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039 魔王降臨 その5

 ハチマンを貫通し、部屋へと降り立ったキノは自分の体を見渡す。


「……はぁっ、はぁっ……終った……の?」

《戦闘に関してあれば終了と思われます。先ほどの魔族は力を失い、地面へと落ちていきました。

 万が一息が残っていたとしても、下にはリルも芹香さんもおりますので止めは討てるでしょう》


 キノは息を吐くと、張り詰めていた空気がしぼむようにそのまま座り込んだ。


「そっか……よかったぁ~」

《マスター、全てはまだ終っておりません。残っている魔族はいかがいたしますか?》


 サブの声を受け、思い出したとばかりに顔を上げる。


「そうだっ!! あの人達大丈夫!?」


 目の前には先ほどの治癒術で分かれた体が元に戻った男性が横たわっていた。キノはおそるおそるヴィクトールへと手を伸ばす。


「大丈夫?」


 が、返事は無い。


「どうしようっ!? 返事してくれないよっ!?」


 焦ったようにキノが叫ぶと、サブからの返答が来る。


《マスター、彼は意識がまだ戻っていません。脈拍、呼吸を確認する限りは大丈夫と思いますが……

 声を掛けるのでしたら後ろの魔王へと声を掛けるべきでしょう。》


 サブの言ったとおり、むき出しの大胸筋はぴくぴくと動いており、うっすらと穏やかな寝息が聞こえる。どうやら治癒術が間に合ったようで命を繋ぎとめる事ができたようだ。

 キノは顔を上げると、ゆっくりと視線を後ろに向かせる。そこには目を皿の様にキノを見据えるトレマが居た。


「あ……えっと、大丈夫?」


 トレマはキノの問いに答えず、じっとキノを観察する。


「えっ……えっと?」


 キノは固まってしまうが、トレマは構わず顔を近づける。


「あのっ!? 近いっ!! 近いよっ!?」


 すでに前髪が触れ合うぐらいに近づいた距離を、一旦離そうとキノがのけぞろうとするがトレマは手を伸ばしてキノの頭をがっちりとホールドする。


「えっ!? ちょっと!? 何っ!? なに~!?」


 逃げようとするが、頭はがっしりと押さえつけられて動けない。更にキノとトレマの顔が近づいてゆき……


「この目に走った血管の位置っ!! 間違いないっ!! 希様っ!! 希様ぁぁぁぁっ!! うぇぇ~~~ん!!」


 トレマはキノの頭から手を離すと、力いっぱい抱きついて泣き始めてしまった。


「何っ!? なんなの~~!?」

《残念ながら私にも判りません》


 サブの無常な答えに涙しつつも、キノはトレマが泣き止むまでうろたえるばかりであった。


 数分後、キノが街で見かけたお母さんが子供をあやす仕草(頭を撫でてあげる)を続けていると、トレマはぐずりながらも会話を始めてきた。


「グスッ……ヒック……希様、何があったのですか?」


 先ほどまでの圧倒的強者の雰囲気など微塵も無く、かすれるように小さな声で問いかけてきた。


「えっと……」


 キノが困ったように首をひねるとトレマも同じように首をひねる。


《マスター、もしかすると彼女は元の体の知り合いかもしれません》


 サブの言葉を聞いて、キノの口から言葉が漏れる。


「希って、もしかして僕の事?」

「……っ!?……」


 その呟きを聞いたトレマは小さく息を吸うと、目を閉じてうつむく。


「……やっぱり、そうなんだ?」


 か細く、絶望感に染まった声がトレマの口から漏れ出した。


「あっ……!? え……っと……」


 その呟きを聞いたキノはなんと答えれば良いか迷い、サブに相談をしようとした時。トレマは勢い良く顔をあげ、強い視線でキノを見つめた。


「答えなさい!! お前はクダンの手の者? それとも何らかの方法で希様と交じり合った存在?」


 震えてはいるが、その目はすがるように真剣だ。


《サブ……教えてあげて……いいかな?》

《私はマスターの決定に異論を唱えません。ですが彼女は魔王で、貴方の体は闇の精霊からすらも見放されるような人物……

 真実を知ればショックを受けるかもしれません。よろしいのですか?》

《うっ……それを聞くと聞きたくないかも……でも、彼女もショックだよね? 誰も元の体には気付かないってサブが言ったのに気付いたぐらいだし? 相当親しい人だったんじゃないかな?》

《……そうですね。どのような方法か判りませんが、髪や目の色、更に雰囲気まで変わっているというのに、真っ直ぐに気付いたのですから。

 マスターの言うように全てをお話してもいいかもしれません》

《じゃ、いいかな?》

《マスターの仰せのままに》


 念話でサブに了承をとり、キノは真剣な目でトレマへと向き直る。

 キノの視線を受け、トレマの目に揺らぎが生じたがすぐに揺らぎは消えた。


「まず、最初に言っておくんだけど。僕はただのスライムだったんだ」


 あまりに予想外な答えだったのか、トレマは目を丸くする。


「えっ!?」

「僕は勇者様に助けられてこの肉体と同化する事になったんだ。ちょっと長いけど、聞いて貰っていいかな?」


 そのまま勇者にオークから助けて貰った事を話し始めようとしたキノだったが、目の前に置かれた手で会話をさえぎられる。


「いや、良いや。今の言葉とさっきの行動で全部分かったよ」


 さびしげに笑って言うトレマの言葉に、キノは続く言葉を飲み込んだ。


《さすが魔王、1を聞いて10を知る。……ですか》

《10を知る?》

《会話の一部分を聞き、全ての内容を把握する事ができると言う非常に理解力のある人を差す言葉です》

《ふぅん、じゃ、僕の事情を全部分かったんだ? 凄いね》

《ええ、どのように推測したのか判りませんが、さすがに魔王と呼ばれるだけはありますね》


 キノの中ではこのような会話がなされていたが、トレマの中ではまったく別の意味に捉えられていた。

 キーワードは「勇者に助けられたスライム」、「先ほどまでに見せた驚くほどの力」、「神獣を従者にしている」、「"勇者の意思を継ぐ"と叫んだ言葉」、「クダンとハチマンを倒した実績」だ。


「そっか……希様、僕に自由を与える為にわざと騙されていたんだ。

 魔神の力をその身に宿すことできっとボロボロになりつつも、私の為に神殺しを行って見せて……」


 トレマは呟くとまっすぐにキノを見る。


「そして貴方に全てを託したんだね?

 希様、あんなに冷たく当たって見せていたのは、やっぱり演技だったんだ。本当は私の為だけに頑張ってくれていて……

 そして貴方は希様の仇を討つ為にクダンとハチマンを……

 そうだよね。僕を魔王と知りつつ助けるなんて普通なら考えられない。ハチマンをあんな簡単に倒せるなら、僕達がやられた後でハチマンを倒せば良いもんね。

 と言うことは……最終目標は魔神を討つ事? ……その為に各地の勇者を鍛えている?

 ……ということはっ!? まさか最初にここの勇者を復活させたのはクダンをおびき寄せる為!? でも希様は何を考えてスライム程度に後を任せたの? 

 いえ、さっきの力は……希様の事。きっとスライムに己の肉体を含め、全てを託せば魔神にも対抗できる事を知って? そうよ。希様ならきっとそこまでお考えの上なのよ」


 所々、聞き取れるか聞き取れないか程度の声量だった為、キノの耳には届かない所もあったが、トレはマしきりに納得している。


「スライム!! いや、キノと名乗ってるのよね? 貴方はのぞ……いえ、勇者様に意志を託されたのね?」


 トレマは勢い良く顔を上げ、キノの目をしっかと見る。キノはその視線に答えるように力強く頷く。


「うん。僕は勇者様の為に生きるって決めたんだ」


 その言葉を受け、トレマは自分の考えが間違いないことを確信した。(大間違いだが)


「そう。あの方が全てを託したんだね……

 ……なら、僕も意思を継ぐべきだ。

 それにもうあの方が居ないのなら、言い寄る女も居ないし人間を滅ぼす必要も無い……か」


 トレノは確認するように言葉を出すと、決意を固めていく。だが、最後のくだりを聞いたキノは驚いたように問いかける。

 

「えっ!? 人に酷いことするのっ?」


 その問いに思考から戻されたトレマはキノへ向かって手を振る。


「あははっ、しないしない。もうする必要も無いしね」

「本当?」

「うん、約束するよ」

「そっか、よかった」


 キノがあからさまにほっとするのを見てトレマは微笑む。


「それも勇者様から頼まれたんだね?」

「えっと……そうなるのかな? うん」

「そっか。早まらなくて良かったよ。キノ、ありがとうね」


 寂しそうに笑うと、すぐ何かを思い出したようにキノへ頭を下げる。


「あっ、そうそう。

 ヴィクトールを助けてくれてありがと。あの方の次に信頼してる奴だから助かったよ」

「うん、呼吸も正常みたいだし、そろそろ起きるんじゃ無いかな?」


 照れたようにキノが答える。すると、まるで空気を読んだかのように、ヴィクトール、エクスティアの2人がうめき声を上げる。


「うぅん……」

「ぐっ……」


 その様子を見てトレマは表情こそ寂しげな笑顔のままだが、目尻が一段と下がったように思える。

 

「あぁ、2人共目覚めたみたいだね。おはよう」


 2人の耳がかすかに動くと、揃ったように立ち上がり上空に視線を走らせる。


「おのれっハチマンっ!!」

「姫様っ!! ご無事ですかっ!!」


 慌ててハチマンを探す2人にトレマは声を掛ける。


「あははっ、もうハチマンは居ないから安心していいよ? それよりもこの人にお礼を言いなよ。彼が居なければ僕達はここに居ないんだから。」

「はっ!! ……なっ!? 貴殿はっ……」

「失礼致しましっ!! ひっ!?」


 振り返ってトレマの方を向いた2人は凍り付く。


「希殿? いや、似てはいるが雰囲気が……?」

「姫っ!! その男から即刻離れてくださいっ!! 姫はその者に良いように騙されているのですっ!!」


 ヴィクトールは呟くように。エクスティアは喚くように声を上げる。


「同一人物だけど別人だよっ♪ それにエクスティア、何度も言うようだけど希様はそう言う人じゃ無いからね?」


 前半は楽しげに、後半は顔をしかめて諭すように答える。


「いえっ、それは姫様がだまされっ……いえ、なんでもありません。それより別人でしたか、失礼しました」


 エクスティアは言いよどむが、雰囲気を察したのだろう。すぐに言葉をつぐむ。


「ふむ……姫がそう言うのなら。ですがハチマンについてはお聞きしても?」


 ヴィクトールは一瞬訝しげな表情になるが、すぐに話題を変える。


「そうだね。真っ二つになったのは覚えてる?」

「はっ。死したものと思っておりました」

「まっぷたつっ……!?」

「あぁ、エクスティアはその前に倒れたから知らないか。

 君が倒れた後、ハチマンの攻撃でヴィクトールが真っ二つになってね。僕もやられそうになったんだよ♪ その時に彼が助けてくれたんだ。」


 そう言ってトレマはキノを見る。続けてエクスティアがキノに視線を走らせるが、すぐにトレマへと戻す。


「……どう見ても……魔の気配はかすかに感じますが、ただの人間かと?」

「うん。その彼がね? 不意打ちとはいえ、僕達を殺す手前まで追い詰めた攻撃を消滅させ、魔神から力を授かったハチマンを倒したんだよ♪」

「……っ……!?」

「魔神様のっ!?」


 ピクリと眉を動かす程度のヴィクトールとは対照的に、エクスティアは目を見開く。


「姫のお言葉を疑うようで申し訳ありませんが……この人間風情が? いやっ、それよりも何故魔神様の加護を受けたハチマンが我々に攻撃をっ!?」


 困惑するエクスティアにトレマは答える。


「僕が調子に乗ったところでぷちっと潰し、絶望を味わわせたかったらしいよ? つまり僕は魔神のおもちゃだったって訳だ」

「なっ!!」

「えっ……? なっ!? どっ……?」


 この言葉は流石に聞き捨てならなかったのか、ヴィクトールが目を見開く。

 エクスティアは理解が追いついていないのか言葉が出てこないようだ。


「だから彼は僕達の命の恩人。特に君達は治癒術を掛けて貰えなければ間違いなく死んでたよ?」


 トレマの言葉にヴィクトールは頷き、キノの前に跪く。エクスティアは今だ混乱してヴィクトールを眺めている。


「良くぞ姫を守ってくれた。遅くなったが礼を言わせていただこう。

 ついでに、我が身も救っていただき感謝の言葉のしようも無い」


 ヴィクトールは深々と頭を下げ、額に拳を作った右手で抑え……ロダンの考える人のようなポーズでお礼を言う。ヴィクトールにとっては最上の敬意を表すポーズだ。

 エクスティアはそのことに全く触れず、ヴィクトールへと詰め寄る。


「何故っ!? 何故人間が我々魔族を助けたのですかっ!? ヴィクトール、貴方は何所まで知っているのですか!?」

「エクスティア!! 混乱するのはわかるが、時と場合を考えい!! 今は姫を救っていただいた礼を言うべき!!

 自分の命も救って貰ったというのに礼一つも言う事が出来ぬのかっ!!」


 ヴィクトールが軽く頭を上げるとエクスティアを一喝する。


「はっ!? そっ……その通りでした。

 姫を救っていただき、誠にありがとうございます。それに私の傷も癒していただき…」


 反射的にキノへ深々と頭を下げるエクスティアを見てトレマも満足げに頷く。


「あっ、いやっ、勇者様のお言葉に従っただけだから」


 3人のやりとりに気後れしていたキノだったが、お礼を言われた事で素の返事を返してしまう。


「うん♪ これで僕達はキノ君に借り1って所かな。この借りは……必ず返すよ♪

 さっ、ヴィクトール、エクスティア。すぐに王都へ戻るよ。

 クダンとハチマンの穴埋め。それと魔神への対策を話し合わないとね。あぁ、そうそう。彼と約束したから人間に手出しした奴はぷちっと潰すね♪」


 トレマはきびすを返し、窓から飛び上がるとキノへ振り返らずに空へと駆け上った。


「姫っ!? くっ、小僧。礼は必ずする」

「姫っ、お待ちください。転移を開きます!!……人間、少しだけ見直しておきましょう」


 ヴィクトール、エクスティアも続けて飛び上がる。

 飛び去ろうとする後姿を見て、キノは元の体の主について聞き忘れたことを思い出し、大声で叫ぶ。


「あっ!! まだ聞きたいことがー!!」


 トレマは空中で静止するが、後ろを振り返らない。


「今は急いでるんだ。ごめんねっ♪」


 その声は先ほどまでと違い、鼻声のように聞こえた。


「行きますっ!!」


 エクスティアが腕を振るうと、宙にオクタグラムの魔法陣が描かれる。


「【転移】!!」


 エクスティアの声が響く中、ほんの僅かだけトレマは振り返りよく通る声で言った。


「力を合わせて、魔神を倒そうね♪」


 その声を最後に、3人は光の結晶となってその場から消えた。

 3人が消え、晴れ渡った青空からキノの頬へ冷たい雫が落ちてきた。


「えっ?」

《彼女の涙ですね。振り返った彼女の顔ですが、涙に濡れていました。今はそっとしておきましょう。気になる箇所は多いですが、また会った時に伺いましょう。》

「うん。そうだね。」


 こうして、ソルトの街を襲った大事件はキノの活躍? により、無事集結を迎えるのであった。

 

 お読み頂きありがとうございます。

 ここで一旦更新が止まります。またキリの良い所まで書けたら見直しをかけつつ連続投稿させていただきますので、少々お待ちくださいませ。

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