044 閑話 王都にて
「父上、お呼びでしょうか?」
レモングラス公国、謁見の間に1人の男性が入ってきた。
男の名はエース・G・ワイルド。現レモングラス公王、ビヨンド・C・ワイルドの息子だ。
父から受け継いだ紫色の髪とアメジストの輝きを持つ双眸が自慢で、剣も魔法も現王の息子として恥ずかしくない腕前を持つと自他共に認めている。前髪が長く、目を隠してしまう事でその美貌が発揮できないのが勿体無い所だ。
ここレモングラス公国の王家は、エルフ族のワイルド家、人族のシィーブン家、ドワーフ族のツェット家の3公家で順番に統治を行っている。
エースは父である公王より、密命があると連絡を受け謁見の間へ足を踏み入れた。
「来たか、息子よ」
そこには威厳を持った公王と宰相。さらに10人程の近衛騎士が立っていた。
「はっ! 御命令通り1人で参上致しました」
「うむ。では皆の物、席を外すが良い」
公王が鷹揚に手を振ると、宰相を含め全員が謁見の間より出て行く。慣れているのか、誰1人口を挟まずスムーズに出て行った。
「さて、居なくなったか?」
全員が出て行ってから5分。シンと静まり返っているのを確認し、公王が口を開く。
「ええ、もう大丈夫です」
念のためと、エースは風魔法で周囲に消音結界を発生させた上で口を開く。
「そうか……では近くへ」
さらに念を入れたのか、公王の呼びかけにエースは応じ、王座のすぐ横に椅子を用意して座る。
「コホン……」
公王はエースが座るのを確認し、身を乗り出す。
「どうしようっ!? ソルトのギルドマスターから連絡が入ったんだけど、力のある魔族が向かってくる反応があるんだって!! なぁ、どうすればいい? どうすればいいと思うっ!?」
先程までの威厳など微塵もなく、まるでドラえもんに縋り付くのび太君のようにエースへと身を寄せる。
「父上っ!! 落ち着いてください。この国の象徴である父上がうろたえては民の不安を煽るだけです!!」
「でもっ!! コリアンダー皇家に連なる者だってその街に滞在していると兵士からの報告も上がって来ておるしっ。万が一の事があったら責任問題になるんだよっ!!」
「大丈夫です。領主から報告があったではありませんか?
コリアンダー皇国からの使者が尋ね人の情報を持って来たと。兵士の報告は使者の誤認と言う事で結論が出たでは無いですか」
「それは……そうなのだが……」
兵士からの報告とは、アッシュがキノの宿泊時に飛ばした報告であろう。だが、すぐにキノの事情を察したアッシュはキノの意見を尊重することに決めた。
すぐ後にコリアンダー皇国の使者が来た為、キノに関する報告や使者の報告をあえて行わない事で誤認させることにしたのである。(使者の報告は元々領主の管轄である。使者は領主館へと赴いた為、アッシュはキノ達と使者が別々に来たと報告しない事で、同一の報告と処理されるであるよう計算しただけだ)
公王は少しだけキリッとした顔に戻る。
「あのアッシュからの報告だ、ただの誤報とは思えぬのだよ」
この公王、気は小さいが才覚は鋭い。ソルトの街がこの国にとってどれだけ大切か判っている為、そこに常駐する兵士の練度や性格などは軽く把握している。
「父上、その点については私も同意見です。ですが上層部での判断は違う。……それが結果です」
エースは感情を抑えた声で説明する。
「して、上層部はソルトについては何と?」
エースの問いに公王は元のおどおどした態度に戻ってしまう。
「それがな、魔族の襲来であるなら冒険者に任せれば良いだろうと。四天王クラスであればソルトは放棄し、逃げ延びた者だけを受け入れるようにと言う結論になったのだよ。」
「馬鹿なっ!!」
「ひっ!?」
エースはその答えに激昂し怒鳴ってしまうが、公王が怯えた為すぐに平静を取り戻す。
「ごほんっ! 失礼しました、父上。
ソルトがどれだけ大事か……もちろん分かっておいでてすよね?」
「もちろん分かっておるよぅ……あの街と砦はこの国最大の防壁だ。アレが来ないよう守衛には最大限信用でき、かつ実力の伴った者のみを配置しておる。もちろん冒険者ギルドにも最大限配慮してもらっておる」
「では、万が一ソルトが壊滅となった際の被害はどうなるかお分かりになっているのですよね?」
エースの言葉に公王はビクンッと跳ね上がり、産まれたての子鹿のようにガタガタと震え出す。
「くるっ……くるよっ……あいつがっ……あいつが来るぅぅぅ!!」
「そうですっ!! 父上をこのようにした変態ゆ……いえ、悪魔がっ……悪魔王がやって来るのですよっ!!」
エースの言葉を受け、公王は目の焦点が何処かを向いたまま頭を抱える。
「ひぃぃぃ!!」
「父上は魔族と悪魔王、どちらが恐ろしいのですかっ!!」
今にも頬を掻きむしろうとする公王をエースは押さえつけ、視線を合わせる。
「悪魔王様ですじゃっ!!」
エースがまるで目に入っていないように公王は頭を掻きむしる。
「父上っ!! 恐ろしいからと言って様をつけてはなりませんっ!!」
「はっ……はひぃぃ」
エースが力いっぱい公王を抱きしめ、あやすように頭を撫でると公王も少しずつ落ち着きを取り戻し始めた。
「……すまない」
「いえ……父上があの悪魔にされたことを思えば仕方がありません……」
若干気まずくなったが、2人は真剣な顔で向かい合っている。
「して、父上。なぜ分かっていながらソルトを見捨てる結果となったのですか?」
「そうっ!! それなんだが息子よ。シィーブン家がまた手を回していたようでな……」
シィーブン家の名を聞いてエースは顔を歪める。
「また……ですか」
エースの言葉を受け、公王が複雑な表情で話を続ける。
「また……なのだよ。それで……エースよ……」
公王が全てを言う前にエースが手をかざし、言葉を遮る。
「父上、皆まで言わないでください。私のことをエースと呼んだ時点で察しはつきました」
エースの言葉に公王は深く頭を下げる。
「……すまない」
「父上、息子としての私は暫くの間行方を眩ませます。戻ってこなかった際は……シリスにうまく言い訳しておいてください」
「うむ。シリスの事は安心して任せるがいい。
それでだな、同じSSランクのディエル、イーティス、フェムトには既に通達しておる。勇者様の行方が知れないのが残念でならぬが……なんとか多くの民を救って欲しい。
……頼むぞ、SSランク筆頭冒険者エースよ」
エースとの会話で少しづつ自分を取り戻したのだろう。最後には立派な公王としてエースに命令を告げた。
その後、玉座についていた呼び鈴の紐を引く。
エースが頷いて椅子を片付け王の前に跪くと、タイミングを計ったかのように宰相始め近衛騎士達が戻ってきた。最後に3人の冒険者風の男女が入ってくるとエースの後ろに並ぶ。
男性が2人と女性が1人。
男性のうち1人は頬に傷を持ち、鋭い視線が特徴的だ。年齢は30前後でいかにも出来る者のオーラを放っている。
もう1人は筋骨隆々だが、背丈は低い。40近い男性のようにも見えるが、まるで子供のような身長と背中に背負った巨大な盾と槌がアンバランスだ。恐らく彼はドワーフ族なのだろう。
女性はゆったりとしたローブに身を包んでいる。ローブの端から見える手足はまるで簡単に折れてしまうような線の細さだが、SSランクという実力を考えれば見た目で判断してはならない。
公王は4人をゆっくりと見渡し、威厳を持った口調で話しかける。
「SSランク冒険者たちよ。これは王個人からの依頼である。
ソルトの街へ赴き、国民を1人でも多く助けて欲しい。
事前に話はあったと思うが、緊急性が高いこともあり王国の転移魔法師を用意した。ソルトへ常駐するSSランク冒険者、エィムズとエーヌンティウスにも協力を仰ぎ、事に当たって欲しい。
もちろん諸君達SSランク冒険者はこの国の宝。相手は高位魔族の可能性が高い。場合によっては聖武具無しで相対できる存在では無いかもしれない。
その際は恥と思わず自分の命を優先して欲しい」
その言葉を受け、頬に傷をもった冒険者が嘲笑を孕んだ言葉を飛ばす。
「公王様のようにか?」
嘲りの言葉に周囲は騒然となるが、公王は威厳をもって答える。
「ディエル殿、その通りだ。例え野党に身ぐるみをはがされ、身を隠す物もなく、素っ裸で逃げ帰って来る事になろうとも命さえ残っていれば何とでもなる。
強制はせぬが、ドロ水を啜り、汚物に顔を突っ込んででも生きて帰ってくれ」
あまりにも堂々と言われ、ディエルと呼ばれた頬に傷の男はばつの悪い顔になる。
「公王、すまない。ディエル、悪気無い。
でも嘲ったのは事実。後で仕置き、する。」
小柄な男性はハンマーの柄でディエルの頭を叩く。
「ってえなイーティス!! 俺はたこのしみったれた空気を飛ばそうと思ってだな」
「ディエルの話題、いつも選択悪い」
言い返すディエルに、イーティスと呼ばれた男性から二撃目が決まる。
「っつぅ~……」
うずくまるディエルを他所に、イーティスが公王へ告げる。
「ディエル、これでも公王、尊敬してる。
許して欲しい」
「分かっておるイーティス殿。単に口が悪いのと話題のチョイスが悪いのとタイミングが悪く、人相が悪いだけで性格は良い事は知っておる。
その調子でエースの補佐も頼むぞ」
公王は笑ってイーティスへと返事をする。
ディエルが狙った通りか、場に和やかな空気が広がる。
「落ち着くのも良いが、ソルトへはいつ襲撃があるのか分からんのじゃろ? 連絡が来て収集されただけでも2日過ぎとる。連絡手段を考えれば5日ぐらいは過ぎとる可能性も考えぬばならん。
可能ならさっさと送ってくれんか?」
しわがれた老婆のような声を上げ、ローブの女性が前に出る。
「我らが遅れたせいで、ソルトに死者が出るという自体はさけたい。公王よ、良いかの?」
「フェムト殿、失礼した。冒険者達よ、送って宜しいか?」
「「「「はいっ!!」」」」
公王の言葉にえを除く3人が頷く。
全員の顔を見た後、公王は宰相へと向き直る。
「爺、4人をソルトまで転移してくれ。」
「分かっております。後は魔力を注ぐだけ……皆様方、魔法陣にお乗りください」
いつの間に書いたのか、地面に魔法陣が描かれ爺と呼ばれた初老の宰相が玉のような汗をかいていた。
4人は頷き合うと魔法陣の上に立つ。
「……では、行ってまいります」
4人を代表し、エースが挨拶をする。
「うむ。死ぬなよ」
公王が頷くと、宰相が声をかける。
「では、参ります……【転移】」
その声が響き渡ると、4人の姿は光のようになり、溶けて消えて行った。
公王が、その場にいた全員の気持ちを代弁するかのようにぽつりと呟く。
「……頼むぞ」
"カンカンカンカンッ"
4人が転移し、静かになった謁見の間にノックが響き渡る。
「緊急連絡のようです。公王様、宜しいでしょうか?」
宰相が公王へ確認する。
「通せ」
よく響く声で公王が答えると部屋の扉が開く。そこには相当急いでいたのか、ぼろぼろの兵士が立っていた。
「急ぎ報告しますっ!! ソルトにて魔王が確認されましたっ!!」
その言葉に全員が凍りつく。魔族領以外で魔王が確認された前例など無い。一体どれほどの民が蹂躙されたのか想像すら出来ない事実に思考が止まってしまった。
……が、兵士と次の一言で時は動く。
「ですが、その場にいた冒険者達の活躍により、人的被害0。土地、建物の損害軽微にて追い返すことが出来ました!!」
「「「うおぉぉぉぉぉぉっっ!!」」」
余りにも異常な報告ではあるが、人的被害0と言う言葉にその場にいた全員が狂喜乱舞する。
「つきましてはこちらに報告書が上がっております。
ただし、この報告書は公王様に直接報告するように厳命されております。」
兵士が1通の手紙を取り出し、公王へ献上する。
騒がしくなった部屋の中、宰相がその手紙を受け取るとそのまま封を切る。
「爺、一体何を!?」
「何が書いてあるか分かりませぬ。内容を改めます」
宰相が手紙を取り出すと、中にはオーウェルの字で簡潔に書かれた文章があった。
『どうせ宰相のジジイが「内容を改める」とか言って中身を握り潰すだろうから言っておきましょう。
公王様以外が手紙を呼んだ場合、並びに公王様直筆の返事が帰ってこない場合には、冒険者ギルドはレモングラス公国より撤退致します。 by レモングラス公国 統括副マスター兼ソルト支部長 オーウェル・C・ハーツ』
「ムッキー!!」
内容を読み、顔を真っ赤に染めながらオーウェルの手紙を踏み続ける宰相へ、改めて兵士がもう1通の手紙を取り出す。
「くぅぅっ!!」
宰相はその手紙を荒々しく掴み取り、破り捨てようとするが、すぐに気を取り直し公王へ先程の手紙と合わせて2通を渡す。
「あ……ありがとう」
怒り心頭の宰相に気圧されつつも、丁寧にお辞儀をして公王は手紙を受け取る。
一通は踏みにじられたお陰で泥だらけだがいいのだろうか。
「……ああ」
泥だらけを気にせず、最初の手紙を読んで宰相の奇行に納得した公王は2通目の手紙を読み始める。
1度じっくりと読んだ後、大きく深呼吸をして再度読み始める。元々色白だった顔色が青色に、次に紫色に、最後には元の真っ白に戻った頃には部屋に居た全ての者が静まり返り、公王の動向を見守って居た。
公王は手紙をそっと折りたたむと、目を見開き大声で叫んだ。
「なっ!! なんだってぇー!!」
あまりの剣幕に宰相は公王へと詰め寄る。
「公王様っ!! 一体何が書いてあったのですかっ!!」
公王は深く考えた後、重く口を開いた。
「色々と報告はあったが、言えることは少ない。……ただ、この報告は極めて重大だろう。
……今代の魔王は人を襲わないと決めたようだ」
その言葉に宰相以下、その場にいた全員が目を見開き、大声で叫ぶ。
「「「なっ!! なんだってー!!」」」
余りにもショッキングな内容だった為か、その後3日たって始めてエース達を送り出して居たことに気づくのであった。
ストック作業に入る為、ここで一旦更新が止まります。
いつもお待たせして大変申し訳ありません。
7月中にはまた更新が入るのは間違いないのでお待ちくださいませ。




