052 王城に行こう その1
一人、ありのままを受け止めたリルは、自然にキノの隣に付き従って尋ねた。
「キノ様、これは一体?」
「うん、【転移ドア】ってスキル。この前皆を転送させたでしょ? あの力を使ってここと王都を繋いでみたんだ。
詳しい場所は知らないけど、この先は王都の中なんだよ」
自慢げにキノが答える。
「そうなのですか、流石キノ様です。行ったことも無い場所でも自由自在に移動できるのですね」
リルの何気ない賛辞に、キノは胸を張ったまま凍りついた。
「えっ……と……それは……」
「それは?」
言い淀むキノに対し、小動物のようにリルが小首をかしげる。
素直に言ったら絶対リルに怒られる。キノの直感がそう告げるため、キノは言葉に詰まってしまう。
《私から説明します。
まず最初に、マスターのスキルは一度行った所にしか繋ぐことは出来ません。
次に、昨日マスターは道に迷った挙句、王都にたどり着いてしまったのです。
その頃は既に日も暮れようとしていたのですが、偶然にも親切な婦人のおかげで王都に入ることが出来ました。
すぐ後に転移スキルを身につけたので、王都内に転移することができるのです。
他の人達にも分かるよう復唱してください、マスター》
一旦は諦め、一晩泊まろうとした辺りを上手く省いてサブは説明する。
「うん。かくかくしかじかと言うわけなんだよ」
「そうでしたか。流石キノ様です」
リルは素直に頷いていたが、他の6人は呆然としていた。
「え? 嘘……流石に私でも一日で王都までとか無理なんだけど……」
「さ……さすがキノ様ですわ……きっと魔導の深淵さえモノにできれば私でも……」
「色々と常識が崩壊させられるよ……さすがキノ君」
「マジかよ……」
「え? あの距離を一日で? えっ? えっ?」
「ああ、女王様のおみ足……ヒールで踏んで欲しい……」
一人縛られて床に放置されて居た人物がリルの足に頬ずりして居たため、リルに勢い良く蹴られ、喘いで居たのは気にしないでおこう。
キノは振り返るとにっこりと笑って告げた。
「さ、行こ?」
だが、芹香が待ったをかける。
「あ、ごめんなさい聖者様、せっかく開いてもらったのに申し訳ないけど一旦閉じてもらって良いかな?
荷物とか用意しないといけないし、鍵も返さないと。外にラクダもいるからギルドに返してこないとね」
相変わらずのフライング性能だった。
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「さて、今度こそ良いかな?」
宿の撤収を済ませ、ラクダをギルドに返し、全員が準備を整え直した所でキノが声をかける。
「私達は大丈夫ですが、キノ様は大丈夫なんですの?」
エヌが心配してキノへ声を掛ける。
「ん? 大丈夫だよ。何で?」
「何でと言われましても……転移魔法は膨大な魔力を使う為、大抵の術者は一度転移を行った後は長い時間の静養が必要と言われるのですよ?
先ほども空間を繋げていましたし、人数も8人おりますの。更に2回開くのは大変なのではないかと思いまして」
後ろの方では、芹香が"そう言えば"とばかりに驚いている。
「へえ? そうなんだ。ん~、でも疲れてないから大丈夫じゃ無いかな?」
強がって居るわけでもなく、あっけらかんと返すキノにそろそろ驚き慣れたエヌはちょっと遠くなった視線で「そうですか」と返した。
「それに多分、この方法だと人数制限も無いから大丈夫だよ。さ、入って」
キノがドアを開けると、さっきと同じ薄暗い路地へと繋がった。
まずリルがドアをくぐる。
「それじゃ、まず私が先に入って周囲の安全を確認します」
「はっ!! それでは自分も参ります」
そのあとに続いてエースが、
「いえ、気持ち悪いので絶対に来ないでください」
入ろうとしたが、リルからの拒絶を食らう。
「私が代わりに行こう。エース様は殿でお願いします」
すげなく断られたからか、小さくなってプルプル震えるエースにエィムズが声をかけて続いた。
路地に何事も無いことを確認した後は、エヌ、芹香、ジュエル、ディエルが続けて入って行った。最後にキノとエースが残ったので、震えるエースに声をかけようとキノが近づくとくぐもった声が聞こえた。
「うふふふふ、冷たい目で見てもらった。あの汚物を見るような目、最高。うふふふふふ」
ブツブツと呟くエースを見て、怖くなったキノはエースに背を向けてドアをくぐろうとする。
「エースっ、置いていかれますよ。正気に戻りなさい」
間一髪、キノがドアを通る前にジュエルが叱咤すると、エースが正気に戻った。
「あっ、すまない。すぐ行く」
エースは頭を下げてそそくさとドアを通ると、その後にキノが続いてドアをくぐり抜けた。
そのままドアを閉めるとエヌがキノに問いかける。
「キノ様、魔力残量は大丈夫ですの?」
「うん、全然問題無いよ」
「そうですか。でも厳しい時はすぐに言ってくださいね」
「うん、ありがとうエヌさん」
「--置いてくれば良かったのに」
「すみませんリル様。あれでも必要な人物ですので……」
先にドアをくぐったリル達もすぐそばで話をしていた。ジュエルはリルに頭を下げていたが、全員が転移したことを見て説明する。
「皆様、お力添えありがとうございます。これからの動きですが、公王様とコンタクトを取ることが急務でしょう。
明確な時期や方法は分かりませんが、父が公王様を狙っている以上、対抗策を早めに取るに越したことはありません。幸いエース様がおりますのでこちらは直ぐにでも実現できるでしょう。
芹香様がこちらにいる以上、一所に集まった方が都合が良いです」
「良いかな?」
ジュエルの言葉が途切れた所でエースが言葉を挟む。
「エース様、何でしょう?」
「私は立場を隠して冒険者活動をしている。それに勇者様を連れて王城へ行くとなれば、いくら隠そうとも仰々しくなってしまうだろう。ここはキノ君「様を付けなさい」はっ!! 失礼いたしました。キノ様の魔王に関する報告に同行させてもらってはどうだろうか」
途中リルから訂正を指摘され、訂正しつつも意見を述べた。
「そうですわね。流石に王宮では私達の顔も知れ渡っていますわ。まず、冒険者ギルドに行って仲介していただくのがよろしいかと」
その意見にはエヌも同意する。エィムズも頷いていることから同意してそうだ。
『俺も王宮からの依頼完遂と言うことで報告する。そうすればエース共々勇者様達と一緒に王宮に召されると思う』
ディエルも筆談で、自分が受けた依頼についても説明する。
「ええと……魔王に関する報告とは一体何でしょう? 聞き捨てならない単語が聞こえたのですが……」
一人、話について行けないジュエルが質問するとエースとディエルは顔を逸らし、エィムズ、エヌ、芹香は困った顔をする。
「えっとね、ソルトにトレマさんが来て「キノ様、その話は王宮にてお願いします」……ん? 分かったよ」
「ジュエルもだ、そのことについては後で説明する。ここでは誰が聞いているか分からない」
「分かりました」
キノが素直に答えようとした為、エースが慌てて割って止めた。
「じゃ、先ずは冒険者ギルドに行きますか。場所は私が知ってるから先導しますね」
芹香が纏めると、全員がフードや帽子を目深に被ってぞろぞろと歩き出した。
「あ、キノ様は手を離さないでくださいね」
勿論キノはリルにしっかりと捕まえられていたが。
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「うわぁ、大きいねえ」
「ええ、ここ王都の冒険者ギルドはレモングラス国に展開する支部の纏めも行ってますから」
芹香の案内で来た、冒険者ギルドの大きさにキノとリルは驚いた。
地方の小学校並みの広さに三階だての建物に入口が三つに分かれている。ソルト支部が大きめの一軒家程度であることに比べれば、キノ達が驚くのも仕方ないだろう。
「一般冒険者は中央窓口から入るようになります。行きましょう」
芹香は先導すると、中央の入り口に入って行った。
「あれ? 意外と人が居ないんだ?」
中には冒険者風の男女が10人ぐらいしか居ない。
その殆どが談笑しており、ソルトのギルド内と大きく違うことにキノは目を丸くする。
「そうだね。王都は小間使い程度のクエストか、地方ギルドでは対応しきれないほど高難度のクエストしか来ないんで冒険者自体の数が少ないんだ。
ある程度の魔獣討伐だと地方のギルドの方が多いからね」
「へぇ、そうなんだ」
「キノ君、私達はギルドに報告書を提出して登城の許可を取ってまいります。ただの事務手続きですので、しばし見物でもしていてください」
芹香が説明しているとエィムズがキノに声をかけ、奥の受付の方に向かう。
「あ、じゃあ私も」
「いや、芹香はキノ君と一緒に待っててくれ」
ついて行こうとする芹香にウィンクし、エィムズはエヌを伴って行った。
「私達も行って参ります。女王様是非ごい「嫌です」……行って来ます」
エースもディエルを伴って別の受付に報告に向かった。
「じゃ、王都の冒険者ギルドについて説明しますね。
と言っても中央の入口が依頼の受付や報告。右の入口が冒険者向け居酒屋、左の入口が訓練場入口ってだけだけど。
後は職員用の勝手口とかだから、聖者様に関係あるのはこの三つだけかな。
中で繋がってるから右奥の扉を開ければ居酒屋だし、左奥の扉を開ければ訓練場にも行けますよ」
「へえ、そうなんだ」
と言いつつ、キノの視線は右奥の扉に固定された居た。
「ふふっ、食べに行って見ますか?」
「うんっ」
打てば響くように返事が帰る。
「聖者様とリルは朝ごはん食べてなかったですもんね」
芹香が居酒屋の扉に向かおうとすると、可愛らしい音が後ろから聞こえる。
「……くぅ~」
振り向くとジュエルが真っ赤な顔で立っていた。
「そうだね、ジェイクも行く?」
芹香が確認するとジュエルが頷く。用心のため、今まで通りジェイクと呼ばれることになったのだ。
ジュエルが小さく頷くのを確認し、エィムズに居酒屋に行くことを伝え、キノ、リル、ジュエルの三人を連れて食事を取りに向かった。




