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041 戦後処理 その2

 儲け亭で昼食を取り、身支度を整えたキノ、リル、芹香の3人は冒険者ギルドの扉を開いた。(儲け亭ではジェイに散々お礼を言われた挙句、好きなだけ泊まっていってくれと言われた。)

 ギルド内は昨日の出来事など嘘のように喧騒に包まれて居たが、3人が入ってきた瞬間に喧騒はピタッと止まった。

 中にいた冒険者や職員、全員の視線が3人を捉える。2度連続で絡まれた過去があるからか、リルは中腰になりいつでも飛び出せる体制を取った。


「来た……」

「彼らだ……」


 静まった店内で時折かすかな声が響く。その声から負の感情は見えず、好意や尊敬といった正の感情が詰まった呟きであることでリルの警戒が薄れる。


「キノ様、ご足労頂きまして誠に申し訳ございません」


 相変わらず大汗をかきながらも、一階で所内業務を行なって居たオーウェルがキノ達を見つけ、すぐに駆け寄ってきた。


「キノ様、こちらへお願いします」


 声を潜めて階段を指し示す。


「聖者様、行きましょう」


 芹香も促してきた為、オーウェルを含めた4人は早々に2階の一部屋へと入って行った。


「本来は私から出向き、お話を伺わなければならないのですが、何分先日の後始末がある為、お呼びたていたしまして申し訳ございません。

 ささ、どうぞお掛けください」


 再度謝罪を繰り返しつつ、部屋の中央に鎮座するソファをキノ達へ勧める。


「さ、キノ様」


 リルの勧めでキノが中央に座り、右隣にリル、左隣に芹香が座った。


「では私も失礼させていただいて」


 そう言ってオーウェルはキノの反対側のソファへと座り、深々と頭を下げる。


「まずは街を救って頂きました事にお礼を申し上げます。

 どのような手段を取られたのか存じませんが、魔王が退きこの街が無事だった。これも全てキノ様とリル様、それに芹香ちゃんのおかげと思って居ます。

 ……して、大変申し訳ありませんが私が倒れた後、何があったかお聞かせいただいてもよろしいでしょうか?」


 オーウェルの言葉に芹香が疑問をはさむ。


「オーウェルさん、ここで話した内容はそのまま上に伝わるのかな?」


 その質問にしばし考えた後、オーウェルは答える。


「……状況と内容によってでしょうか。

 芹香ちゃんも知ってると思うけど虚偽報告は重罪です。だが私はキノ様達の事情は勿論、芹香ちゃんの事情も知っています」


 その言葉に芹香が目を丸くする。


「私の事情も……知っているのですか?」

「ええ。かつての仲間だったエィムズとエヌが、君のために色々と動いているからね」

「うそっ、彼等が?」

「随分となげいて居たよ? 君が辛い目にあっていると知りながら助けることが出来なかったって。

 せめて身を隠した今こそ平穏に暮らせるよう、裏から守ろうとこの街にやってきたそうだ」

「そう……だったんだ?」

「恐らく彼等が暗躍していたからこそ、公国からの刺客が来なかったんだと思う。彼等を許して欲しいとは言えないが、彼等の頑張りは知ってほしい」


 オーウェルの言葉に芹香は視線を落とす。


「私も彼らと意見は同じだ。芹香ちゃんを上に売るような真似は決してしない。

 だから私を信用し、何があったか話してもらえないだろうか? 報告するときに事実を良く知った上で、意図的に隠して伝えれば曲解した事実を伝えることができる。その為にも……ね?」


 オーウェルは優しい目で芹香をみつめ、真剣に伝える。


「ジェイの頼み事を聞いていてくれたのはオーウェルさんだけじゃなく、あの二人もだったんですね?」

「ああ。そうだ」

「じゃ、魔王襲来の知らせでこの街に来たんじゃなく、ずっとこの街にいたんですか?」

「芹香ちゃんが来た頃と同時期かな」

「それであそこに……」

「本当は芹香ちゃんを安全な場所に避難させたかったらしいんだけどね。力を取り戻したと聞いて、どうするかは芹香ちゃんに任せることにしたみたいだ」


 芹香はいくつかオーウェルに確認を取ると、静かに目を閉じる。そしてゆっくりと目を開くと、にっこりと笑った。


「そっか……なら、信じます。

 でも……私もあの後、聖者様の転移魔法で安全な場所まで移動したので詳しいことは分からないんです。

 聖者様、お聞きしても宜しいですか?」


 キノへ問いかける。芹香がキノを聖者と呼ぶ事にオーウェルは驚いたようだったが、問いかけるような事はしない。


「そうだね。リルにも話す予定だったし、一緒にここで話しちゃっていいかな?」

「はい」

《マスター、オーウェルさんの言ったように、伏せた方が良い事実と言うモノもあります。リルへの補足は私が後で行いますので、内容は相談しながら話しましょう》

「うん、分かった」


 リルの了承とサブのアドバイスを受け、キノは二人を転移させてからの事を話し始めた。



 キノの話を全て聞いた後、オーウェルがなんとも難しい顔で口を開く。


「つまり、命を救われた魔王は"借り1つ"と言って去って行ったのですね?」

「うん、そうなるのかな」


 サブのアドバイスを受け、魔王が希の為に人を滅ぼそうとしていた事。神を殺したのも彼だったであろう事を隠し、一通りの事を話した。(自分達の素性については、すでに知っていると思っている為はぶいている)


「そして"もう人を襲わない"と約束したのですね?」

「うん、そう言ってたよ」

「魔神が魔王の命を狙い、魔神の配下であったハチマンは魔王に手を貸してキノ様が倒した……と?」

「えっと……そうだね」


 オーウェルが矢継ぎ早に質問を続ける

 本当はキノ1人で倒したのだが、サブのアドバイスに従い、魔王のアシストのおかげで倒せた。と話をしていたため、目はあさっての方向を向いていたがキノは頷く。

 オーウェルは深く息を吸うと、ため息とともに最後の質問を吐き出した。


「最後に一つだけ……聞かせてください。何故、魔王を助けたのですか?」

「え? だって勇者様は弱い人の為に戦うんでしょ?」


 オーウェルの重い雰囲気とは裏腹に、キノはあっけらかんと答える。


「えっ? あっ、はい。確かに言いました」


 急に話題を振られた芹香は慌てるが、きちんと肯定する。


「だからね? 魔王さんが危なかったから助けたんだ」


 キノの答えを聞いてオーウェルは盛大に引きつる。

(人類の敵なんだから助けちゃダメでしょうが!!)と思うが、言えるはずもなく……芹香も色々と複雑な表情だ。リルだけは変わらずににこにこしている。


「そこで何故助けたのか理由をお聞きしても?」


 オーウェルの言葉には、サブを始め全員が同意見だったので誰も言葉を挟まない。


「うーん……なんでだろう?」


 キノは首を傾げる。


「うまく言えないんだけど……心の奥底でね、あれは自分以外が手を出して良いものじゃ無いって気がしたんだ。」

「自分以外が……ですか?」

 

 キノの言葉をリルが眉根を潜め反芻する。

 ここに希の意思が干渉したのかは定かでは無いが、キノはそのようなことまったく知らない。


「……ほらっ。怒らせちゃったから暴れたみたいだけど、元々自己紹介に来ただけだし。

 悪い人って後ろから切りつけて来た、ああいう人を言うんでしょ? 魔王さんは被害者だから守らないとって思ったんだ。それに……何て言うのかな? 凄く弱々しく見えたから」


 説明がたりなかったかな? とばかりにしどろもどろに説明を続ける。


「魔王が……弱い?……」


 だが、オーウェルには衝撃が走った。


(時折説明の中にあった、誤魔化すような言い方や逸らす視線が気になったが……全て繋がった!!

 キノ様にとって魔王など眼中に無く、その後ろにいた魔神を既に視界に入れていたのですねっ!!

 ならば説明が付く。かなり初期の段階でキノ様は魔王が自分よりも弱く、簡単に話をつけられると考えた。その為に魔王が弱った状態まで待ってから手を貸し、恩を着せる。次に魔神の手下を簡単に退ける。この時、高位魔族特有の【闇の衣】があるだろうから、相殺するよう魔王に手伝わせて倒す。ポイントは魔王から進んで手を貸すように仕向けることで、恩を返したと思わせないことですねっ!!

 どうやら芹香ちゃんはキノ様の探していた勇者様では無かったようで最初の推理ははずれましたが、今度こそ完璧っ!! 間違いのない推理のはずですっ!!

 いや待てっ!! そもそもキノ様をお助けした勇者様とは一体何者? あれだけの強さを誇るキノ様がピンチになるとは考えにくい……いや!! そもそもキノ様は助けていただいたと言ったが、何から助けられたのだ?

 魔王を雑魚呼ばわりする(してません)キノ様がピンチになるなど……はっ!? まさか魔神による謀略!? ありえるっ!! ここまで人の良いキノ様だ。その性格の良さに付け込まれた謀略でピンチに陥る可能性は高い。

 そこに颯爽と現れる勇者……そのような勇者様、心当たりが……居たっ!!

 ラベンダー国の勇者は力こそ他国に劣るものの、その見識の広さと知略の鋭さは他の追随を寄せ付けない。彼の勇者ならキノ様の力を何処かで知って、対魔王……いや、もしやすると対魔神を考えて助けているやもしれんっ!!

 ならばキノ様の探している勇者はラベンダー国の……

 いやいや、いかんいかん。勇者に関する事項はSSクラスでも滅多に伝えてはならない規則。

 今キノ様にその事をお伝えする訳にはいかない。

 ……となると……)


 いきなり黙り込み、時折ブツブツと「キノ様」とか「勇者」と言う単語を漏らすオーウェルに生暖かい視線が幾つも突き刺さって居たが、その視線には全く気付かずキノへ次の質問をかける。

 

「では……もしも魔王が再度襲撃に来たとしても簡単に追い払えると?」

「やだなぁ。魔王さんはもう人を襲わないって言ったんだよ? そんなことあるわけ無いじゃない」

「え……ええ、まぁ、そうですな」


 またもやあっけらかんと言うキノにオーウェルは確信を深める。


「そうだったんだ? 確かに聖武器がないと【闇の衣】を持つ彼等には歯が立たないしね……でも魔王がサポート……さすが聖者様。

 四天王を2人も倒したとか……勇者でも成し遂げる事ができない偉業をあんな簡単に言うなんて……凄いです聖者様!!」


 芹香は尊敬の眼差しでキノを見つめる。


《と言う事もあり、どうやらマスターの体は"希"という人間の体だったようです。魔王との親交があり、人でありながら魔に属する人物だったと言うのは有益な情報ですね。

 魔王の言を聞く限り、神を殺した後クダンに討ち取られたのではないかと思われます。

 今回は情報を得る事ができませんでしたが、次に魔王と会った際には確認しなければなりません。魔に属していたと言う事では、人の国では"希"の情報を得る事は出来ないかも知れませんね

 マスターはそれほど気にしていないようなのでどうしてもと言う事はなさそうですが、機会があったら確認してみましょう》


 その間にも、サブは意図的に変えた事実の内容を念話でリルへ説明していた。

 得た情報の中から推論なども混じっているが、まさかサブと言えども勇者と魔王が結託していたなど思いも寄らないのであろう。本来なら誰でもある程度知っている有名人物ではあるのだが……


「そうだったのですか。お教えいただきましてありがとうございます。

 それで、魔王はキノ様へはなんと?」


 希と魔王の関係性を聞いた事で危機感を抱いたのかもしれない。リルの目に怪しい光が宿っている。


「ん? だから借り1つって言ってたよ?」

《"希"と重ね合わせる事は行っていませんでした。おそらく器が同じでも中身が違いすぎるのでしょう》

「そうですか。ありがとうございます」


 キノとサブどちらの意見がリルを抑えたのかは一目瞭然だが、リルは納得したようで怪しい光はどこかへと消え去った。


「ですが、先ほども言ったように私はキノ様の守護者です。次に魔王と相対した時は必ずお側にお付けください」

「うん。約束だからね。判ってるよ」


 キノは笑顔で答える。新たな修羅場の種火……となる可能性を微塵も考えていないあたり、本当に色恋沙汰には無関心なキノだ。


「キノ様、お願いがございます」


 3人のやり取りが一段落するのを待っていたのか、真剣な顔でオーウェルは口を開く。


「ん? 何?」

「先ほどは最大限キノ様や芹香ちゃんの立場を第一に考えると言っておりましたが、状況が変わりました。

 芹香ちゃんを連れて王都へ向かっていただけないでしょうか?」

「……王都?」


 非難するような口調と視線で芹香はオーウェルを見る。その視線を受け、オーウェルは慌てて言葉を続ける。


「もちろんキノ様や芹香ちゃんのことを考えて言っていることなんだ。

 芹香ちゃん、全てを聞き終わってから判断して貰えないだろうか?」

「……判りました」


 オーウェルの言葉を受け、芹香はゆっくりと頷く。


「まず芹香ちゃんの状況から説明しておきましょう。

 勇者とその雑事に関る全てを統括しているのは大公の1人、シィーブン大公です。

 キノ様も知っていると思いますが、ここレモングラス公国は3つの大公家から持ち回りで公王を輩出しています。現在の公王がワイルド家、その下に大公のツェット家とシィーブン家。更にその下に各貴族がおります。

 ツェット家とシィーブン家は公王の補佐を行うのですが……エィムズやエヌ、私の情報網ではシィーブン家が独断で芹香ちゃんを召喚し、動かしていた可能性が高いのです。

 公王様に全てを話せば芹香ちゃんの現状を打破する事が出来るとは思うのですが……直接公王様へ謁見できる者はごく僅か。例え芹香ちゃんでも公王様への直訴など出来ないとは思っていました。

 ですが!! キノ様の身分や魔王を退けた実力。更に今回の約束の報告と言う事であれば、間違いなく公王様への直訴が出来るでしょう。

 その際に芹香ちゃんを同席させ、全てを話せばあるいは……と思った次第です。

 もちろんキノ様にとっても悪い話しではございません。

 魔王より一つの街を救ったとなれば、相応の褒賞が与えられるでしょうし、公王様から承認を頂ければ正式にSSクラスの冒険者……いえ、実績を考えれば聖武具の所有者外で初めてのSSSランク冒険者として活動する事ができるようになります。SSSクラス冒険者となればギルドの持つ情報、全てを提示する事が出来るようになりますので、キノ様の知りたいことが全て判るかもしれません。もちろん、キノ様がお探しの勇者様の事もです。」


 先日の言動や、今のキノと芹香の状況からキノの探す勇者様と芹香は違う人物と読み取ったのだろう。オーウェルは暗に別の勇者の情報を得られる必要性を考えたのだ。

 

「キノ様と芹香ちゃんがどのように知り合ったかは判りませんが、是非芹香ちゃんを助けると思い、この願いをお受けいただけないでしょうか?」


 オーウェルは深々とキノへ頭を下げる。芹香はオーウェルがここまで考えていてくれたのかと思い直し、非難するような視線は消える。


「そんな事……考えた事なかった」


 芹香の呟きにオーウェルは頬をかきながら答える。


「ここまでの調べは出来ていたんだ。けど、どうやって公王様に直訴するかが難関だったんだよ。だから今まで伝える事が出来なかったし、エィムズやエヌも姿を表すことができなかった。

 だが!! キノ様達のおかげで最悪の状況から一転し、光明が見えてきた。今ならいけるんじゃないかと思う!!」


オーウェルの言葉に、キノは肯定の言葉を続けた。


「そうだね。

 僕も勇者さんの力になれるならいいと思うよ?

 勇者さんは僕に大切な事を教えてくれた。そのぐらいでお手伝いになるなら良いと思うんだけど……リル、いいかな?」

「はい、キノ様がそうおっしゃるのであれば。それに芹香は私にとってもお友達ですからね」


 リルは柔らかく微笑む。……この2人、本当に何があったのだろうか。

 芹香は嬉しそうに目じりが下がりそうになるが、すぐに思いなおしたように真剣な顔になる。


「リル……それに聖者様も。面倒な事に巻き込まれるかもしれないんだよ?」


 芹香の真剣な問いにキノは軽く答える。


「大丈夫、大丈夫。なんとかなるよ。」


 いかにも楽観的なキノの答えだ。だが、そんな軽い答えが芹香の心を軽くしたのだろう。今度こそ柔らかく微笑む。


「そうだね。それじゃ、お願いしようかな?」


 固唾を呑んで見守っていたオーウェルは、肩の荷が下りたとばかりにこわばっていた顔を崩し、笑顔になる。


「良かった。お受けいただけるんですね。

 キノ様、リル様……本当にありがとうございます。

 それでは王都への移動や提出用の報告書を作成しますので、隣室でお待ちください。すぐにエィムズとエヌも呼びつけますので。」


 オーウェルは最後にもう一度深々と頭を下げると3人を隣室へ案内した。


「うん、分かったよ」

「分かりました。それでは失礼します」

「じゃ、オーウェルさん待ってるね」


 キノ達は部屋を出るとそのまま隣室へと移動する。


「あ、そう言えば。一つ聞きたいことがあったの忘れてた」

「聖者様、私で答えられることならなんでも聴いてくださいっ!!」


 ポツリと漏れたつぶやきに芹香が笑顔で答える。


「うん、ありがとう。

 じゃ、聞くね。皆が魔王って呼んでたから魔王って呼んだけど、あの子の名前はトレマだったよね? 魔王って何の事なの?」


 その言葉に笑顔のまま凍りつく芹香、リル、サブであった。

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