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036 魔王降臨 その2

「キノ様っ、お気をつけ下さい!!」

「聖者様っ、私の後ろにっ!!」

「キノ様っ、リル様っお逃げください!!」


 リルが、芹香が、オーウェルが魔王からキノを守るようキノと魔王の間に立ちはだかる。


「あははははははははっ、防がれる可能性は考慮していたけど、まさか弾き返されるとは思わなかったよ。いやぁ面白いものを見せてもらったねぇ。

 楽しかったから君にも話しを聞く資格をあげるねっ♪」


 羽毛が地面に着くように、ふわりと音を立てず魔王は吹き飛んだ窓からマスター室へ入ってきた。

 一見無防備とも見えるその瞬間を狙い、リル・芹香が飛び出そうとする……が、


「姫からのお言葉を賜われるのです、その好意を無碍にするのなら万死に値しますよ?」


 いつのまに降り立っていたのか、魔王の右前に立ち威圧を放つナース服の女性がそこに居た。

 遠目では判らなかったが爬虫類を思わせる双眸と、露出された腕や足に走る鱗に芹香は鳥肌を立てる。対照的に盛り上がりすぎな胸部あたりはオーウェルの目が釘付けだ。


「大人しくしといた方がいいぜぇ? まっ、姫に傷を負わせる事なんて、滅多には出来るともおもわねぇがな」


 重量級の音を立て、魔王の左隣にふんどし男が降り立つ。燃えるような赤い瞳は楽しそうに歪められていた。


「とりあえず、下手な事をすればあんた等は即死と思いな。

 黙って姫の言葉を聞き、思ったことをそのまま答えればいいさ」


 少し斜めを向き、顔だけをこちらへ向け、右手で左手の手首を持ち体に力を入れるポーズ(サイドチェスト)で言葉を続ける。


「姫は話を途中でさえぎられる事が一番嫌いなんだよ。そこだけ、注意して聞くんだな」


 にかっと笑うと白い歯がキラリと光った。


「ヴィクトール、エクスティア、その辺でいいよ。

 それに僕が先に一撃入れたんだし、一人一回程度の反撃は許してあげてもいいよ♪

 ……ただ、話をさえぎったら邪魔だし消すけどね?

 それとエクスティア、話するのに邪魔だよっどいてね♪」

「はっ」


 ナース服の女性-エクスティアは恭しく頷くと横へと移動した。


「うんうん、僕の言った事に素直に従う良い子だ。ハチマンとは大違いだね♪」


 魔王が鷹揚に頷くとエクスティアは小声で「ありがとうございます」と呟き、頬を赤く染める。


「では、改めて自己紹介から行こうか。

 僕の名前はトレマ、トレマ・Sシュカ・ビネガーだよっ。

 職業は魔王、趣味は寝る事っ。

 今は愛しい人の為、前魔王である父上をぷちっと潰し、次は人間を間引こうとしている所だねっ♪」


 その言葉をリルは表情を変えず、芹香は苦虫を噛み潰したような表情で、オーウェルなど愕然とした表情で聞いた。


「ついでだから君達も名乗ってあげなよ」


 その表情を見て、更に愉快になったのかヴィクトールとエクスティアにも話題を振る。


「俺の名はヴィクトール、ヴィクトール・アスヘ・ブゥーンだ。

 北方の魔族を束ねる長で姫の警護……まぁ、人間が言う所の四天王だな。の長もしてる。

 趣味はキンニクで好きな物はキンニク。嫌いなものはニンニクとぜい肉と体脂肪だ。

 お前達の内誰かが仲間になると思うが、これから宜しくなっ」


 ニカッとイケメンスマイルを炸裂しつつ、身体をやや前傾にして、首の横の僧帽筋や肩の大きさ、腕の太さを強調するポーズ(モスト マスキュラー)でぐいぐいと身を乗り出してくる。

 ……見てるこっちは暑苦しいばかりである。


「私は南方の魔族を束ねる長、エクスティア・シャン・ミャオと申します。

 あの下衆を倒した実力は認めます。ですが、奴は擬態能力さえなければ四天王最弱。

 我々の実力があの程度と見くびるのは貴方方次第ですが、その時は……分かってますね?」


 眼光鋭く4人を見つめる。


「え? クダン……? え? 倒した? 最弱って何っ!?」


 エクスティアの自己紹介を聞き、芹香が狼狽える。

 小声でつぶやいた為リル以外には聞こえて居ないが、エクスティアなどは自分にビビって狼狽えていると勘違いし、満足げな表情を浮かべる。

 ただし、唯一普通? 人のオーウェルは泡を吹いて倒れる寸前だ。毅然としているのはリルのみだが、険しい表情をしている。


「ねぇ、前が見えないんだけど一体どうなってるの?」


 ……いや、違った。

 もう1人毅然と……ではないな。平常運転を行っているキノがのほほんと声をかけた。


「後ろから声がするね? 誰かを庇っているのかな?

 まっ庇われる程度の人間、気にする必要もないか♪

 それじゃ、次は君達が自己紹介する番だね? ……もちろん、僕達が名乗ったんだ。君達も名乗ってくれるよね?

 本命はそこの獣人ぽい何者かだけ。だろうけどねっ♪」


 魔王-トレマの言葉に「まず、私が……」と言って前に出たのはオーウェルだ。


「お言葉失礼いたします。私、この貿易都市ソルトにて冒険者ギルドのギルドマスターを行っております、オーウェル・C・ハーツと申します。

 この度は魔王陛下にお目通り頂きまし「もういい。次」……は? ……あ、はい、失礼いたしました」


 大量に汗を噴出しつつ、丁寧に丁寧に、かつ魔王を刺激しないように名前を名乗り、どのような用件で? と続けたかったオーウェルだがトレマにぞんざいにあしらわれ、そのまま口を閉ざす。


「私は……宿屋 儲け亭の看板娘、芹香・御薙です」


 芹香が警戒は解かず、それでも失礼にならないような態度で名前を告げる。


「へぇ? その武器は聖武具の一つ、聖槍だと思うんだけどねぇ〜?

 槍の勇者……って名乗らないんだ? ……ふぅん。勇者じゃなくて看板娘ね?」


 トレマの指摘に芹香が息を飲む。

 隣ではオーウェルが目を見開き、芹香とその手に持つ【くしかつ】を凝視している。


「貴方の配下西方鬼クダンのおかげでね、勇者家業は閉店になったのよ。

 なんかさっき……倒されたとか? ……不穏な言葉が聞こえたけど……

 まっ……まぁ、おかげで国の奴隷から抜け出す事が出来たし……その点だけは感謝してるよ?」


 その返答にエクスティアの目は細められ、ヴィクトールは値踏みするように芹香を見る。


「あっはっは、なるほどクダンにねぇ?

 でもそのクダンは死んだよ? 多分そこのメイドが殺ったんじゃないかな? 良かったね? 君の出来なかった事はそこのメイドが簡単に出来たみたいだよ♪」


 トレマは挑発しながらも、楽しそうに芹香を冷たい目で見る。


「えっ!?」


 反対にクダンが倒されたと知った芹香は驚きに目を見開く。


「うそっ!? 聖なる武具も無しに4天王を倒す事なんてっ……いや、聖者様なら……ありなのっ!? でも、倒したのってお付きの人で……私メイド以下!?」


 リルを見ながらぶつぶつと何事かを呟く。


「と言う事はやっぱり君が本命だねっ♪

 獣人のように見えるけど、本性は違うんでしょ? ……いや、既に作り変えられている……のかな? 獣人が本性でいいのか。

 気になるから全部話してもらいたいなぁ~?」


 すぐに芹香から興味を失ったトレマは、猫撫で声でリルに問いかける。軽い口調だがその言葉には魔力が篭っており、"自白"の魔術が込められていた。

 大抵の者ならその魔術に抵抗できず、あること全て求められるままに話してしまうのだが……勿論リルには通用しない。


 それはトレマが一番よく判っていた。

("自白"が弾かれちゃった……さすがにクダンを倒しただけの実力者か。

 や~、面白い♪ 私ですらその正体を見ることができないなんて。何者なんだろう? クダンの抜けた穴に入ってくれないかなぁ~♪)

 等と思っていたが、リルはリルで何所まで言えばいいのか困っていた。

 素直にリルはキノに確認を取る。


「えっと……キノ様、何所までお話してよろしいでしょうか?」


 問いかけてきたリルへ、キノから……でなくサブから返答があった。


《相手は魔王、下手に嘘をついたり隠し事は得策ではありません。

 "世界の知識アーカイブ"によると魔王は別の名前ですが、4天王の名前は一致します。

 つまり、彼女の言っていたように前魔王を倒し、魔王の座を奪った。と考えるのが妥当でしょう。

 前魔王は歴代でも相当な実力者と記録されております。それを倒し、王位を奪ったと言う事は…… 

 おそらく彼女は歴代でも最高位に近い実力を持っているかもしれません。

 刺激しない為にも素直に応対した方が良いと思われます》

「……判りました。

 では、改めて自己紹介をさせていただきましょう。

 私の名前はフェン・リル。元は神獣の森の守護者をしていた神獣フェンリルです。

 森から守護者の力を奪われ、彷徨っていた所をキノ様にお救い頂き、獣人と化しキノ様に付き従う者です」

「なんとっ!?」

「えっ!?」

「……へぇ?」

「……なるほど」

「かっかっか」


 オーウェルと芹香は目を丸くして驚き、トレマ、エクスティア、ヴィクトールは得心が行ったとばかりに頷く。


「なるほどっ♪ どうりでクダンがやられた訳だね。

 例え神の加護を失ったとは言え、神獣の力を失うわけじゃ無いからね♪ 聖武具無しでも僕達に攻撃ぐらいは通用できるかっ♪

 それとねぇ♪ 勘違いしてるみたいだから教えてあげるっ♪

 守護者の力が無くなったのって、森に奪われたからじゃなくって神が死んだからなんだよっ♪」


 まるでいたずらが成功した時の子供のような笑顔でトレマが話す。


「あぁ、因みにやったのは僕じゃないよ? 多分あのお方がやってくれたんだろうね~♪

 魔神様から力を賜る事ができたのって、僕が知ってる限りあの方だけだもんっ♪

 や~、あの時は嬉しかったなぁ。いきなり神の忌まわしい結界が無くなって僕達自由になったんだっ♪

 これでやぁっと五月蝿い羽虫共を蹂躙できるって喜びに、思わずご飯3杯お代わりしちゃったよ♪

 あ、前魔王を殺したのもその時ね♪ 昂ぶってたんでついね♪

 だからさっ♪

 君もキノ? って奴の従者なんて辞めて僕の側においでよ。向けてくる殺気だけで圧倒的な力を感じるよっ♪

 まっ、僕には叶わないだろうけどね? それは君も分かってるんじゃないかな?

 羽虫は楽しむために一部を残してぷちっと潰すつもりだからさっ、君も巻き込まれないうちに潰す側に回りなよっ♪」


 羽虫とは人間の事だろう。そして、この世界の神が滅ぼされたと言う発言。


「なんとっ……!? 神……が……?」


 その言葉を聞き、オーウェルは泡を吹き卒倒して倒れた。


「うそっ……魔族ってそんなに強いの……」


 芹香も気丈に立ってはいるが、顔が真っ青になり足も震えている。


 リルだけは動じずにただ目を細め、

「そう……ですか。力を奪われた経緯について説明頂きありがとうございます。

 ですが、私はキノ様の為に生き、キノ様の為に死す。そう誓ったので他の誰かに忠誠を尽くす事など、命と引き換えであろうと出来ません」

 トレマからの申し出を断るのであった。


「ふぅん……僕の申し出を断るんだ?」


 リルの返答を聞き、トレマの声が明らかに不機嫌になる。


「君、見た目は良いし、あの方の趣味にあった服装をしてるから残しとけば喜んで貰えると思って甘い顔してたけど……ふぅん……もう良いや。ボロボロにして僕のペットにしてあげるっ♪

 ヴィクトール! エクスティア! もう良いよ。この国灰にしちゃって♪」

「はっ!!」

「畏まりました」

「リルって女と芹香って勇者は2人の手に余るかもしれないから僕が直々にぷちっと潰しておくよっ♪ 2人は先に行ってて♪」


 エクスティアが、ヴィクトールが、口を歪め全てを破壊しようと動き出そうとした時、リルの後ろから声が上がる。


「ねっ、僕まだ自己紹介してないけどいいのかなっ?」


 緊迫感を無視し、空気を全く読んでいないキノの主張であった。

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