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050 王都へ その6

「曲者っ!!」

「まってっ!! ……待ってくださいっ。誤解さなんです~」


 宿屋全体に怒声と情けない声が響く。


「んぅ……なんだろ?」

「どうやら隣の部屋からです。あちらは私が借りた部屋でしたね」


 寝ぼけ眼のキノへ、既にきっかりと旅の準備を整えたリルが答える。


「リルの部屋?」

《この声はエィムズとジェイクですね。

 状況として思い当たるのは、リルを訪ねたエィムズにジェイクが応対し、泥棒と思われたジェイクがエィムズに襲われているのではないかと》

「そうなんだ?」

《あくまで可能性ではありますが。行って見ましょう》


 サブの予想に、リルは感情のこもらない返事を返す。


「その程度でしたら気にする必要はないかと」


 昨日からジェイクに対して辛口が続く。


《そう言うわけにも行きません。刃傷沙汰になっては大変ですから》

「そうだね。急がないと」


 キノが慌ててベットから降りると、リルも気乗りしない表情でついて行く。


「あっ、キノ君。不審者がリル殿の部屋に」


 扉を挟み、探る目つきで威嚇を続けていたエィムズが、キノの姿を確認すると声をかける。


「ごめんね。その子はジェイクって言ってこの街まで道案内してくれたんだよ。

 それで昨日はリルの部屋に泊まって貰ったんだ」


 キノがジェイクを庇うと、エィムズは何やら納得した表情で剣をおろした。


「そうでしたか。道理で警戒なしに扉を開け、剣を向けられると何も出来なかったのですね? それは大変失礼しました」

「あ、いえ。こちらこそすみません……」


 エィムズが素直に頭を下げると、ジェイクもつられて頭を下げる。

 エィムズはそのままキノの後ろにいたリルに気づき、嬉しそうに声をかける。


「あぁ、リル殿そちらにいらっしゃったのですね。朝の一手をお願いしたいのですが、お時間宜しいでしょうか?」


 リルはにっこりとエィムズに応じ、キノへ確認を取る。


「良いですね。少し……体を動かしたかった所なのですよ。キノ様、宜しいでしょうか?」


 その笑顔はいつもと変わらないはずなのに、キノは冷や汗を流しながら頷く。


「うん、僕は下で朝ごはんを食べてるからエィムズさんと訓練してきなよ」

「ありがとうございます。それではエィムズ様、朝食の前に裏の広場で一手行いましょうか」

「ありがとうございます。それでは君、申し訳なかったね」


 エィムズはジェイクに一言言って立ち去ろうとしたが、ジェイクがそれを許さなかった。


「えっと……服を離して欲しいんだが?」


 ジェイクはいつの間にか、素早い動きでエィムズの服の裾を握っていた。


「あのっ!! ……今お聞きしたお名前、間違っていたら申し訳ありません。元近衛騎士隊副長で、勇者様の懐刀と言われたエィムズ様ではいらっしゃいませんか?」


 エィムズがジェイクを見る目に警戒の色が宿る。


「何故それを?」


 エィムズが元勇者パーティーに居たことは誰でも知っている。だが、元近衛騎士隊に所属して居たのは一握りしか知り得ない情報であり、副長だったなど片手で数えられるほどの者しか知り得ない事実(王族の身辺警護の理由上)である。そんな事情を知るジェイクを警戒しない訳が無い。


「あ……あのっ……僕、いや私はっ」


 エィムズの威圧に怯えながらも、必死に言葉をふり絞ろうとするジェイク。

 だが、廊下の向こうから別の声が聞こえて来たことで直ぐに口を閉ざす。


「--まさか全て終わった後だったとは……無事だったのは何よりだが、キノ様とは一体何者だろうか?

 朝食が終わり次第直ぐに次の街へ向かう。早く王都に戻り、公王様に報告せぬばならないからな。フェムトは西方の街に伝達を、イーティスは東方に伝達を頼む。ディエルは……伝達に回すとろくでもない事になりそうだから俺と一緒に王都に向かってもらう」


 廊下の向こうから歩いてきたのは4人の冒険者だった。

 先頭を歩く少年がリーダーなのか、テキパキと指示を出し続ける。

 アメジストのような輝きを持つ紫髪、紫眼を持ち、身長はキノと同じぐらいだが線は細い。腰に帯びた武器もレイピアとスピードを優先する戦い方を取りそうだ。惜しむべらくは髪型で、目が隠れるほど長くぼさぼさなのだ。耳が細く尖っていることから人間とは別種族であることが伺える。

 少年の後ろにはローブを纏った線の細い女性と樽のような体型の小男が並び立ち、さらに後ろには頬に大きな傷をもった鋭い視線の男が頷いている。

 王都から派遣されたSSランク冒険者の一行、エース達だ。


 彼らは話を続けながら脇を通り過ぎようとしたが、ふと、エースの視線がキノ達を捉えた。そのまま数瞬の沈黙が訪れる。


「きっ……」


 最初に言葉を発したのはエースだ。顔を真っ赤に染め、震える手で腰に帯びたレイピアへ手を伸ばす。


「きぃさまぁっ!! よくも土足でこの国に足を踏み入れやがったなぁ!!」


 腰からレイピアを抜くと、その勢いのままキノ目掛けて突進してきた。


「え?」


 その場にいた全員が唖然とする中、1人リルが冷静に動いた。


「させません」


 目にも留まらぬ早業でレイピアを握ったエースの手を絡め取り、躊躇無く折り倒す。


「ぐあっ!?」


 そのまま馬乗りに跨るとマウントポジションを取り、無表情で顔面を殴る。


「がっ……」

「どなたか存じませんがキノ様に刃を向けた以上、万死に値します」


 更に拳を振り下ろそうとしたところで、エィムズが慌てて止める。


「リル殿っ、おやめください!! 何か理由っ……そうっ、理由があるのかもしれません。事情をお聞きください」


 真剣なエィムズの言葉にリルの手が止まる。


「理由……ですか? そうですね。エィムズ様がそうおっしゃるのなら理由ぐらいは聴いてさしあげましょう。

 ……話しなさい」


 エィムズはほっと胸をなでおろすが、リルはマウントポジションを崩さない。エィムズは慌てて口を開こうとするが、リルに睨まれ、すぐに黙って様子を見る事にした。

 

「ぶったねっ!! 父上にもぶたれた事がないのにっ!! へぶっ!!」


 第一声を発した途端、リルの平手打ちが決まる。


「最初はグーで殴りましたが、ぶたれたい様だったのでぶって差し上げました」


 エィムズは「そう言う問題じゃない」と突っ込みたいが我慢する。


「君は騙されているんだっ!! へぶっ!?」


 更に平手打ちが決まる。


「誰が? 誰に? 騙されているのですか?」


 淡々と問うリルに、エースは顔を真っ赤にしながらも答える。


「君はそこの悪魔王に騙されているんだっ!! ぶへっ!?」


 言い直したエースに再度平手打ちが決まる。


「キノ様はその悪魔王と言う人物では御座いません。よくご覧ください」※キノの体が希であると知ったが、希=悪魔王とは知りません。


 髪を掴んで頭だけを起こし、キノの方を向けさせる。


「きぃさまぁっ!! ぼへっ!?」

「私もお聞きしたことはありますが、悪魔王は黒髪、黒目では無いのですか? キノ様はそれはもう素晴らしいアクアブルーの髪と瞳をお持ちなのですよ?」

「そんなの悪魔王ならブヘッ!? ……なんとでもビフッ!? ……なるとジャヘッ!? おボフッ!?」


 それはもう、可哀想に思えるほど口を開く度に平手打ちをその頬に浴びる。若干キノやエィムズは腰が引け、ジェイクなど泣きそうだ。もちろんエースの仲間達はただ成り行きを見守っている。

 きっと彼の人がいれば言っただろう"もうやめてっ!! 彼のHPはもう0よっ!!" と。


「本気でそのようなことをお考えなのですか?」


 リルの目は冷たい。これ以上続けようとすればパーがグーになるだろう。


「当たり前だっ!! パグゥッ!?」


 言葉通りパーがグーになり、一撃でエースの意識は闇へ沈んで行った。


「さて、あなた達にも聞きたいことがあります」


 意識を失ったエースをそのままに、幽鬼のように立ち上がったリルは残った3人へと目を向ける。

 ……3人は後に語る。「ソルトの街で聞いた魔王とは、あの少女かと思った」と。


 一通り確認じんもんを終えたリルは周りを見渡す。


「少しギャラリーが増えましたし、1度部屋に移動しましょうか」


 リルが顎で指し示すと、青い顔の3人は気絶したエースを担いでリルの部屋へと入っていった。


「私はエヌと芹香を呼んでくるとするよ」


 逃げようとしたエィムズだったが、

「呼んだ? 騒がしかったから来たけど何があったの?」

 とギャラリーの中から芹香とエヌが出てきたため、「神よ……」と呟いて芹香達と共にリルの部屋に入って行った。

 キノも「朝ごはん……ううん、なんでも無い」と言って部屋へ入ったのはご愛嬌だろう。



----

 


「その男性がこの国のSSランク冒険者筆頭で、キノ様へ襲い掛かった理由は不明である。と言う事でよろしいのですね?」


 シングルの部屋に10人はさすがにきつかった。キノと芹香がベットに座り、リルは一つだけあるに椅子に座っている以外、全員が直立不動で隅っこに立っていた。因みにエースは邪魔だとばかりにトイレに突っ込まれている。


「で、貴方方はソルトの救援に集められた冒険者グループなのですね? 転移魔術でソルトへ行ったは良いけれど、全て終っていたので慌てて戻ってきた。と言う事で間違いありませんね?」


 リルの問いかけに冒険者3人は青い顔のまま、何度も首を縦に振る。


「大体判りました。

 つまり貴方方3人はエースと言う男とは無関係であり、キノ様に忠誠を誓う。と言う事でよろしいのですね?」


 3人は"後半は違う"と顔に出るものの、リルの恐ろしさにうんうんと頷いている。

 3人がエースを売ったと思う無かれ、冒険者にとって第一は自分の命なのだ。


「エィムズ様、エヌ様、先輩冒険者の意見として、彼等の言っている事に間違いはないでしょうか?」


 リルの確認にエィムズは困った顔のまま説明する。


「ええ、間違いはないと思われます。

 国としてもあのような事態、周辺の冒険者のみならず王都にいる実力者や、SSランク冒険者に協力を求めるのは当然です。後は王都から救援用などで最低1個師団はこちらに向かっているでしょう」


 エィムズの肯定にリルは頷く。


「そうですか。ですが、なぜたった4人を送ってきたのですか? もっと大勢を送ればいいと思うのですが」


 この疑問にはエヌが答える。


「それは転移魔術の仕様によるものですわ。

 転移魔術は習得だけでも難易度が段違いの上、1度に送れるのは4人までと決まっております。

 おそらく王都お抱えの転移魔術師は1人しかいなかったのでしょう。厳選されたこの4人が選ばれた……と言う事だと思いますの」


 エヌの説明に冒険者3人の中からフェムトが口を開く。


「補足させていただいてもよろしいですか?」


 フェムトがしわがれた声で確認すると、リルが頷いた為に続けて説明する。


「恐らく私達の後にも魔力が回復し次第、次陣が送られてくるでしょう。また、先ほどエィムズ様が仰ったように本国から1個大隊は馬で向かっている可能性も有ります。

 転移される者はともかく、軍隊が動けば民の生活を圧迫します。なので少しでも早く合流し、帰還の連絡をいれぬばならないのです。

 エース殿はそこまでは必要ないとおっしゃっていましたが、民の事を考えれば必要でしょう」


 フェムトの説明にリルは頷く。


「そうですか。つまり急ぎと言う事ですね?」

「ええ」

「ではお引止めして申し訳ありませんでした。急いで連絡に行ってください」

「ありがとう」


 フェムトが深々と頭を下げるとフェムト、エーティアの順で部屋の出口に、ディエルがトイレからエースを運ぼうと足を向ける。


「その方は置いていってください」


 ディエルの考えがわかったのか、リルは冷たい目でディエルをひと睨みする。


「だが、このクズエルフも王都に連行しねぇといけねぇんでな」

「連行?」


 ディエルの答えにリルが眉根を寄せるとエィムズが補足を入れる。


「あぁリル様、彼は思っていることと話す言葉が色々と間違っているんだ。

 恐らく今の言葉は"ですが、彼も王都に連れて行かないといけないんです"と言う事だよ」


 エィムズの言葉にディエルが頷く。


「そう言うことだ。このボケの戯言に付き合ってくれ」

「今のは"その通りです。彼の通訳が言いたい事です"だよ」

「そ……そうですか」


 エィムズのこめかみがぴくぴくしているのは気のせいだろうか。リルもエィムズの怒りを感じ取ったようで返事に困ってしまう。


「このクズエルフがそこの坊ちゃんに突っかかったのは仕方ねぇ。後で手足もいでさらし者にしとっからよ、犬にでも吼えられたと思って諦めな?」

「"彼がキノ君にしたことは本当に申し訳ないと思っている。後でしっかりと説教しておくので、今日の所は許してもらえないだろうか?"と言ってる。」


 リルのこめかみもぴくぴくしてきたようで、頬を引きつらせながら答える。


「残念ですがその男はまだ色々とお仕置きが途中です。きっちりと反省し、キノ様に身も心も捧げると言うまでは返す訳にいきません」

「ちっ、雌犬の癖に生意気なこと言いやがる。だがこのクズエルフが地獄に落とされるのを見るのも面白ぇ、俺は見物してるからクソドワーフにクソババァはさっさと去りな」

「"たいした娘さんだ。彼に死なれては寝覚めも悪い、俺が見ているからイーティアとフェムトは伝令に向かってくれ"……と言っています」

「……すまんな、言ってくる」

「ディエル、エィムズが居るからと安心してはなりませんよ。きちんと言葉遣いを直すように」


 ディエルの言葉にイーティアとフェムトはお辞儀をすると部屋から出て行った。


「ひとつ……お聞きしてもよろしいでしょうか?」

「なんだ? 雌犬が吠えるんじゃねぇよ」

「"なんでしょうか? どうぞお聞きください"ですよ。彼は言い方が悪いだけです、その爪をお仕舞い下さい。

 ディエルもこれ以上口を開くのはやめろ。本気で色々限界だ」


 リルはそろそろ限界も近いのだろう。盛大に頬を引きつらせながら爪を出してぷるぷるしている。それを見たエィムズはディエルに待ったをかける。

 色々と察したディエルは懐から筆記用具を取り出し、メモ帳にサラサラサラと筆を滑らせる。


『申し訳ありません。言葉を習った人物が特殊だったようで、思っていることとしゃべっている内容に不一致が出てしまい反省しております』


 書かれた文字は普通に丁寧な言葉だった。だったら最初から筆談で話せと小一時間問い詰めたい。


「最初から筆談でお願いします……さすがに堪忍袋の緒が切れるところでしたよ」

「判っているなら最初からそれでお願いします。いくら私でもそろそろ切れるところでしたよ」


 リルとエィムズも思いは同じだった様だ。肩から力が抜けるようにうな垂れてしまった。


「話し方については判りました。聞きたいことはそれでしたのでもういいです……」


 リルが疲れたように言うと、タイミング良くエースが意識を取り戻したのかトイレから大きな声が響いてくる。


「う……うぅ、はっ!! 先ほどの女性は何処に!! というか何故私はトイレに!? はっ……ということは私はトイレで寝込んでしまい、トイレの女神様に会ったというのかっ!?」

「……エィムズさん、アレを何とかしてください」


 響いてくる言葉だけで頭痛がしてきたのか、リルはエィムズに頼むと疲れたようにため息を吐いた。


「えっと……リル、お疲れ様?」

「……冒険者とはこう言う人が多いのです。すみませんねリル様」

「キノ様ありがとうございます。エヌさん……貴方が謝る事ではありません……」


 キノとエヌに励まされたからか、幾分か余裕を取り戻したリルはトイレの方へ顔を向ける。

 トイレの方では何か話しているのか、ぼそぼそとエィムズとエースの会話が漏れ聞こえる。


「お待たせしました。一応……誤解は解いておいたのでご安心ください」


 しばらく話し合ってから2人は出て来た。エースは妙にすっきりした笑顔で。エィムズは妙に疲れた顔で。対照的な2人に何があったのだろうか?

 エースはトイレから出てリルの顔をみると一目散に駆けて来た。犬だったら尻尾をぶんぶん振るような笑顔だ。


「ああっ、女神様っ!! ……いえっ、女王様っ!! どうぞ僕をぶってくださいっ!!」

「ひいっ!?」


 あまりの気色悪さにリルが盛大に後ずさる。


「ああっ、女王様!! その見下す視線もまた……イイッ……」

「ひっ……気色悪いっ、来ないで下さいっ!!」


 エースはうつろな視線でゆっくりとリルに近づいてゆくが、リルは全身から鳥肌を立て尻尾を逆立てて入り口近くまで逃げてゆく。

 

「エィムズ、何があったんですの?」

「それが……ひそひそ……」

「あぁ、それはなんともまた……」


 エィムズとエヌが耳打ちすると、そこにキノと芹香も混じる。


「どうしたの? なんかあの人変だし、リルって何処かの王様だったの?」

「エィムズ、あれって? ……すっごく気持ち悪い笑みを浮かべてるんだけど……?」


 2人にエィムズとエヌは親切丁寧に答える。


「ええ……と、なんと言いますか……どうやら彼はリル様にまたがられ、平手打ちにされたのが新しい扉を開いたようで……」

「被虐趣味と言われる趣向で、上流階級では時折そういった趣味の人物がおりますの……」


 親切丁寧に、その手の方々に関しての知識を得た2人は生ぬるい目で納得する。


「さっきのリルの一撃で……なんだ?」

「Mって始めてみたけど……気持ち悪いわね」


「そんな事言ってないで助けて下さいっ!!」

「そんな事言わないでっ!! 女王様、ぶってー!!」


 涙ながらに懇願してきたリルに頼まれ、エィムズとディエルが2人架かりでエースを取り押さえるまで、しばらくの間エースとリルの追いかけっこは続いた。女性陣とキノは「なんか気持ち悪くて」と言って近づく事さえしなかったのは言うまでもない。

服を離す→話すになっていたので修正

嗜虐思考→被虐思考でしたね

どうなさるのですか?→どうしますか? でしたので訂正

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