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040 戦後処理 その1

「キノ様っ!! ご無事ですかっ!?」


 けたたましい音を立て、叫びながら階段を駆け上がって来たリルがマスター室へと入って来た。


「やぁ、リル」


 キノは何事もなかったかのように右手を上げる。


「「やぁ、リル」じゃありません!! 私達だけを安全な場所へと飛ばし……どれだけ心配したと思っているのですか……」


 涙がこぼれ落ちそうなほど大きく目を開き、リルはキノへと詰め寄る。


「そもそもっ!! 私は貴方の守護者なんです!! 有事の際に主を守護することが出来ぬなどっ……守護者を名乗ることすら出来ないでは無いですかっ!!」


 そのまま襟首を掴み、キノの懐に埋もれる。


「私はキノ様に守られてはいけないんです!! 私がキノ様を守らなければいけないんですっ!!」


 自分だけ安全な場所に飛ばされたのが相当ショックだったのだろう。リルの両目からは涙が溢れるようにこぼれる。


「あの後すぐに戻って来たくとも、キノ様の邪魔になってはならないと思い、遠くから戦いを見ることしか出来なく……どれだけっ……心配したと思っているのですか……」


 涙がキノの服にシミを作って行く。


「例えキノ様が神の使者で、私にとっては神のごときお方だろうともっ!! 危険だからと言って私を……今回のようなマネは……二度としないでください……」


 とうとう立っていられなくなり、膝を地面につけてしまう。


「もはや私にとってキノ様は無くてはならない大切なお方……

 キノ様のいないこの世界など、私にとっては色の無い世界。生きる意義などないのです。

 私の全てはキノ様の物です。身も心も全てお望みでしたら好きにしていただいていいのです。

 ……そんな私の思いを無視しないでください……」


 キノの服に顔をうずめ、責めるように呟き続ける。


「キノ様、聞いているのですか? 私は本当に怒っているんですから……」


 返事が無いことに業を煮やしたのだろうか、じっと黙っているキノをリルが見上げる。


「……(ぶくぶく)」


 キノは……泡を吐いてオチていた。


-----



「……う……うぅん」

「キノ様っ!! 大丈夫ですかっ?」


 キノが覚醒すると、すぐ近くに佇んで居たリルが飛んで来た。


「あ、うん。なんかさっきも同じ事聞かれた気もするけど……あれ?」


 上半身を起こし、周りを見渡すとここがマスター室で無いことに気付く。


「ここは?」


 セミダブルサイズのベットが2つと姿見。作業机、作り付けのクローゼットがゆったりと並んだ部屋で、キノにとっては始めて見る部屋だった。


「キノ様、申し訳ありませんっ!!」


 キノの問いに答えず、リルは勢い良く頭を下げる。


「動揺していたとはいえ、主の意識を刈り取ってしまうとはっ……守護者としてあるまじき行為っ!! どうかお許しくださいっ!!」


 謝罪するリルを見てキノは一連の出来事を思い出す。


「あぁ……あの後意識を失っちゃったんだね?」


 キノの呟きにリルはビクッとなり、耳はペタンと閉じ尻尾は股の間に入ってしまう。


「あ、気にしないで? 僕もあの時は勇者様の為にって熱くなっちゃったとなぁと反省してるから。

 そうだよね。リルはいつも僕の為に一生懸命なのに、危ないからって何も言わずに避難させたのは悪かったよね。次はリルも一緒にみんなを守ろう?」


 キノは穏やかに微笑むと、リルは感動に震え声を上げる。


「……キノ様」

「だからね、頭を上げてよ?」


 キノの優しげな声を受け、リルは口の端をきゅっと結び勢い良く顔を上げる。


「はい、キノ様!! 全身全霊命をかけてキノ様とキノ様が守ろうとする全てを絶対にお守り致しますっ!!」


 決意に篭った眼差しでキノをまっすぐに見つめる。


「えっと……命はかけなくていいからねっ?」

「……はい」


 決意を込めた端から折られ、微妙にしょんぼりするリルであった。


「リルも僕にとっては守りたい大切な人なんだから。」

「は……はいっ!! (大切な人って言われたっ!! 嬉しいっ!!)」


 すぐにキノのフォローが入ったからか、リルは頬を上気させながら嬉しそうに返事をした。


「それでここは?」

「あっ、はい。ここは……」

「聖者様っ!! お目覚めになりましたかっ?」


 リルが答えようとすると、大きな音を立て芹香が部屋に駆け込んで来た。扉の向こうでは床に陥没しているバーベルが見えるが……気のせいだろう。


「あ、君はあの時の……勇者……さん?」

「芹香って言います。それに私は"元"勇者なんで、名前で呼んでくれると嬉しいです」


 芹香はずずずいっとキノへ近寄り両手を取る。


「えっと、この前から思ってたんだけど聖者様って僕の事?」


 聞きなれない呼び方と妙にフレンドリーな芹香の行動に、リルの様子を横目で気にしつつ若干引きながら疑問で返す。


「はいっ!! 聖者様は聖者様です」


 引かれているとは露とも思わず、芹香は笑顔で答える。


《え……と、聖者……って何?》

《徳が高く、人格高潔で、生き方において他の人物の模範となるような人物のことをさす言葉です。主に特定の教会における教祖や高弟、崇拝対象となる過去の人物をさすことが多いです。》

《過去の人物って……僕死んじゃったの!?》

《違います。恐らく芹香さんは前半部分、人生の模範にあたる人物としてマスターを聖者と認識していると思われます》

《あ、そうなんだ? びっくりしたー》

《私としては今の説明で過去の人物=自分と認識したことの方が驚きです。》


 キノが念話でサブに問いかけると、的確に答えを返してくれた。ツッコミも的確だ。


「なんで僕が聖者?」


 キノが芹香に向き直って問いかけると、芹香は喜んで答える。


「はいっ!! 聖者様は私の傷を癒してくれた凄い人なので聖者様なんです。」


 全く身に覚えがなく、話も見えない。キノの頭の中にはてなマークが量産される。


「それに私の恩人の娘さん。ケイって言うんですけど、彼女も聖者様に癒してもらいました。

 止めは気絶をしながらも魔王まで追い返した事です!! 自分の身を犠牲にしてまで魔王を撃退するなんて、聖者様と呼ぶにこれほどふさわしい人はいませんっ!!」


 芹香は興奮し、顔を真っ赤に染めながらキノへにじり寄る。いつもならここでリルが引き離しにかかるのだが今回はにこにこと喜んでこの状況を見守っている。

 あまりの力説っぷりにキノは「ああ、そうなんだ」と返事をする事しかできない。

 

「だからっ!! 聖者様は聖者様なんですっ!! ……はぁ~、やっと言えた」


 言い切ったとばかりに芹香が肩で息をする。リルはすっと芹香の横に立ち、肩に手をおいて言葉を続ける。


「先程、私も色々と話を聞かせて頂きました。その結果、どうやら彼女は私と同じようにキノ様に救われたようなんです。」

「え……っと? 癒した覚えって……無いんだけど?」


 にこやかに言うリルにキノは困った顔のまま答える。


「ええ。ええ。キノ様は覚えてなどいないでしょう。キノ様の偉大なお力は、ただそこにいだけで多くの者を癒す素晴らしいお力なのですから。

 無自覚に多くの者を救っても仕方が無いのです。」


 訳知り顔でリルは頷く。大枠で言えばリルの意見は間違っていない……キノはただ寝ているだけで大抵の怪我が勝手に治るのだから。

 今回に関しては、気絶していた為に垂れ流さなかったのか大騒ぎにはならなかったようだが……

 キノはこれ以上話を聞いても理解出来ないと判断したのか、サブに声をかける。


《えっと、サブは分かる?》

《申し訳ございません。私にも分かりません。

 魔王が帰った後、リルが飛んできた所までは記憶があるのですが……》


 キノが眠りについている間はサブも意識を閉ざす為、癒しの波動の放出についてはサブも知らない。ついでにサブの呟きに全力で目を逸らすリルもしっかりと判っている訳ではない。


《ですが、このままでは話が進みません。リルも同意している事ですし、芹香さんが聖者と呼ぶのはやむを得ないものとして話を続けましょう》

《いいのかなあ?》

《最近の学習結果から、"ままあること"と判断されます。問題ありません》


 慣れとは恐ろしい。勇者から聖者と呼ばれる存在など、色々と問題の種にしか思えないのだが……

 さすがのサブと言えども、キノのボケに引きずられすぎなようだ。


《それよりも現在の場所と気を失ってから何があったのかを聞きましょう》

《そうだね。聞いておこうか》


 2人の念話を聞き、はっとしたリルは直ぐにキノへ現場を伝え始める。


「そうでした。こちらは彼女の働いている宿屋"儲け亭"で最上級の部屋を貸していただいております。

 あれからキノ様は丸一日お休みになられて居たのですよ? 体調の悪いところなどはございませんか?」


 リルの答えにキノは驚く。


「えっ!? 一日も眠ってたの?」

「ええ、ほぼ丸一日です。昨日の騒ぎがお昼少し前辺りで、今はそろそろお昼の時間ですから」

「3食も食べ逃したのっ!?」


 見当違いの方面でうなだれるキノへ、どこからか漂ってくる美味しそうな匂いが直撃しお腹が悲鳴を上げる。

 リルはやわらかく笑うと芹香へ目で合図をする。


「そうですね。詳しい話はオーウェルさんも聞きたいとおっしゃってました。お昼を食べた後、3人で冒険者ギルドに向かいましょう。芹香、ご飯は大丈夫?」

「ええ、大丈夫よリル。いつ起きても食べれるよう、ジェイさんに頼んであるから」

「ありがとう芹香。

 それではキノ様、食堂に向かいましょう」


 2人はまるで姉妹のように仲が良い。キノは目を丸くする。


「いつの間に2人は仲良くなったの?」


 キノの問いに2人は目を合わせると軽く笑い合う。


「聖者様でも」「キノ様でも」

「「内緒です♪」」

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