしばらく見なかった気がしたが……、何故魔王を撃退した一行と一緒に?
いや、そのことは良い。色々と慌しく、寝る暇も無かったのだ。相談したい事も山ほどあるのだぞ」
公王はエースの顔を見ると明らかにホッとした顔になった。良く見ると化粧でごまかしているが、目の下にすごい隅が出来ている。決してエィムズの報告が退屈で寝てしまったのではなく、疲れから寝てしまっただけなのだ。
「父上、3日ぶりでございます。見なかったも何も、ソルトの街を救う為に転移させたのは父上ではなかったのですか?」
「あっ!!」
エースの言葉を聞いて、公王は何かを思い出したかのように驚きの声をあげる。
「チッ」
隣では宰相がこっそりと舌打ちをしている。
「もしや父上……、忘れていた……、などと言う事は?」
エースの訝しげな目に、公王はしどろもどろに答える。
「そっ……、そんな事はないぞ? うん、エースがソルトの街に向かってから何事もないといいな~と心配しない夜は無かったぞ?」
「寝る暇も無かったのでは?」
「そっ……、そうだなっ……、書類を書きつつ思っていたぞ」
「……まぁ良いです。話を聞いた限りでは、我々が出発した後に魔王の出現と撤退の報告でも受けたのでしょう。後はそこの宰相がうまく情報を遮断し、父上に私の事を思い出す暇を与えなかった。違いますか?」
エースの推論に、宰相はすました顔のまま冷や汗をだらだら流す。
「ふむ、確かにエースを探そうとすると至急の書類が山ほど来ていたような……」
公王の呟きに、宰相はすごい勢いで顔を逸らす。
「そのような事より、キノと言う冒険者の素性を知るのが先決ですぞ。今まで名前を聞いたこともないような得体の知れない冒険者。もしや魔王と結託し、この国を裏から操ろうとしておるのかもしれません」
宰相が話題をそらすかのように公王に耳打ちする。その言葉が聞こえたリルは笑顔で殺気を放つ。
「キノ様が何か?」
「ひっ!?」
その視線を受け、宰相は短く悲鳴を上げるがすぐに衛兵に命じる。
「衛兵よ、そこのローブの娘がワシに殺気を放っておる。取り押さえよ」
衛兵が宰相の命令を受け、動こうとするが更なる命令が下る。
「良い、今のは宰相の失言であった。キノ殿よ、すまなかったな。
だが、魔王と結託していないという証拠が無いのも間違いではない。何か身の潔白を証明するものはあるか?」
「それは……」
エィムズが口ごもる。
彼らは直にキノと関ったからか、疑うことなくキノが魔王を撃退したと信じた。
だが、実際に魔王達と相対していたのはキノ一人だった為、何も知らない人間が確たる証拠も無しに信じる事ができないのは仕方がないことだろう。
《ねぇサブ、何かいい方法ないかな?》
《残念ですが、公王の言う通りです。方法としてはここにトレマか一緒に居た魔族の誰かを呼びだし、証言させれば簡単なのですが……、呼び出すことができるとなれば別の疑いがかかりますし、彼女をそのような理由で呼び出すには色々と問題があります。
さらに困った事に"悪魔の証明"と言える意地の悪い質問をあの宰相は投げかけたのですよ》
《悪魔の証明? 何それ?》
《"悪魔の証明"とは"ある事実・現象が全くない"という、証明することが非常に困難なを証明することを指します。例えば"ホイップクリーム入りのメロンパンがある"と言う事を証明するとすれば、ホイップクリーム入りのメロンパンを一個持ってくればよいのですが、"ホイップクリーム入りのメロンパンがない"と言う事の証明は、全世界のメロンパンを探査しなくてはならないので非常に困難、事実上不可能であるというような場合のことを言います》
《そうなんだ。ホイップクリーム入りのメロンパンって美味しそうだね》
《……そうですね。それで理解は出来ましたか?》
《うん、あったら食べていい?》
《……5個までてすよ?》
口ごもってしまったエィムズや、口を開こうとしない一行を見渡し宰相は気を取り直す。
「ふっ、ふははははっ。語るに落ちたとはこのことだ。
どうやら魔王と繋がっていない事を証明できないようだ。ならば魔王が人を襲わないという発言も怪しいものだな。
そもそも、あの魔王を撃退した言う情報事態がおかしいのだよ。あの勇者ですら魔王の部下に手も足もでなかったのだ。
更に上位の存在である魔王と相対し、しかも撃退した? 大方そこの元騎士団員とグルになり、金をせびりに来たのではないですかな?
そしてエース様についても同じです。たった三日でソルトと王都の間を行き来出来るわけがない。かの者も本物かどうか怪しいものです」
調子に乗ったのか、宰相はぺらぺらと話しながらキノの前まで詰め寄る。
「その証拠に、これこのように公王の御前であるというのにフード一つ外さない!!」
そのままフードを掴むと、力任せに引っ張る。
「ご覧ください。このように子悪党然としたつらがま……げげぇっ!? 貴様はっ!?」
宰相はフードから現れたキノの素顔を見た途端、腰を抜かしたように地面にへたり込む。
「なっ……、なぜ貴様がぁっ!? きさっ……、クダッ……、まさか!? バレっ……、うわっ……、うわぁぁぁぁぁぁっ!!」
そのまま何事かを呟くといきなり叫び出し、謁見の間から逃げるように走り去っていった。
何人かの兵士が宰相の怯えように驚き、剣に手をかける。リルは緊迫した空気を感じ取り、殺気を漲らせながら爪を伸ばす。
一触即発と思われたその時、謁見の間に王の一喝が響いた。
「皆の者落ち着け、剣から手を離すのだ」
兵士は我に返ると剣から手を離し、敬礼の姿勢を取る。リルも殺気を抑える……、とまではいかないが爪は引っ込める。
「その者は悪魔王様ではない。全くの別人で、とある筋からさる高貴なお方と連絡も受けている。
宰相殿は何故か逃げ去ったがお主達は我がレモングラス公国の名を背負う者達だ、なすべき事をしっかりと考えよ!!」
「「「「はっ!! キノ様、申し訳有りませんでした」」」」
兵士達が一斉に頭を下げる事でリルの溜飲も下がったのか、殺気が幾分か治まる。
「父上、様は付けてなりませんって……」
後ろの方ではエースが頭を抱えていた。
「しかし……、ほんとうに似ておる……、まさにあの時の……、あの時……、あのっ……、あのっ……」
公王は気丈に振舞っていたが……、次第に呂律がおかしくなってきた。
「申し訳ありませんでしたーっ!! 私のような卑しくもひ弱なエルフが公王などですみませんでしたーっ!!」
いきなり玉座から降りると地面に額をこすりつけるように土下座をする。よく見ると子犬のようにぷるぷる震えている。
「何卒っ!! ……何卒っ!! 額に犬のうん○でも馬のう○ちでもつけて土下座する覚悟はあります!! いやっ、付けさせてくださいっ!! なので何卒っ!! 何卒我が国だけはぁぁー!!」
兵士達はその光景を見て、狐につままれたようにポカーンと口を開き公王の取り乱す姿に見入っている。
「宝物庫の鍵も差し上げます。ですから何卒ー」
懐からごそごそと宝物庫の鍵を取り出すと、両手でささげ持ち、地面に何度も頭を打ち付ける。
「えっと……」
どうしよう? とばかりにキノが周りを見渡すが、兵士達もお互いに顔を見合わせるばかりで公王の奇行は続く。
「父上、お気を確かにっ。お前達、私が父上を宥めるので一旦退室せよ」
エースが公王に近づこうとするが、一人の兵士が歩み出る。
「お言葉ですが、容疑が晴れたわけではございません。それにあなた様がエース様かどうかも怪しいのです。王の警護を預かる者として近づける訳には行きません」
エースは一旦躊躇するが、すぐに決断する。
「……くっ、仕方ない。ならばっ……。
キノ様。申し訳ありませんがフードを被り直して頂きたい」
「あ、うん」
キノがフードを被り直し、顔を隠すとエースがため息を吐く。
「これ以上は父上の心が壊れる。まぁ、宰相が居ないだけマシだな……。
お前達、いまから見る光景は絶対に他言無用だ。
……キノ様達もそのようにお願いします」
エースはそう言うと公王の元へ歩いて行った。
「待て、それ以上近寄ることはまかりならん」
先ほどの兵士が、謝り続ける公王とエースの間に立つ。
「父上の為にも直ぐに処置をせぬばならん。そこを通せ」
「なりませぬ」
「ならば、私が父上の命を脅かす行動を取ろうとした際は切っても構わん。良いなっ」
兵士は公王の様子とエースの真剣な眼差しを見、道を譲る。
「……その言葉、しかと」
エースは兵士の脇を抜け、公王の側に歩み寄ると公王に声を掛ける。
「父上、正気に戻って下さい。父上っ、私ですっ、エースです」
「黒髪怖い、黒髪怖い、ごめんなさい許してくださいごめんなさい私はあなた様の犬ですごめんなさい許してください」
エースの声は届かず、公王は虚ろな目でぶつぶつと呟き続ける。
「ダメか……、ならばっ。
兵士よ、今から父上に手を上げるが治療行為だ。黙って見ていろ」
エースは右手を上げると、手のひらの角度を45℃に合わせる。
そのまま公王の側頭部めがけ、侵入角斜め45℃でチョップをお見舞いした。
「南無三っ」
だが、兵士としては守るべき主君に手を挙げられたのだ。黙っていられるわけが無い。
「貴様ぁぁ!!」
兵士が剣を抜き放つと同時に公王の目に焦点が戻る。
「はっ、私は一体何をっ!?」
エースはホッとため息を吐いて呟く。
「ふう、直ったようだな」
電化製品のような治し方だった。エースも治るではなく直ると言っているあたり、自覚があるのだろう。
兵士は剣を振り上げたままポカーンとしている。
「父上が我を忘れた時の対処法だったのだが……なんとか諸悪の根源にたどり着く前に引き戻せたようだ。あそこまで行ってしまったら最後の手段が必要になるし、口封じをせぬばならない所だった……」
なにやら物騒な事を呟きつつ、エースは息を吐き出した。
「エース? それに何故私は土下座を?
確か宰相がキノ殿のフードをと「父上、それ以上は危険です」……はっ!? そうだったか、すまないな」
我に返った公王はエースの手を取る。
「我を失った私を戻せるのはエースのみ、宰相は居なくなったが間違いなくこのエースは本物と言っておこう」
その言葉に、エースに疑いの眼差しだった兵士達は剣を収め、黙礼して定位置に戻った。
「何故こんなに早く戻れたのかは後で聞こう。今はキノ殿の疑いだけなのだが……」
公王がキノの方を見ると、キノは何故か宰相が逃げ去った時に開けたままの扉を見ていた。
「あれ?」
キノが首を傾げる。
意味がわからないキノの行動に、全員の視線がキノに集まる。
「ネースさんだ。どうしたの?」
キノの言葉に、全員が扉の方を向くが全く何もない。……と思われたが、ジワジワと人の形が浮かび上がって来た。
「相変わらずなんでバレるの? ちょっと可笑しいんじゃない? まぁ、魔王様が認めるぐらいなんだから多少は目をつぶるけどさ……。
ん~、でもタイミングは良かったのかな? 面倒がはぶけそうだ。
やぁ、キノ君。久し振りだね。
言っておくけど、僕が前に言った名前はニースだからね? ニース。今度間違えたら容赦しないよ? 偽名だから別に良いけど」
ソルトでキノに襲撃を示唆した魔族にして、リルに男と間違われた魔族。ニースが悠然と謁見の間に入って来たのだった。
「あれ? 魔女王さんじゃなくて魔王って呼んでいいんだ?」
そして未だに魔女王を引きずっていたキノであった。
後で見直しをする為に予約投稿したのですが、予約の失敗で投稿してしまいました。
後日、内容の訂正が入るかもしれませんのでお詫びを……。
8月29日:細かい点を修正いたしました。




