035 ○○降臨 その1
中央に立つ影は少女だった。
腰まで届くストレートの青色の髪と、サファイアのように真っ青な瞳。顔の造形から14・5歳に見えるが、黒いマントで体を隠している為、体型は分からない。背に堕天使のような漆黒の翼が2対開かれていて、その美貌は見る者を離さない。
ただし、惹かれるのは美しさでは無く、圧倒的な恐怖によってだ。
少女を守るように立つ3つの影は黒いフード付きマントを深くかぶって居るので容姿はわからないが、同じように威圧的な魔力を漂わせて居る。
「来たかっ!!」
ギルドの下に広がった冒険者達から声が上がる。この声はエィムズだ。
「総員展開せよ!! 膨大な魔力を感じるが、この町を守る為です!!
魔術師は最大級の攻撃魔法を!! 補助魔術師は遠距離攻撃を持つものに最大限のブーストを!! 降りてきたところを全力で叩く、前衛は命をとして後衛を守りぬけ!!」
「「「「「おう!!!!!!」」」」」
統率された動きで迎撃準備を組み立てる。周囲に詠唱が響き渡り、遠距離攻撃を持つものは一斉に攻撃を行う為に力をためる。
「「「「大規模合成魔法!! ゼロ!!」」」」
魔術師達が天空に手を掲げ、巨大な魔法陣が魔術師達の頭上に浮かび上がる。
「くらえぇぇぇぇぇぇぇ!!」
エィムズが2Mはあるかという巨大なハルバードを投擲しようとした時、空に浮いた少女が口の端を歪め呟いた。
「五月蝿いよ♪」
少女は何も行動はしなかった。
ただ呟き、視線を地面に向けただけで巨大な魔法陣が光の結晶となって弾けとんだ。槍の投擲や弓を放とうとしたものはそのまま意識を奪われ、崩れ落ちた。
「嘘ッ!?」
エヌの叫びが響く。
「馬鹿なっ!? 何もされて無いんだぞっ!?」
エィムズの声が続く。
だが、その2人に続く声は無い。2人を除き半径1kmに居る人たちは例外無く意識を狩り取られ、崩れ落ちていた。
「へぇ、2人も残ったんだ? すっごいねぇ~♪
でも次何かしたら……殺すよ? 死にたくなかったら全力で身を守るんだねっ♪
大丈夫、僕の用事が終るまでは何もしないよ♪」
少女の賞賛の声に2人は息を飲み、頷き合うと倒れた冒険者達を1カ所にまとめ、結界を張ろうと動き始めた。
その動きを見ながら、少女は周りの影にだけ聞こえる声で声をかける。
「まぁ、僕の用事が終ったらこの町は消すけどね♪」
「なっ……!?」
1番に声を発したのはイっちゃっていたオーウェルだった。全ての冒険者がなす術なく倒れる姿を見て意識が戻ってきたのだろう。
リルは油断無く4人を見つめ、キノは「まだべたべたするなぁ……」と言いながらタオルと格闘して居る。
「彼らが何も出来ぬとは……
だがっ!! この結界は私が心血を注いで作ったもの……魔王ですら簡単に破ることはっ」
オーウェルの叫びが聞こえたのか、少女がオーウェルを向いて笑う。
「簡単だよ? でもヴィクトールでぎりぎり、ハチマンとエクスティアにはむりかもねっ♪」
「……なっ!?」
遠く離れた少女から返答が返ってきた事よりも、簡単に破壊出来ると言われたことに驚愕する。
少女は指先に火を灯し笑う。
「ほら……ね?」
火はゆらゆらと結界の端まで飛んでゆく。火に触れた結界はシャボン玉のように一瞬膨張すると、虹色に光を放って弾け飛んだ。
「っなっ!?」
長年力を蓄え続け、万を時して発生させた結界がやすやすと破られたことでオーウェルの意識が飛びかける。
「それにぃ? 僕達を切り崩す足がかりになった? な訳無いじゃん♪ あのクソ親父ならともかくぅ? 僕が魔王になった以上、あの方以外の人間を好きにさせるつもりは無いし?」
先ほどの呟きも全て聞こえていたらしい。
楽しそうに少女が右手を上げると、そこを中心に青い炎が燃え盛った。大気を焦がす炎は瞬く間に大きくなり、ギルドどころか街半分は灰燼と帰す熱量と大きさを持つ。
「まずはこれね♪ これで死ななかったら話をしてあげる♪
あははははっ」
少女が笑うと青い炎は渦を巻くように凝縮され、テニスボール程の大きさになる。
「ひっ……」
「なっ!?」
オーウェルはその経験から炎の威力を感じ、短い悲鳴が口から漏れる。
リルは身を呈してでもキノを守らなければと力を貯める。
「うぅん、まだとれないなぁ……」
……キノは相変わらず唾と格闘している。
「はいっ♪ どーぞっ♪」
少女が軽く手をスナップさせると、炎球はマスター室目指して飛び放った。
「せめて救世主様だけでもっ!!」
「キノ様っ!!」
キノを守ろうリルが、更にその前にオーウェルが炎球の直線上に立つ。
炎球がマスター室へと到達する寸前、黒髪の少女が部屋に飛び込み、オーウェルの更に前に立った。
「聖者様危ないっ!!」
少女が叫ぶが、炎球は窓と周りの壁を蒸発させ飛び込んでくる。
「来てっ!!」
黒髪の少女が叫ぶと虚空から光る槍が出現する。光る槍を掴み、そのまま炎球に向かってスウィングすると、心地よい音を立てて炎球を打ち返した。
「……っん!! いっけぇぇぇぇぇ!!」
打ち返された炎球は、宙に浮いた影の一人に向かって行き、黒髪の少女はガッツポーズを掲げる。
「よしっ!!」
「っく!?」
影はマントから漆黒の両手を突き出し叫ぶ。
「盾よっ!!」
少女の光る槍同様、虚空から姿が隠れる程大きな黒い盾が出現し、炎球とぶつかる。
ぶつかった炎球は凝縮された炎を解放し、空中に大爆発が起こった。
「ふぅ、やっと綺麗になった。っぷわっぁ? 何?」
吹き荒れる爆風で、やっとでキノは周りの状態に気がつく。
「さてっと……これからが本番かな? ……聖者様、大丈夫でし……た?」
黒髪の少女はキノ達の方へ振り向き、固まった。
こぼれそうな程大きめな瞳、この世界では希少と言える黒髪と黒い目、そしてキノを聖者と呼ぶ存在。
もはやお分かりと思うが少女は【儲け亭】の看板娘、芹香その人である。
「きゃっ!?」
芹香は顔を真っ赤にして顔を前方の影達の方へ戻す。
キノはいつの間にか唾でベトベトになったシャツも脱ぎ捨てていた為、上半身裸だったのだ。
(見ちゃった見ちゃった……すっごい綺麗な瞳……それに引き締まった上半身もカッコ良い~!!)
「それに何と言ってもあの鎖骨!! 白くてすべすべしてそうで……ああっ!! 撫でたいっ!! 舐めたいっ!! すりすりしたいっ!!」
前を向いたまま、途中からダダ漏れの妄想を垂れ流す芹香にオーウェルは戸惑った顔で礼を言う。
「ええと……その姿は芹香ちゃん……なのかい? 助かった、ありがとう。
……ところでその槍って……もしかして……?」
"光る槍"それは忽然と姿を消した槍の勇者のみが所持出来る伝説の武器【くしかつ】しかない。
オーウェルはなぜ宿屋の看板娘である芹香がその武器を手に持ち、今この場に居るのか全く訳がわからなかった。
「その話は後でっ!! 全部聖者様のおかげなんだけどね。
今は目の前の魔王をなんとかするのが先決よ」
先程の変態チックな言動とはまるで違い、前を向いたまま端的に答える。
「えっ!? まっ!? ……」
今までの言動や、先程の魔法の威力から(もしかしたら……)と思っていたオーウェルではあったが、迷い無く言われた名称に言葉が詰まる。
……が、流石は一つのギルドを預かる身だろう。すぐに緊張で引き締まった顔に戻る。
「では……3つの影は……」
「恐らく四天王。1人足りないみたいだけどね。それより来るよっ、早く逃げて!!」
余裕が無いのか、言葉が荒い。芹香の言葉を受けるように煙が晴れ、4人の姿があらわになる。
「っぷはぁ、さっすが姫の魔法だ。マントが融けちまったよ」
虚空へ溶けるように消える盾の後ろから現れた人物は、ボロボロになったマントを投げ捨てた。
赤銅色の肌とざんばらに切った銀色の髪、天へとつんざくような3本角を生やし、ふんどし一丁のへんた……男性。
日本風に言えば"鬼"と呼ばれるソレに、真っ赤なコウモリの翼を生やした男は不敵に笑う。
「ふふふっ、跳ね返すとは思わなかったよ♪
槍の勇者も来るなんて……楽しくなってきたねっ♪」
魔王と呼ばれた少女もボロボロになったマントを投げ捨てると、その下に隠されていたセーラー服があらわになる。
「姫様、お御髪が汚れております。櫛を通すので失礼いたします」
いつの間にマントを脱いだのであろうか、紫のボブカットに牝牛の角をもち、トンボのような羽を持った妙齢の美女が魔王の隣にすっと移動し、髪を梳き始めた。
身に纏った衣装は紛れも無くナース服だ。
「姫……殺る?」
最後の1人、声からすると若い男性のようだが唯一マントを纏ったままの影がゆらりと揺れる。
「だ~めっ♪ 僕の言葉を聞いてなかった? 死ななかったから話を聞いてあげないとねっ♪」
今にも飛びかかって行きそうな影を魔王は手で制す。
「……だが、あいつはクダンを……」
マントの男はひるまない。そのままマントからしわがれた右手を突き出すとその手に魔力を集め始める。
「ふぅん……」
一瞬、魔王の目が細まったように見えると、男のマントの内側から黒い炎があふれ出した。
「……ぐっ」
マントの男は短く呻くと、燃え盛るマントそのままに地面に落ちて行く。
高さ20Mはあろう上空から落ちた為か、地面へとめり込み、地面から炎が吹き上げる。
エィムズとエヌが気を失った冒険者をひとところに集めていた為か、炎に巻き込まれるものは居なかったが、吹き上げた炎に巻き込まれたらひとたまりもなかったろう。
「2人も何か言いたい?」
魔王が確認すると残った2人は首を振る。
「じゃ、行こっか♪」
魔王はニッコリと笑うと、ゆっくりとキノ達の待つマスター室へと空中を移動してきた。




