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038 魔王降臨 その4

「……なっ!?」


 制御が切れたからか、トレマの収束した魔力が軋みを上げて消失し、ヴィクトールとエクスティアの障壁が音を立てて砕け散った。

 翼を横に切り裂かれたヴィクトールとエクスティアはバランスを崩し落下する。前方に力を集中しすぎたため、後ろの防御が疎かになったのだろう。


「くっ……ふふふふふっ……ふぁーっはっはっはっ!! やった……やったぞっ!!

 これで邪魔な3人を排除出来たっ!! これで魔族は俺様の物だっ!! ひゃーはっはっはっ!!」


 一対の羽が無事だったため、かろうじて落下は免れたものの、フラフラとしながら後ろを向いたトレマは目を細めて後ろに立っていた人物を見た。


「……ハチマン……何の真似?」


 トレマの視線の先に居たのは、炎を吹き出して地面に墜落したはずのハチマンだった。

 燃えたはずのローブはコゲひとつ無く頭まですっぽりと被っているが、トレマにはそれがハチマンであると分かっていたようだ。


「何の真似? ひゃっははっ、お笑い草だねぇ。

 アンタが魔王様にした事と同じことをやっただけさっ!」


 下卑た男性の声が響く。


「今の魔王は僕なんだけど?」

「っるせぇっ!! てめぇが魔王だなんて俺は認めねぇっ!!

 仕方なく付き従っていたが……ずっとこの機会を待っていた。人間なんぞに誑かされたテメェは、いくら力があろうと魔族以下なんだよっ!!」


 叫び終わると同時にハチマンのローブの端がキラリと光る。


「地面に落ちなっ!!」

「キャッ!?」


 光が一閃するとトレマの背中の羽が根元から切り飛ばされた。

 トレマはそのままバランスを失ったように部屋の中に墜落していく。


「姫っ!!」


 間一髪、先に降り立っていたエクスティアが抱きとめる。


「ハチマンっ!! 何を考えているのですかっ!? 姫に刃を向けるなど……それでも魔族の端くれですかっ!!」


 エクスティアが宙に浮かぶハチマンへ叫ぶが、帰って来るのは嘲笑の声。


「ぶぁ~か!! 魔族だからこそ刃を向けるんだよ!! ひゃっはははっ!!」

「どう言うことだっ!!」


 嘲笑に対しヴィクトールが叫ぶ。


「どう? どうって、こういう事だ……よっ!!」


 再度ローブの端が光ると、漆黒の短剣5本が虚空に生み出される。短剣は剣先をヴィクトール、エクスティア、トレマに向けると怪しい光を放つ。


「くっ……」

「姫っ!!」


 エクスティアが抱き込むようにしてトレマを庇い、ヴィクトールは両手を前にして再度黒い盾を呼び出す。


「ひゃ~はっはっ!! そんなもん魔神様のお力の前には紙くず同然なんだよっ!!」


 ハチマンが笑うと短剣が闇の光となり、三人へ降り注いだ。ヴィクトールの構えた盾に光が触れた瞬間、盾はまるでガラスのように砕け散る。


「ぐあああぁぁぁぉぁっ!!」

「ヴィクトールッ!!」


 そのまま銀光はヴィクトールの体を突き抜け、トレマに覆いかぶさるエクスティアを貫く。


「キャァァァァァ!?」

「アッ……アァァァァァッ」


 二人分の悲鳴が響き、エクスティアはそのまま床に倒れこんだ。

 ヴィクトールはかろうじて立って居るが、エクスティアは息も絶え絶えだ。二人の足元には血の水たまりがじわじわと広がってゆく。

 トレマは全身の至る所に短剣が突き刺さっていたが、地面に膝をつきハチマンへと叫ぶ。


「魔神様のお力ってどう言うことっ!? 魔神様のお力を受け取ったのはあの方だけのはずっ!!」


 荒い息を吐くトレマヘ、ハチマンは嘲笑を含んだ声で言う。


「ひゃっはははははっ!! めでてぇなっ!! あんたも魔族なら魔神様の好物ぐらい知ってるだろう?

 ぜ・つ・ぼ・うだよ。

 あの人間が神を殺し、調子に乗ったお前らを俺が裏切る。その時の絶望を見たかったって言うのが魔神様のお言葉だ。

 クダンがああなっちまったから結果を聞けなかったのが残念だが、この国に居たってことはあの人間も絶望の中で死んだんじゃねぇの? ひゃーっはっはっはっ」


 その言葉を聞いたトレマはその場で崩れ落ち、ハチマンの狙い通り絶望に満ちた顔で力無く呟く。


「そっ……そんなっ!? あの方が……死ぬはず無いっ!!」

「ひゃははっ!! その顔っ!! その顔が見たかったぜぇぇ!! 俺の中の魔神様の血が歓んでるうぅっ!!」


 ひとしきり笑った後、真面目な声色に戻ったハチマンはローブを揺らす。


「後はその絶望に染まった魂を魔神様に捧げなっ!!」


 ハチマンが静かに言うと、ローブから死神が持つような漆黒の鎌が顔を覗かせた。


「死ねぇっ!!」


 ローブが大きく揺らめくと、漆黒の鎌が円を描いてトレマへと飛んで行った。


「姫様ぁっ!!」


 ヴィクトールが鎌とトレマの間に体を割り込ませる。


「無駄だっ!! 魔神様の鎌は対象を狩るまで止まらねえっ!!」

「ぬうぅぅぅっ!!」


 ヴィクトールはその剛腕を持って鎌を殴りつける。

 だが鎌は全く抵抗を感じさせず、ヴィクトールの剛腕を二枚におろし上半身と下半身を2つに分ける。


「ヴィクトールっ!?」


 ヴィクトールの抵抗虚しく、鎌は勢いを衰えずにそのままトレマへと飛ぶ。


「っいやぁぁぁっ!!  希様ーっ!!」



----



 時間は前後して、トレマ達が後ろから襲われた瞬間に戻る。




 離れた所ではキノ達が呆然と成り行きを見守っていた。


「助かった……の?」


 芹香が脱力してへたり込む。


「分かりません。ですが安全では無さそうです、お二方を安全な場所へ移動させましょう」


 リルは絶賛気絶中のオーウェルと、ソファごと部屋の端まで飛ばされていると言うのにまだ気持ち良さそうに寝ているシエルのを見る。


「……この騒動で良く起きないよね?」


 芹香がジト目でシエルを睨む。リルは芹香の言葉を受け、分からない程度のため息を漏らし、全員を庇う形で前に立つ。


「私は警戒の為に残ります。キノ様と貴方は、2人を連れて階下の安全な場所へ移動して下さい」


 全神経を眼前で起こる戦闘のみに集中し、絞り出すような声で言う。


「えっ!? 駄目だよっ? ここは危ないんでしょ? リルも逃げようよっ!!」


 キノはオーウェルとシエルを持ち上げながらリルに叫ぶ。

 強大な力を得、人としての常識? を得ようと、元々の性質が失われるわけではない。諍いに巻き込まれるだけで簡単に死んでしまう存在だった自分(スライム)は、ここにいてならないと本能が悲鳴をあげる。

 その声に従う事を非難する者はここにはいない。

 だが、事情を知らない芹香はそんな2人を見て、何かを決意すると両手で頬を叩く。

 高い音が響き、キノとリルは芹香の方を見る。


「ううん、私が残る。これでも元勇者よっ!! 聖者様とお供の人、それに意識の無い人達を危険に晒せないわっ!!」

 

 すでに足の震えは止まっている。強い意志の篭った瞳でキノとリルを見る。


「………勇者?」


 その瞳を見てキノの動きが止まる。


「君が……勇者?」

「そう。私は聖槍に選ばれた勇者の1人」


 キノの問いに力強く芹香が頷く。対してキノは困惑した表情になる。


「僕の知っている勇者様とは違う……」

「聖者様の知っている勇者は別の国の勇者かもね? 聖武具の数だけ勇者っているから」

「そう……なんだ?」

「そう。この世界では異世界人だったら誰でも勇者になれるんだ。

 でもね、私の世界で本当に勇者って名乗れるのは、誰もが逃げ出したい時、弱い誰かを救う為に立ち上がれる人のことを言うの。

 私は今までただの勇者だったけど、今からでも……本当の勇者に私はなるっ!!」


 その言葉を聞き、決意の表情を見たキノの中で何かが弾けた。

 キノは自分の中の悲鳴を無理やり抑え込むと、囁くような口調でサブへ問いかける。


「ねぇ、サブ?」

《何でしょうか、マスター》

「勇者様も同じことを言うかな?」

《私が産まれる前なのでどのような行動か答えかねます。

 ですが、芹香さんの言葉を借り、ただのスライムであるキノ様を救った恩人であるならば、そう答えるでしょう》

「そっか……」

《マスター、私はマスターより産まれた存在。マスターのご自由に生きてください》

「……ありがとう。じゃあ、足りない所を助けて貰って良いかな?」

《かしこまりました》

「アレって……いける?」

《アレ……ですね。目の届く範囲であれば問題なく。》


 全ての覚悟を決めたキノは大声で叫ぶ。


「じゃ、行くよっ!! 【空間操作】っ!! 勇者さん、リル、オーウェルさん、シエルさんを下の人が一杯いる所に転移っ!!」


 それまでぶつぶつと呟くキノを黙って見ていた芹香と、全神経を眼前の戦闘に集中していたリルがキノの叫びに反応する。


「えっ!? 転移っ!?」

「キノ様っ、何をっ!?」

《対象、把握固定します……完了。転送します。マスター、発動を。》


 2人の戸惑いを他所に、サブが微調整を済ませる。


「転移っ!!」


 キノの言葉をキーワードに、キノへ駆け寄ろうとするリル、光る槍を構えた芹香、泡を吐いたまま気絶しているオーウェル、高いびきをかき続けるシエルの姿が消え去った。


「よしっ!! サブ、行くよっ!!」

《はい!!》


 振り向いたキノの目に映ったのは2つに切り裂かれたヴィクトール。トレマに襲いかかる鎌。そしてただの少女のように絶叫するトレマだった。

 その光景を見てキノは何かを決めた。

 

「弱い誰かを救う……」


 キノはポツリと呟くと鎌へ手の平を向け、叫ぶ。


「えいっ!!」


 手の平から放たれた赤い光はトレマへと向かう漆黒の鎌を飲み込む。漆黒の鎌は音を立てずに蒸発し、キノが手の平を閉じると赤い光も消えて行く。


「なっ!?」

「……え!?」


 驚愕するハチマンとトレマを余所にキノはヴィクトールの元へ駆ける。


「間に合う?」

《間に合いますが、相手はまぞ》

「フォローお願いっ!! 治れっ!!」


 サブは反論しようとするが、キノはその声を無視しヴィクトールへと両手をかざす。


《……マスターの御心のままに。》


 ヴィクトールの体を優しい光が包むと2つに分かれた体が1つになり、体の傷も消えて行く。


「君達もっ!!」


 トレマを背中に庇い、ハチマンを睨みながら、後ろ手にエクスティアとトレマへ癒しの魔法を使う。

 キノの手から放たれた優しい光は2人の体を包みこむ。意識の無いエクスティアは光に包まれると傷が消えて行き、トレマも光に包まれて行く。


「なんで……?」

「ひゃっ……ひゃははっ!! バカめっ!! その短剣は魔神様の力が込められている。治癒術程度じゃっ……へっ?」


 トレマへと深く突き刺さった短剣は、黒い粒子となって虚空へと消えて行き、傷が瞬く間に消えてゆく。

 効くはずが無いと笑っていたハチマンは間抜けな声を出すと口を開いたまま固まってしまった。


「……なぜだっ!! 何故魔神様のお力を退けられるっ!?」


 うろたえるハチマンの声はキノに届いていない。

 キノはぶつぶつと呟くとハチマンを見る。


「僕は勇者様にご恩返しをするんだ……勇者様の意思に、僕は従うっ!!」

「勇者の……意思?」


 キノの言葉を、行動を、眼差しを。後ろで見るトレマがぽつりと呟く。

 その間も、キノはハチマンへと手の平を向けると、赤い光【熱線】が放たれる。


 「速いっ!?」


 ハチマンは避けることも出来ず【熱線】をその身に受ける。


「くっ!! ……あぁ? 」


 【熱線】はそのままハチマンを貫くかと思われたが、ハチマンの体表で弾け飛ぶ。


「ひゃっ……ひゃひゃひゃっ。ひゃーはっはっはっ!! そうか、聖槍の影響から外れたのかっ!!」


 ハチマンは得心が行ったかのように高笑いを響かせる。

 トレマを裏切ったとはいえ、魔王四天王の一人で魔人の加護を得た者。【闇の衣】により、聖なる武具による恩恵がなければ傷つける事は出来ない。


「脅威がねぇ今、テメエなんぞ怖くもなんともねぇ!! ……だが俺様を焦らせた代償は高ぇ!! 魔神様に頂いた全ての力を使って跡形も無く消し去ってやるっ!!」


 余裕が出来たためか下卑た笑いを浮かべ、ローブからシワ枯れた右手を覗かせた。

 その手には漆黒の槍が出現し、周囲の光を吸い込んでゆく。


《マスター、先ほどの魔法は【闇の衣】に弾かれました。

 マスターのお力【吸収】を体表に展開させることで【闇の衣】を食い破る事が出来ると予測しました。サポート致しますので【魔力付与】の要領で展開して下さい。》

「分かった!!」


 キノはサブの声に従い、全身に【魔力付与】と同時に【吸収】の能力を行き渡らせる。


(これって……)


 スライムだった頃、常に体内に感じていた力が今は体表に流れていることに気づく。


「行くよっ!!」


 キノは宙に浮かぶハチマンを目標に定め、全力で地面を蹴って飛び上がった。本日2度目の体当たりだ。


「ひゃーっはっは!! 的が自分から飛び込んでくるたぁ、手間が省けたぜっ!!」


 ハチマンは漆黒の槍を逆手に構える。キノの体当たりが体表で止まったところで串刺しにするつもりなのだろう。


「ひゃーっはっはっ!!  今っ……だっ?」


 キノの体当たりは、ほんの一瞬だけハチマンの直前で止まったかに見えたが"少し引っかかったかな?"程度でそのまま突き進む。

 そのままキノの体当たりはローブの中央部に大きな風穴を開け、後ろへと突き抜けた。


「なん……だと?」


 ハチマンは自分に開いた風穴と、勢いそのままに上空へ飛び上がったキノの行方を見つめると、そのまま目から光が失われ、地面へと落下する。

 

「……嘘」


 全てを見ていたトレマは、信じられないものを見るようにその決着を見たのだった。

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