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037 魔王降臨 その3

 あまりにも空気を読まない発言を受け、トレマは怒気を(あらわ)にキノのいる方向を睨みつける。


「はっ!? アンタ……何言ってるのか分かってるの?」


 雰囲気を壊されたことに気分を害したのか、先程までの楽しそうな口調は一転し苛立った口調へと変わっている。


「うん、自己紹介だよね?」

《マスター、お待ちください。今はそのような場合ではございません》


 サブはそれ以上キノが空気を壊さないよう静止するが、キノの答えを止めることは出来なかった。


《あっ、ごめん。何か言った?》

《いえ……マスター、手遅れです》


 すぐに気付いたキノではあったが、最早手遅れ。サブに実体があればしかめっ面で頭を抱えて居ただろう。

 トレマは怒り溢れ、怒気隠そうともせず目は釣りあがり殺気が膨れ上がっていた。


「今、僕は君達をぷちっと潰すって言ったんだよ? 分かんない?」

「え……っと?」


 リルや芹香の背中に視線はさえぎられているが、さすがに怒気を感じ取ったのかキノは言葉に詰まる。


《え……と。やっちゃった?》

《間違いなくやらかしました》

「その女が僕の申し出を断ったからだよっ! 聞いてたでしょ!! ってか、アンタがキノって奴だよねっ!? だったらそこの女に跪いて許しを請うように言いなさいよっ!! 今だったら命だけは許してやるからっ!!」


 トレマの言葉にリルが反応する。


「キノ様が跪けというのであれば、そのようにいたしますが?」


 淡々と答えるリルだが、その目は剣呑な雰囲気を放っている。キノへ怒気を向けるトレマへ今にも襲いかかりそうだ。


《相手の実力が判りません。ここは素直に従い、去っていただくのが一番でしょう。リル、ここは怒りを抑えて謝るのです》

「……かしこまりました」


 素直に頷くと、リルはその場で地面に膝をつき頭を垂れる。


「魔王様、この度は申し出をお断りさせていただき、誠に申し訳ございませんでした。……これでよろしいでしょうか?」

《リル、ありがとうございます。マスター、ここで空気を壊す発言は危険です。ここは素直にリルの発言に乗る形でお願いします》

《うん、判った》


 裏でキノ達が相談している事を知る良しもないトレマは、リルが頭を下げた事で多少は溜飲を下げたようだ。


「そう。最初からそう言えばいいのよ。で? 私の配下になるんでしょ?」

「あ、それは無理です」


 ……と思ったが、またも同じ事を繰り返した。


「な・ん・で・すっ・てぇぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~~~~!!!!!!!!」


 間違いなく怒りが爆発した。


「キノぉっ!! 今すぐ前に出て説明しなさいっ!!」


 その言葉に応え、素直に前に出ようとするキノ。


「あっ、うん」

「聖者様、駄目です!!」


 芹香が庇おうとするが、リルが手で制する。


「お待ちください。突如怒った魔王に対し、キノ様には何か考えがあっての行動でしょう。ここはお任せください」


 どうやら自分が原因とは露ほども思っていないようだ。


「……分かりました」


 尚も引き下がろうとするが、お付きの人が言うなら……と大人しく引き下がる。リルと芹香がキノの前から退くと同時に、トレマはニヤリと笑った。

 

「燃えろっ!!」


 瞬間的に右手に火炎球を作り、芹香とリルの間-後ろに居るキノへ向けて放った。先程放った火炎球が街半分を焦土と化す威力であれば、今回は建物2・3戸を灰と化す程度の威力だ。だが、生身の人間がそんな威力の魔法を食らっては間違いなく死ぬ。


「わっ!?」

《マスター、危ない!!》


 キノが火炎球を見て無意識に手を伸ばす。……覚えているだろうか? 砂漠のど真ん中でキノが放った水魔法を? あまりの事に驚き、キノはその水魔法をつい・・放ってしまった。


「……っんなっ!?」


 水の威力は恐ろしく、火炎球を簡単に消し去るとそのままトレマへと向かって行った。


「ちっ!!」

「ぐうっ……」

「っキャッ!?」


 キノに避けるよう言われていた芹香とリル、泡を吹いて倒れていたオーウェルには被害一つ無かったが、トレマ・ヴィクトール・エクスティアに水の奔流が襲い掛かる。

 今回の"水魔法"は魔力のタメが無かったからか、すぐに勢いが弱くなりギルドの向かいにある建物10棟を倒壊させるにとどまった。そしてその奔流をまともに受けた3人は水流に飛ばされたかと言うと……そこまで容易くは無い。


「くっ……姫っ、ご無事ですか?」

「後ろで魔力を貯めていましたのね……恐ろしい威力でしたわ……」


 流石は魔王とその護衛といった所か。ヴィクトール・エクスティアがトレマの前に立ち、全力で水流を防いでいた。ヴィクトールはなぜかオリバーポーズ(ボディビルのポーズの一つ)だったが……


「ヴィクトール、エクスティア、ご苦労様。

 まさか僕に気付かれず魔力を貯めていたとはねぇ~♪ 正直びっくりしたよ?

 一回攻撃しても良いって言ったの覚えててずっと貯めてたんだぁ? 意外と食えないねぇ。

 ヴィクトールとエクスティアを多少は消耗させたみたいだけど? 僕はぜんっぜん痛手を受けてないよ♪ 残念? ねぇ、残念だった?」


 水をかぶせられただけに怒りも多少は収まったのだろうか? もしくはキノの魔法の威力を見て、多少は面白そうと思ったのかもしれない。

 威力の強さから、長い時間魔力をためて居たと思っているようだが……

 トレマは上機嫌になると、体の回りに先程と同等の大きさの火炎球を発生させる。


「さっきは1個だけだったから力負けしたけど、今度はどうかなっ? さっきと違って魔力を貯める時間はないよ~♪」


 トレマは火炎弾に向かって手をかざすとヴィクトール、エクスティアへ声をかける。


「2人は待機ねっ♪ この魔法使いも結構やるみたいだからペット候補に加えておくよっ。十分遊んだら連れて帰るからね?」

「はっ!!」

「了解っ!!」


 2人の返事を聞き、かざした手をキノ・リル・芹香の3人にむかって振り下ろす。


「じゃ、戦闘再開ねっ♪」


 トレマの周囲に発生していた9個の火炎球がトレマの言葉に合わせ、1人3個づつ向かってゆく。


「これならっ!!」


 芹香が叫んで【くしかつ】を振るうと槍の先から数十本の光る串が飛び出す。


 光る串と火炎球が正面から衝突すると、少しづつだが火炎球が削れて行き、残り3つまで減った。

 最後には芹香が飛び込み【くしかつ】を振るうと残った3個も吹き飛ぶ。


「ふぅん、さっすが勇者♪ やるねぇ~♪」

「くっ……はぁっ……はぁっ……」


 芹香は肩で息をするが、トレマは上機嫌で次の攻撃に移ろうとする。


「今ですっ!!」


 追撃とばかりに魔力球を発生させようとしたトレマへ、リルが側方より切りかかる。


「っぶなぁ~。何時の間に近づいたのっ!?」


 残念ながらセーラー服の端を切り裂いたのみで留まったが、トレマの体勢が崩れた。


「キノ様っ!! 今ですっ!!」


 いきなり目の前で始まった戦闘に呆気に取られていたキノだが、リルの言葉を受け、戦闘の基本を思い出す。


(確か遠距離から牽制して……一気に距離を詰めるんだよねっ。)

「えいっ!!」


 キノは使い慣れた魔法"熱線ブラスター"を放つ。


「ふっ!!」


 キノの指から飛んだ魔法をトレマはギリギリでかわす。


《サブッ、フォローお願いっ!!》

《判りました。全力で魔力調整をいたします》


 キノは【魔力付与】を用いて全身に魔力を行き渡らせ、全力でトレマ目掛け突っ込んでいった。スライム最大の攻撃方法"体当たり"だ。


「はやっ!?」


 これにはトレマも全く対応出来なかった。キノの頭突きがトレマの胸に決まり、トレマは衝撃をこらえきれず遠くに吹っ飛ぶ。


「トレマ様っ!!」

「くっ!! エクスティアっ!! 援護をするっ!! ワシはここで足止めをするっ。姫の無事を確認して来いっ!!」

「判りましたわっ!!」


 ヴィクトールとエクスティアはすぐに打ち合わせを行い、エクスティアがトレマが飛んだ方へ駆け出し、ヴィクトールがキノ達の前に立ちはだかった。


「行かせんっ!!」


 更に追撃で"熱線"を放とうとしたキノへヴィクトールは体当たりをかけようとする。


「させませんっ」


 リルがキノの横に立ちはだかり、ヴィクトールの体当たりを受け止める。


「くっ!?」

「リルッ!!」


 元の質量が違いすぎたか、リルはヴィクトールの体当たりをいなしきれず、そのまま壁際へ吹き飛ばされる。

 キノは"熱線"の照準を咄嗟にヴィクトールへ向け、放った。


「ぐうっ……タメ無しにココまでの威力っ!?」


 リルが間に入ったからか、"熱線"が間に合いヴィクトールの右足を貫く。


「わっと」


 軸足に傷を負い、一気に勢いの無くなった体当たりをキノは余裕を持って避ける。


「ふふふ、思った以上の剛の者……滾って来た……滾ってきたぞぉぉぉぉぉ!!」


 キノ達とヴィクトールがわずかな間を開け、睨み合うとヴィクトールが喜びに打ち震える。


「今こそ我が魔力を開放する時! 全力で相手してやろうっ!!」


 ヴィクトールがふんどしに手をかけ、一気に引き摺り下ろそうとしたその時。


「ヴィクトール、どけ」


 静かだが、威圧的で暴力的な暴風が吹き荒れた。


「言ったはずだよ? 僕の獲物だって」


 響いてきた声にヴィクトールははっとしたのか、ふんどしから手を離し後ろへ振り向く。

 ……色々な意味で間一髪だったかもしれない。


「申し訳ございません姫。存外に剛の者達だったので、つい昂ぶってしまいました」


 そこには服も体もぼろぼろとなり、表情が抜け落ちたトレマがエクスティアを後ろに引きつれ、宙に浮いていた。


「ふんっ、そんな事はいい。それよりもね、そこの男は僕にやっちゃいけないことをしたんだ。もうペットとかそう言うのはどうでも良いや。

 ………潰すよ。」


 ゾッとする程冷酷な声で告げる。


「それはっ!?」


 ヴィクトールは声を上げようとするが、トレマの冷酷な眼差しに貫かれ、すぐに口を噤む。


「楽しくなると思ったのに……残念だ」


 警戒を続けるキノ達を尻目に、ヴィクトールは宙に浮かび上がるとトレマの横に移動する。


「あの方以外が僕の胸を触った罪は重いよ? さらにあの方から貰っ大切なた服まで…… もう良いよ。この街ごと無くなれ」


 トレマが手を振り上げると、魔力自体が質量を持ったように空間が歪み始める。歪みはじわじわと大きくなり、中心は闇のように真っ暗に染まる。

 ヴィクトールとエクスティアは余波を防ぐべく前面に向けて最大出力で防壁を構築する。


《マスター、抵抗します。すぐに魔力を練り上げてください》

「えっ!? う……うんっ!!」


 その威力の大きさを予測したサブはすぐに抵抗するべく、キノと共に魔法の施行に集中する。

 トレマは無表情のまま、キノだけを視界に入れると手を振り下ろす。凝縮された闇がその手からゆっくりと開放された瞬間。


 白刃の煌めきが瞬き、トレマ、ヴィクトール、エクスティアの背中から血が吹き上がった。

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