051 王都へ その7
「むー!! ふぐー!!」
尚も騒いでいるエースを簀巻きにして地面に転がした上で話しは元に戻る。
『本当に申し訳有りません。
彼も本来は稀有な才能を持つ冒険者なのですが、一体何があったのか……』
「ええ……と、彼はもっと節度のある人間で今のは何かの間違い……あ、いえ、私達は彼の事をよく知らないのですが、噂ではもっとしっかりした方だったはず……なのですよ?」
ディエルとエィムズが困った顔でエースの弁解をする。
「とりあえず、その汚物を私に近づけないでくださいっ!!
近づけたら……殴りころ……いえ、触れたくありませんのでぜっったいに近づけないで下さいっ」
"殴り殺す"といいかけた所でエースの目が潤んだ気がした為、リルは慌てて言い直した。
「本当、なんでこんな事に……」
エィムズは疲れたようにため息を漏らすと、エヌがその肩を慰めるように叩く。
『ともかく俺とエースは早い内に王都に戻らなくてはなりません。軍が動き始めてからでは遅いのです。
どうぞお見逃しいただけないでしょうか? もちろん後日ギルド経由でお詫びさせていただきます』
ディエルが深々と頭を下げると、エィムズとエヌがフォローする。
「リル様、ここはディエルの言う通りです。軍が動けば莫大な経費がかかり、民への負担となる事でしょう。
キノ君の言葉を借りるようですが弱い立場の者の為にも、ここは折れていただけませんか?」
「リル様、私からもお願いいたしますわ」
エィムズとエヌのフォローを受け、リルは軽くため息を吐くとディエルへ向き直った。
「はぁ……もう良いです。その男は2度と見たく無いので謝罪も要りません。で良いですよね? キノ様」
リルの確認にキノは何度も頷く。リルが過剰に反応していただけで、キノはすでにエースが可哀想になっていたのも理由の一つだ。
「では、さっさと連れて行ってください」
リルが疲れたように手を振るとディエルは再度頭を下げ、エースを引き取ろうとする。……が、それまで黙って成り行きを見ていたジェイクが切羽詰った声で引きとどめる。
「あのっ……待ってください」
ディエルの服の裾を引き、簀巻きエースの目の前に座り込む。
「貴方は……やはり、間違いありません。
ワイルド家のエース様ですね?」
確信を持った声にエースは目を見開き、エィムズとエヌは険しい目でジェイクを見た。
「先ほどは口をつぐんでしまい、申し訳ありませんでした。
ですが……ここにエィムズ様とエーネリエンティス様、エース様、そして勇者であらせられる芹香様がいらっしゃるのは天の導きかもしれません。是非、話を聞いてください」
エィムズ達の厳しい視線を受けながらも、ジェイクはゆっくりと立ち上がり、深く被っていた帽子を外した。
今まで帽子で隠していた、金色に輝くブロンドの髪がふわりと広がった。
「貴方は……」
エィムズがその顔を見て言葉を詰まらせる。ジェイクはそれを見て艶やかに微笑むと、上流階級の淑女のように艶やかな礼をした。
「勇者!? それにエースがワイルド家だって? ……一体どうなってやがる……」
ディエルはエースの正体も芹香の顔も知らなかったのだろう。うめくように言葉をつぐむと、エースと芹香の顔を交互に見渡す。
ジェイクは頭を上げると、ゆっくりとマントやローブを外して行った。
ぼろぼろなマントやローブが床に落ちると、その下からは小奇麗な身なりの少女が現れた。
「やはり貴方は……」
「ジュエル……」
「ジュエル様……」
少女の姿を見てエィムズ、エース、エヌが言葉を漏らす。
身長は150cmぐらいだろうか? ハニーブロンドの髪と青い瞳を持ち、陶磁器のように白い肌がとても眩しい。先ほどの立ち居振る舞いとあわせ、間違いなく良家の子女であろう。残念ながらまな板の持ち主のようだが、誰しもが揃って愛でたいと思う程の美少女だった。
「改めてご挨拶させていただきます。私の名はジュエル・G・シィーブン。シィーブン大公家の娘でございます。
それとキノ様、先日名乗った名前は偽名です……申し訳ありませんでした。
少々込み入った事情があり、秘密裏に勇者様を探さなければならなかったのです。どうかお許しください」
最初にジュエルはキノへ向かって頭を下げ、謝罪の言葉を述べた。
「うん。君のお陰でこの街にたどり着けたし、僕は気にしてないよ?」
キノはまったく気にしていない。とばかりににっこりとジュエルに笑って答える。
「やはり女性でしたか。キノ様とあんなに遅くまで二人っきりで……くぅぅっ、妬ましいっ!!」
一連の行動を見ていたリルは、小さな声でぼそぼそと言った。勿論キノに聞こえない程度の大きさだ。
昨日からリルの機嫌が悪かったのは、"女性"であるジュエルがキノを誑かそうとしているのではないかと、気が気でならなかったのだ。
「キノ様に授けていただいたこの体と似た体型……と言う事は、まさしくライバルですね。……絶対に負けません」
勘違いしている人が居るかも知れないので説明しておこう。【人化の実】は体の組織を変化させ、摂取者の身体情報を人の形態に移し変えるだけの力である。つまり、リルは神獣の状態で既に小柄でスレンダーな美少女だったと言える。決してキノの願望や作者の願望が反映される訳ではない。
大事なことなのでもう一度説明する。決して作者の願望ではない。
「私を探してた? ……どう言う事かな?」
ジュエルの言葉に芹香が眉を潜めながら口を開いた。
「はい。皆さんがよければ全てお話させていただきたいと思います。
そしてキノ様、リル様、ディエル様。御三方には巻き込む形となり、大変心苦しいのですが、この場のお話は全て内密にしていただいてよろしいでしょうか?」
ジュエルの言葉に3人が頷く。ジュエルは次にエース、エィムズ、エヌに声をかける。
「エース様、エィムズ様、エーネリエンティス様、これから私が話す話は国家に関わる事となります。どうぞ小娘の戯言と思わずにお聞きください」
ジュエルの真摯な言葉にエィムズとエヌが頷き、エースも簀巻きにされたまま真剣な表情になった。
「ありがとうございます。まずは結論から申しましょう。
我がシィーブン家は国家の乗っ取りを目論んでおります」
「なっ!?」
「んっ!?」
いきなりの言葉にディエルとエースがうめき声を上げる。ジュエルはそのまま言葉を続ける。
「私は先日、偶然にもお父様の書斎で禁断の書籍を探していた際、メモ書きを見つけ驚いてしまいました。これを見てください」
ジュエルは懐から一枚の紙を取り出した。
そこには"最新刊納入目録:マダム達の情事、お兄ちゃんと始めてのお医者さんごっこ、貴族令嬢と触手……"などが書かれていた。
「失礼、間違えました。こちらです」
メモを見て固まった面々を他所に、何事も無かったのように別のメモ帳を取り出した。
その紙には"勇者=ソルト"、"剣、抹消"、"ドワーフ=懐柔"、"現王=抹殺"、"かゆ うま"などの文字が汚い字で書きなぐられていた。
「これは……くっ……エース様、ご覧を」
エィムズは紙を手に取り、うめき声を上げると床に寝そべるエースに紙を突きつけた。
「んっ!? んーんー!!」
書かれている内容を見てエースがうめき声を上げる。
「リル様、エース様を解放してよろしいですか?」
エースを拘束している状況ではないと考えたが、まずリルに確認を取った。
「……猿轡だけなら」
リルとしては厄介の種を開放したくないが、非常事態であることを肌で感じたのだろう。嫌々ながらも解放に了承を出した。
「ありがとうございます」
エィムズは恭しく頷くとエースの猿轡を外しにかかった。
「ぷはっ、ありがとうございます女王様。それでジュエル、そのメモはいつ見つけたんだ?」
「昨日の朝です」「女王ではありませんっ!!」
ジュエルの返事とリルの抗議が同時に響く。
「そうか……
だが、何故自分の家を陥れるような行動を取る?」
エースはジュエルを睨みつける。
その視線にたじろぐジュエルだが、すぐに毅然とした表情になりエースに答えを返す。
「私は芹香様の件から家に不信を抱いております。
更にこのようなメモが見つかった以上、家のメンツを気にするより、国の為に動かなければと思い行動いたしました」
真剣な目でエースとジュエルはにらみ合う。
「……そうか。話しは聞くが全て信用することはできない。良いな?」
「もちろんです。すぐに信用していただけるとは思っておりません。……特に芹香様には」
唇をかみ締めながら最後の言葉を吐き出すジュエルに、エースは違和感を感じた。
「それは……どう言う事だ?」
「それは……」
口ごもってしまうジュエルに助け舟を出したのは芹香だった。
「大丈夫。私はジュエルさんを信じるよ」
芹香はにっこりと笑って言った。
「芹香様……」
「ジュエルさんには悪いけど、ケインさんやエルムギアさんを信用する事はできない。
……でも、ジュエルさんが裏で助けてくれていた事は知ってるから。だから私はジュエルさんを信用する」
にっこりと笑いかける芹香へ、ジュエルは瞳を潤ませながら頭を下げる。
「ありがとう……ございます」
そんな二人を見ながら、エースはジュエルに問いかける。
「……勇者様の事情ついては知らない事が多い。まずはそちらを聞かせて貰えるか?」
「はい」
ジュエルは軽く目元を拭くとエースに向き直る。
「芹香様を召喚したのは我がシィーブン家。と言うのはエース様もお分かりになりますよね?」
「ああ。レモングラス公国で召喚魔法を施工できるのはシィーブン家のみだからな」
「では、シィーブン家が公王様からの指令以外にも、勇者様を使い勝手の良い駒として、好きに動かしていた事実も知っておいででしょうか?」
聞き捨てならない言葉にエースの眉がピクリと動く。
「……なんだと?」
「エィムズ様とエーネリエンティス様はご存知ですよね?」
ジュエルが2人に話しを振ると、二人とも苦い顔で頷く。
「私は知らない。どう言う事だ!?」
エースは自分が知らなかった事実に激昂する。
「シィーブン家が自分の家の力を増す為、勇者様をいいように使っていたと言う事です。
エィムズ様とエヌ様は勇者様のお供をされていました。任務によっては疑問を感じていましたが、上からの命令として逆らう事ができなかった。違いますか?」
エィムズとエヌは頷く。誰でもない、シィーブン家の娘であるジュエルからその言葉が出たことで、隠し通す必要がないと思ったのだろう。
エースは絶句してしまう。
「恥ずかしながら、我が父エルムギア大公と兄ケインは芹香様をいいように使っておりました。
そんな折、あの事件が起こったのです」
"あの事件"という言葉で芹香の肩が震える。
エィムズがそっと芹香の肩を抱くと、はっとした芹香は震えを止めた。
エースはゴクリと喉を鳴らすと事件の名を言葉にした。
「四天王……だな?」
「……はい。クダンが何処から忍び込んだのか、何故芹香様を狙ったのかは解りません。ですが芹香様は魔族の凶刃に倒れ、魔力回路が切断されてしまったのです」
「そして静養の為、勇者様はお隠れになられた……のだったな?
王家にも勇者様の静養先を伝えず、問い正してもシィーブン家からの返答は"勇者様の命を守るため答えられず"と来ていたが?」
エースの言葉にジュエル、芹香、エィムズ、エヌが暗い顔で視線を落とす。
「お隠れとは体の良い逃げ口上。
実際は勇者様は誰にも告げずに姿を消したのです」
「なっ!?……」
エースは勢い良く芹香を睨む。
「我が国は勇者様の為に最上の医師団まで用意したのだぞ?
それを何故--」「エース様!!」
芹香を責めようとしたエースだったが、すぐにジュエルが大きな声で言葉を遮断する。
「その最上の医師団がまったく役立たずだったのですよ」
「なっ……だからと言って!!」
「"直る見込みのない勇者などただのお荷物。新たな勇者を呼ぶ為に消えてもらうしかない"……兄の言葉です」
吐き捨てるようにジュエルが言葉を搾り出す。
「消える……」
その言葉にはエースだけでなく、その場にいた全員が沈痛な表情になる。
「ええ……我が父と兄は芹香様を亡き者とし、次代の勇者を召喚しようとしたのです。
だからこそ私は……信頼出来る者にその情報を握らせ、芹香様に逃げていただきました」
ジュエルはしっかりとエースを見据えながら、残りの言葉も吐き出す。
「最悪ですよね……芹香様の居場所を掴み、公王様の殺害まで計画している。
……私は……お父様もお兄様も愛しております。ですがっ、だからと言って間違いを間違いと認めないままの二人をこれ以上見ていたく無いのです。
お願いします芹香様、そしてエース様。どうか……お父様達を止めてください。
例え勇者としての力が無かろうとも、芹香様が国に尽くしてくださった功績までは無くなりません。無力な私ではありますが弾除けぐらいにはなるでしょう。お願いします、どうか……今一度勇者として立っていただけないでしょうか」
ジュエルは深く、深く頭を下げる。
「ジュエルさん……
うん。大丈夫、私は聖者様のお陰で勇者としての力を取り戻したの。
是非、手伝わせて」
そんなジュエルに芹香が手を差し出す。
「確かに筋の通った話だ。だがメモ一枚があっただけでは、ジュエル嬢が先走り間違いを犯した。という可能性も有るのだぞ?」
エースはそんな芹香を見ながら言う。
「構わないよ。今の話を聞いて分かった。
それにジェイクって偽名から特にね。
あの時にジェイさんを派遣したのって、ジュエルさんだったんだ?」
「……はい」
「なら私は最低でも命を救って貰ってる。命の借りは命で返さないとね」
エースの揺さぶりに動揺すら見せず、芹香はジュエルと固く手を結ぶ。
「そうか……
ふっ、なら私は1人の冒険者としてジュエル嬢に雇っていただくとするかな?
確かに私は公王の息子であるが、冒険者家業をしている間はただの一冒険者だ。任務は終わった所だし、父さんに冒険者としての挨拶もすませてある。
ただし、報酬は弾んで貰うよ?」
先ほどの揺さぶりは芹香を試したのだろう。エースはすぐに笑顔になると簀巻きの隙間からジュエルに右手を差し出した。
「もちろん私達もお手伝いさせて頂く」
エィムズとエヌもエースに続く。
「ディエル、ここまで聞いたんだ。全て話しておこう。
ソルトに関しての事だ。
国はソルトに対し、冒険者の派遣以降は様子見に徹するつもりだった。だから国に軍を退くような報告はしなくていい。
本来はもっと早く言うべきだったんだが、何故そんな情報を知っているのか言う訳にいかなかったからね。口を出さなくてすまなかった。
それと、私が公王の息子と言うのはここだけの秘密と言う事で頼むよ。
君はこの件から手を引いてくれて構わない。安全な所で待っていてくれ。後日ギルドから依頼達成報酬を受け取る事ができるよう手配しておく」
エースはディエルに逃げるよう伝えるが、ディエルは首を振った。
「はっ!! ここまで聞かせてさようならは水くせぇ。弾避けぐらいにはなってやるよ」
ディエルの言葉にエースとエィムズは顔を見合わせる。
「えっと、これはなんて言ってるんだろう?」
「すみません、乱暴ですが言葉通りの額面としか聞こえません」
ディエルは少し顔を赤らめてそっぽを向く。
「おら、いくぞ。……何て言うか、ずっとこのセリフを言おうと考えてたからスラスラ出たんだよ……」
その言葉を聞いてエースとエィムズは顔を見合わせ、くすっと笑った。
「私達はどうなさるのですか?」
「ん~、オーウェルさんに王都まで送り届けるよう言われてるし、リルは芹香さんのお手伝いしたいんでしょ?
」
「……いえ、私はキノ様の守護者ですからキノ様のお手を煩わせるような事は」
「そっか、でも迷ったってことは手伝いたいんでしょ? なら今じゃ無くても後で決めると良いよ?」
「はいっ」
「じゃ、行こうか」
キノはリルに笑いかけるとそのままドアに手を掛ける。
「と言うことで、はい」
キノは無造作に部屋のドアを開ける。開いたドアの向こうには薄暗い路地が広がっていた。
『……え?』
全員の声がハモった。否、リルを除く全員の声がハモった。
「王都につないだよ」
多数のご感想、お気に入り登録ありがとうございます。
この投稿をおいてまたストーキング作業に入ります。
次の投稿をしばしお待ちくださいませませ。




