045 王都へ その1
しっかりと準備を整えたキノ、リル、芹香、エィムズ、エヌの5人は宿屋【儲け亭】の前に立っていた。傍らには3匹のらくだを従えており、宿屋の前に居るジェイと向かい合っていた。
宿屋でのやり取りから既に3日目の朝。
その間にキノは様々なことをやらかしていた。結果、この街は最早別物として生まれ変わっだと言ってもいい。
街全体に永続的な聖域結界が張り巡らされている事を始め、スラム街となっていた箇所に集合住宅が作られ、新しく開墾された農地で元スラム民が鍬を振るっていい汗をかいていたり。冒険者ギルドが領主館の直ぐ隣に移転していたり。元冒険者ギルドが大規模な孤児院となっていたりするが、決してキノがやろうとした結果では無い。
元々はジェイとの約束どおり、街全体に浄化の固定化に行っただけだった。
ギルドから帰った翌日、必要な買い物やその他をリルに任せ、キノは街の目立たない場所に移動していた。
キノとサブにとって浄化の固定化は初の試みであった為、万が一を考えての行動だ。
偶然、その場所は町のスラムであったため、身なりの良い冒険者であるキノに群がった浮浪者のようなスラム民が「施しを」と群がった。キノは笑顔で答えようとしたが、サブの《ただ与えるだけでは何も解決しない》という意見を受け、スラム付近を更地に変えた後、巨大農地と集合住宅を提供した。
もちろん全てキノの土系統の魔法をサブがサポートした結果だ。
スラム民は学が無い為「魔法スゲー」の一言で済んでいたのは良かった事か悪かった事なのか……
その後浄化の固定化を行う為、更に別の場所へ移動したのだが……キノから「試しに制御もやらせて」という一言があり、サブが了承した結果、浄化の3段階上である聖域結界が街を包み込むことになった。
突然、街全体に大規模結界が張られた事に驚き、慌てて飛んできたオーウェルが「これは一体!?」と泡を吹きながら問いただしてきたが、よく判らない問答の末、再び神の奇跡が起きた事になった。
そのままキノは、現場に一早く到着した魔法に詳しい冒険者、と言う触れ込みで領主館へ連れていかれる事になった。(元々オーウェルが魔王討伐の報告で領主館へと赴く途中だった為)
領主館で更にひと悶着起こした末、何故かオーウェルが領主に気に入られ、跡継ぎのいない領主の養子になることになった。
ギルドマスターであるオーウェルが領主となってしまった事で、冒険者ギルドが領主館の離れに移動する事になったのはついでだ。
空いたギルドの建物をどうしようかと話し合った所「神に守られしこの街で恵まれない子をほったらかしにしていいのか?」という一人のギルド職員の意見から急遽孤児院が作られる事になった。
この時点で1日目が過ぎ、次の日にキノ達は総出で元スラムへ農機具の配布を行ったりギルドの移転。孤児院の改修と職員の手配を行う事になった。
この辺はサブの知識が大活躍し、たった1日で全ての案件を終らせてしまったのが離れ技だったろうか。
そして3日目の朝、やっとの事で旅立ちとなった次第である。
こんなに様々な出来事があったと言うのに飛ばしてあるのは、決して一つ一つ書いていると物語が進まないとか、本編と余り関係の無い所を書きすぎると突っ込まれるのではないかと言う理由では、決してない。
ついでにキノがハチマンを【吸収】で倒した為、能力の1部を自分の物とし【闇の衣】等を発現出来るようになったがあまり大きな問題では無い。
「気ぃつけて行ってこい」
ジェイは二カッと笑い、芹香の背中を豪快に叩く。
「うん、ジェイさんも色々とありがとう。この恩は絶対に忘れないね」
芹香も負けずとジェイの背中を叩き返す。地味に魔力強化していた為、3Mほど吹き飛ばされたのはご愛嬌だ。
ジェイは芹香と不敵に笑いあうと真剣な顔に戻り、キノへ視線を移す。
「聖者様、何度も言わせて貰うが全てあんたのおかげだ。
恥ずかしがって顔を合わせられねぇとのたまってるが、ケイも本当に感謝してる。芹香の事、どうかよろしく頼むぜ」
「うん。僕に何ができるか分からないけど、力の限り守り続けることを約束するよ」
「あぁ、あの約束。忘れるなよ」
ジェイはキノの手を取り、真剣な顔で頭を下げる。
「うん、任せておいて」
2人のやりとりを見ていた芹香は(またやってる……)と思うものの、すでにツッコミを入れることは無い。
どんなやり取りがあったのか芹香は知らないが、ジェイから「聖者様にお前の事は頼んである。幸せになれよ」と言われている。
事あるごとにキノに芹香を頼むと言うジェイに最初は照れて反論していたが、キノもよく判らずに返事していると言うのが判り、反論する気力もすでに失われて久しい。
「では王都まで向かうとしましょう」
エィムズがらくだの手綱を引いて皆に声を掛ける。
「そうですわね。早く出なければ今日中に次の街へつけなくなってしまいます。」
エヌももう一頭の手綱を引く。
「うん、それじゃジェイさんまたね」
「また、この街に来た時はよろしくお願いします」
キノ、リルは手ぶらのままジェイに別れの挨拶をする。
「それじゃ、ジェイさん行って来ます」
最後に芹香が挨拶してらくだの手綱を引くと、5人と3匹は北門へと歩き出す。
「いつでも戻って来い!! 良い部屋用意して待ってるからな!!」
ジェイは去り行く5人に向かって大声で怒鳴ると、大きく手を振る。
こうしてキノ達一行は貿易都市【ソルト】から次の目標、宿場町【シュガー】へと向かうのだった。
……だが、ここで問題が起こった。
まず第一に、キノとリルの移動速度はかなり……いや、めちゃくちゃ速い。
第二に、2人は他人の移動速度が遅い事を知らない。
第三に、リルはキノの念話を聞く事ができるが、念話で話しかける事はできない。もちろん芹香達は連絡の取り様がない。
第四に、方向音痴のキノは目的地があると直ぐにでも走り出してしまう癖があった。
そして最後に、レモングラス公国は森と砂漠の大地であり、貿易都市【ソルト】は砂漠に囲まれた都市なのである。
結果。
「いっくぞ~♪」
「キノ様ッ!! 走らないで下さいっ!! しかもそっちは東ですっ!!」
《マスター、方向が違います。リル達が置いていかれていますっ!! 今すぐ引き返してください》
「えっ!? あっ……聖者……様?」
「早い……ですね」
「もう……見えないですわね」
門を出たところでキノが走り出し、芹香の護衛が頭の片隅に残っていた為に動けなかったリル。エィムズ、エヌ、そして芹香を置いて見当違いの方向に走り出してしまったのだ。
いつもならサブの声ですぐに引き返すキノなのだが、走るのが楽しいのかまったく聞いちゃいない。
《マスター、お戻りください。マスター!! マスター!?》
リルの耳には、空しく響くサブの声だけが届く。
《こうなっては仕方がありません。リル、この距離ならまだ聞こえているはずです。貴方は芹香さんを護衛しつつ【シュガー】へ向かってください。こちらはマスターが落ち着いた所で行き先を誘導します。
そちらは貴方だけが頼りになります。くれぐれもよろしくお願いします》
とうとうサブも諦めたのか、リルに指示を出すと再度キノへの呼びかけを行い始める事は無かった。リルは遠い目で頷くと芹香達へ向き直る。
「ええと……キノ様は周辺の安全確保に向かわれました。
【シュガー】で落ち合う手はずとなっていますので、今日はこのまま向かいましょう」
突然の爆走に呆気に取られていた芹香達であったが、この3日間でキノの規格外さを実感していた3人は大人しく頷き、距離として30kmの道程を歩き始めるのであった。




