042 事故処理 その3
「聖者様、魔王って言うのは魔族を統率する王の事を意味するんです。因みに魔族って言うのは人族やエルフ族みたいに一つの種族なんだけど、非常に交戦的で残虐な種族なの。
一部の上級魔族は【闇の衣】って言う特性を持っていて、聖武具の持つ中和フィールドを展開しなければ傷一つつけることが出来ない上、恐ろしい力で無慈悲な暴力を繰り返すことから、人の天敵とも呼ばれてる存在なんです。
絶対数が多くないのが唯一の救いなので、聖武具を所有する各国は、私達みたいな異世界人を召喚し魔族の襲来に備えているんですよ?」
ようやくフリーズから解けた芹香が笑顔を引きつらせながら答える。
本来ならサブが答えるところだが《私の声を聞く事の出来ない人物が居る場では、極力念話で話しかけてください。それ以外はこちらも口出しを行いませんので》と言って黙ったままだ。
時々キノやリルがサブに向かってブツブツ呟いており、それを他人が奇異の目で見ていたのを見咎めたのだろう。
「そうだったんだ!?」
様々な偶然が重なり(スライムだった為、生きるのに精一杯で上位の存在を気にかける余裕がなかった。知識の実から得た知識は、人格に影響を与えないよう無意識下で行う程度に抑えた。等々)、魔王云々に関して全く知らなかったキノが魔王を知った瞬間である。
「魔族の王様だから魔王なんだね。えっ……と、女の子だから王様じゃなくて女王様だよね? そっか、魔女王さんって呼ばないといけなかったんだっ!! どうりで怒っちゃった訳だよ」
キノは納得がいったのか、しきりに頷いている。色々とポイントが違うと思うのだがあえて突っ込むまい。
「いや、聖者様それは違うと……」
「成る程、さすがキノ様です。確かにその通りですね。私には考えもつきませんでした。」
芹香は否定しようとするが、リルは尊敬の眼差しでキノを見る。トレマを怒らせた1番の理由は魔王の要請をリルがすげなく断ったからなのだが……この様子では絶対に分かっていない。
「え? 間違ってるのは私の方なの!?」
3人のうち2人が納得している現状。日本人である芹香は、例え自分が間違っていないと分かっていても不安になる。
「そうなのかなぁ? さすがにそれは無いと思うんだけど……リルが断ったのが始まりだったような……でも聖者様が言うことだし……私ってば召喚された訳だから、この世界の常識とは違うのかもしれないよね……うん。なんかそんな気がしてきた」
しかも流されやすい性格のようだ。
「今度会ったら……魔女王さんって呼んで見るかな?」
ついに流された。
「あ、でも今度あったらトレマって呼ぶように言われたよ?」
芹香の葛藤を聞いていたキノは軽く訂正する。
「え!? まお……じゃない、魔女王を名前呼びっ!?」
「うん、僕の事をキノって呼ぶからトレマって呼んでって言われたよ。」
にこやかに言うキノへリルが訂正を入れる。
「それはキノ様にだけに言った言葉ではないでしょうか? 私達はまだ面識がある訳ではありませんので、暫くは魔女王と呼ばせていただきましょう?」
前半をキノへ、後半を芹香に向けて言う。
「まぁ、私達は冒険者。彼女は一つの国の女王なのですから滅多に会うこともないでしょう。」
そもそも、そのような呼び方をすると後が怖いので会えない方が幸せだろう。
そんなことを話していると扉がノックされる。
「入っても宜しいでしょうか?」
扉越しの為、多少くぐもっているがエィムズの声だ。
「はい、少々お待ちください」
リルが目配せをすると芹香は小さく深呼吸を行う。
「うん、入って」
芹香が声を掛けるとゆっくりと扉が開く。
「……お久しぶり、です。」
「芹香さん、お久しぶりです」
ややぎこちなくはあるものの、扉の向こうではエィムズとエヌが笑顔で立っていた。
「全部って訳じゃ無いけど、大体の経緯はオーウェルさんから聞いた。色々と裏で動いていてくれたんだって?
まぁ、立ち話もなんだから入ってよ」
芹香がぎこちない笑顔で言うと、2人は顔を見合わせ中に入ってきた。
「芹香、昨日も言ったがすまなかった」
「芹香さん、本当にすみませんでしたわ」
2人は椅子へ座ると、開口1番芹香への謝罪を口にした。
「ううん、良いよ。昨日も言ったけど、2人共表面上しか知らなかったんでしょ?
それに冒険者ギルドに所属してるって事は、騎士団も宮廷魔導師も辞めて私を守りに来たって事だしね? 私の為にそこまでされたんじゃ怒ることなんて出来ないよ」
芹香がつとめて明るく言うと、頭を上げるように言った。
3人はその後も似たような会話を暫く続けた後、キノ達に挨拶していなかった事に気づき慌てて挨拶する。
「えっ……と、キノ君依頼達成お疲れ様。
挨拶が遅くなって申し訳ない」
喜んでいるのは判るが、若干気まずいのか頬が赤くなっている。
「まさか、無事再会できるとは思いませんでしたわ。キノ様、2日振りです」
エヌも何処か気まずそうに頬を赤らめている。
この態度には実は理由がある。
2人はオーウェルから魔族の襲来。そしてキノ達を砦に避難させることを事前に聞いていた。
勇者である芹香に頼ることの出来ない現状、命をとしてでも魔族を迎え撃つつもりで居た。
その為、キノ達の見送りを今生の別れと思い、大げさとも言える祝詞で祝福を送っていたのだ。
見送ったはずのキノ達がいつの間にか戻って居て(キノ達が戻って来た時は外で大規模魔法陣の展開など準備を行って居たので知らなかった)、助けられる羽目になったのだから多少気まずくなっても仕方が無い。
現代風に言えば、中学時代に書いた必殺技や二つ名を書き綴ったノートを5年後あたりに発掘したと思ってもらえれば良いだろう。
「キノ君にリル殿、魔王を追い返すとは……流石に恐れ入りました。やはり2人は素晴らしい力の持ち主ですね」
「その通りですわ。
見ていたかもしれませんが、私達では足止めすらできませんでしたもの。流石キノ様です」
2人は無かったことにしようとばかりに、キノ達を絶賛する。その言葉に気を良くしたのか、リルが上機嫌で答える。
「いえ、お2人は芹香の事を大切に思っているようですから、私達に気づくのが遅れるぐらいたいしたことではございません」
「うん、それよりエィムズさん達が芹香さんと知り合いだったのには驚いたよ。芹香さんが勇者さんだって教えてくれても良かったのに」
キノも特に気にした様子は無いが、芹香について教えてくれなかったことに対しては思うところがあるようだ。
「キノ君、申し訳ない。私達は彼女が立ち直るまで、全てから守ると決めていたんでね」
申し訳なさそうに言うエィムズにキノは素直に頷く。
「そっか。それじゃ仕方ないね」
「えぇ。そうなんですの。
お詫びと言うわけでもありませんが、彼女も立ち直ったことですしどのような事でもお話いたしますわ。もちろん彼女のよく言う寝言までね♪
と言ってもすぐにオーウェルさんが来るでしょうから、お話はまた後日にでも」
「ちょっとエヌさん!? なんでそんなこと知ってるの!!」
エヌも申し訳なさそうに謝るが、すぐににっこりとする。後ろで顔を真っ赤にして抗議する芹香は華麗にスルーだ。
「うん、ありがとう」
「その代わり魔導の深淵について、もっともっとお話させてくださいね」
エヌの目が怪しく光る。……キノが芹香について聞くよりもエヌに質問責めにされる可能性の方が高そうだ。守ると豪語した舌の根が乾いてないのだが、芹香を売るのはエヌ的に有りなのだろうか。
「私もリル殿に手合わせをお願いしたいですね。
あの程度で何も出来なくなるなど……まだまだ鍛え方が足りない証拠。もっともっと強くならなければなりません」
「私でお相手できる限りで良ければ良いですよ」
「ありがとうございます。リル殿の動きは今までに見たこともなく、勉強になるばかりですので嬉しいです」
エィムズの歯がキラリと光る。爽やかに見えるのだが女性に色目を使うそぶりが無いあたり、いろいろな場所で涙を飲む女性も多そうだ。
会話が一段落したところでリルが扉に目を向ける。
「そろそろオーウェル様がいらっしゃると思われます」
リルの言葉を待ったかのように扉がノックされる。
「開けて宜しいですか?」
リルの問いに全員が頷く。
「どうぞお入りください」
リルが扉を開けると、予想通り立っていたオーウェルを招き入れる。
「これはこれはありがとうございます。それでは失礼致します」
オーウェルはペコペコと頭を下げながら椅子に座り、手に持っていた物品を全てテーブルの上に並べた。
キノ達の前に地図と手紙、何かが詰まった袋が置かれた。
「こちらは王都の冒険者ギルドへ提出していただく資料となります。また、こちらの袋はそれぞれの依頼報酬となるのでお納めください。
それとキノ様の袋には皮の手袋と小手も入っております。キノ様は杖を持たないようですので、手袋形の補助具をと報酬に上乗せさせていただきました。
小手はリル様がお使いください。金属板が仕込んであるので防具として使えます」
オーウェルはキノとリルの前に大きな袋、芹香の前に小さな袋、エィムズとエヌの前に小さな袋をそれぞれ移動させる。3者がポケットへ袋を入れるのを確認し、オーウェルは話を続ける。
「先ほども話させていただきましたが、王への面会が1番の目標となります。その為には信用も厚いSSランクの2人がこの手紙を冒険者ギルドに提出し、王へ面会を申請するのが最も確実でしょう。
今回はキノ様達や芹香ちゃんを王へ面会させる。と言うクエストをギルドからエィムズ達に依頼しました」
オーウェルは手紙をエィムズに渡す。
「万が一、芹香ちゃんを狙った刺客が現れた時の判断はエィムズ達に一任します。宜しいでしょうか?」
オーウェルの言葉にエィムズが頷く。
「お受けします」
手紙を受け取るとそのまま"ポケット"へとしまった。
オーウェルは室内を見渡すとにこやかに頷く。
「この様子では和解出来たようですね。これで多少は肩の荷が下りました。
それでは皆様、どうぞよろしくお願いします。
この部屋は暫く使っていただいて問題ないので、明日からの準備の話し合いにでも使ってください」
オーウェルゆっくりと頭を下げると、この場にいた全員もお互いに頭を下げ、旅の準備について話し合いを始めた。
その光景を満足そうに微笑むと、ゆっくりとオーウェルは部屋から退席するのだった。




