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034 ソルトにて その2

「えっと……どうしよう?」


 オーウェルを天井から引っ張り出し、ソファに寝かせたところでキノは困ったように呟いた。


「うっ……すみません……」


 ビクッと呟きに反応し、リルはただでさえ小柄な体をさらに縮こまらせる。

 なんとかキノに迷惑がかからないように……と考え、部屋の中を見回した所で視線が止まった。


「そうですっ!! 幸い犯人となるに相応しい死体が有ります。全部コレがやったと言うことにしましょう」


 名案とばかりに部屋の入り口で固まっている紫色の不定形個体("自称"魔王四天王の一人、西方鬼クダンと名乗った元シエルの姿をしていたモノ)を指し示す。首を切り裂かれた時はまだシエルの姿をとっていたが、完全に死滅した今は狐と狸の特徴を併せ持ち、なおかつアメフラシのような軟体生物の様相に変わって地面に広がっていた。


「うぅん……いいのかなぁ?」


 ドヤ顔のリルに若干気圧されつつ、キノは頭を悩ます。サブはサブで考えがあるのか、リルの案を応援する意見を出した。


《コレがやったと言うには多少苦しいでしょう。……が、方向性は良いと思います。

 コレの気配を感じ、リルは1番戦闘力の低そうなオーウェル氏を庇おうとした。しかし、余りにも強大な力を感じた為、力の抑制を誤ったリルはオーウェル氏を突き飛ばすつもりが天井にめり込ませてしまった。

 多少苦しいでしょうが、ここは強引に纏めましょう。これほどの結界、オーウェル氏としては安全と思っていたようですが……密閉された空間の中ですから、内部に敵がいれば逃げ出すことも叶わなかったとは気がつかなかったのでしょうか? 

 我らの身を案じての行動ですが、説明も無く結界に閉じ込めたオーウェル氏には非があります。偶然にも討ち取りましたが……もちろん、例え偶然で無かったとしてもマスターが討たれると言うことは考えられません。ですが、マスターの身を危険に晒したことは事実。

 頭を打って気絶程度、我らの非となる訳がありません。追求されたとしても認める必要などありません。逆に助けてやったと恩を着せて差し上げましょう》


 サブにしては過激な意見に、キノも頬が引きつる。


《その点を考えるとリルの行動は褒めるべきです。結果的とはいえ、キノ様を害そうとする2人に天誅を与えたのですから》


 失態と思っていたことをサブに褒められ、リルはちぢこまったままだが、幾分誇らしげな表情になる。


《以上の結果から……そうですね。

 結界が起動した瞬間、キノ様が内部に強大な力を感じリルにオーウェル氏を庇うよう命令。オーウェル氏を庇う際、少し力が入りすぎた為に天井に突き刺さってしまいましたが非常事態だった為、そのまま放置。

 最終的にはシエルに擬態した何かを討伐した。これで行きましょう》

「はいっ!!」


 サブのまとめにリルは勢い良く頷く。


「えっと……いいのかなぁ?」


 キノは今一納得がいっていないようだったが、

《良いのです!》

「良いんです!」

 2人の勢いに「はい」と頷くのであった。


《では方向性が決まったことですし、シエルを探しましょうか》

「「え?」」


 唐突なサブの言葉に2人はハテナ顔になる。


《先程の魔族の話ぶりから、シエルが生きていると確信がもてました。ですが、傷を負って動けないでいる可能性もあります。

 結界の中にいるかも知れないので、オーウェル氏が目を覚ますまでに探しましょう。

 恐らくそういった行動は勇者様にとって好ましい行動です。……ついでにオーウェル氏に恩を売ることが出来ますので、少ない労力で最大の利権を得ることができるでしょう》


 若干黒いサブであった。



「う……ううん……」


 天井からオーウェルを引き抜いて30分後、オーウェルが呻きをあげつつ覚醒した。


「あっ、起きた」


「オーウェル様、大丈夫ですか」


「キノ様……? ……ここは……?」


 今だはっきりと覚醒しておらず、キノ、リルの顔を見るとそのまま部屋の中を見渡す。


「シエル!? ……それとあの物体は一体……?」


 オーウェルの視線に入ったのは、ソファに寝かされ豪快にいびきをかいているシエルと、入り口近くに固まっている紫色で不定形の物体。


「シエル様は隣の部屋で倒れていました。恐らく、そこの汚物にやられたのでしょう。幸い傷は無く、意識を失っただけのようでしたので。

 汚物が言うには姿を借りる為、何らかの処置を施したと言っていましたので、後日しっかりと検査した方が良いかも知れませんが」


 リルの答えにオーウェルの頬が引きつる。


「で……では、私は一体!?」

「オーウェル様が我らに無断で結界を張った瞬間、強大な力を感じたキノ様の命を受け、庇おうとしたのですが……勢い余って頭を打ってしまったようです。外傷などもないので、軽い脳震盪かと思われます」


 事実、天井を破って突っ込んだはずのオーウェルには傷一つ無かった。


「なっ……結界の中に敵が潜んでいただとっ!? ……まるで気づかなかった……いや待て!? 姿を借りる魔族……だと?」


 リルの言葉にオーウェルは愕然とするも、すぐ何かに気づいたようにワナワナと震え出す。リルは一言も魔族と口にしていないが、人の姿を偽ることの出来る存在は1人の魔族しかいない。オーウェルはその魔族に心当たりがあった。


「キノ様っ!! この魔族はシエルの姿を取り、まるでシエルのような仕草でドジを働いたのですね?」


 オーウェルは物凄い勢いでキノへ詰め寄る。リルはまたもや殴りかかろうとしたが、今回はすんでのところでとどまることが出来た。……学習の出来る女性である。


「えっと……そうだね。お茶被せられたし」


 キノの素直な答えにオーウェルは顎が外れるか? と言うほど口を開く。


「それって魔王四天王の一人、西方鬼クダンじゃないですかーーーーーーーーーーーーーー」


 魂からの絶叫。と表現すれば良いだろうか? あまりのうるささにキノもリルもしかめっ面で耳を塞ぐ。

 どうやら"自称"では無く、本物の魔王四天王だったようだ。


「あ、そうなんだ?」

「みたいですね」


 反応の薄い2人にオーウェルは唾を飛ばしながら力説する。


「「そうなんだ?」じゃありません! 人の歴史上、始めての快挙なんですよ! 勇者ですら撃退するのが精一杯なのにっ……なんで倒せるんですか!? そうですよっ!! 聖なる武器も無いのになぜっ!?」


 オーウェルの唾でベトベトになった顔で、キノはリルへと話を振る。


「なんでって言われても……ねぇ?」

「倒したので。としか言いようはありません」


 これは魔王すら知らないことだが、西方鬼クダンの弱点は変身中にしか存在しない。

 変身中の体で首を跳ねられない限り、クダンは不死の存在とも言える。

 だが、変身中は纏う魔力どころか内面まで、ありとあらゆる全てが元となった人物と瓜二つになる。

 魔王と言えど見破ることの出来ない変幻能力で、親しい人物……となれば害する者はいない。

 ……はずだったのだが。偶然とは恐ろしいものである。

 困惑する2人を置いてオーウェルはさらに加速する。


「とにかくっ! 倒したことに違いはありません!! これは有史以来初の快挙となります!! 四天王の一角が欠けたことにより、虐げられるだけの存在だった人にとって、魔族への反撃のきっかけとなりますっ!!

 さぁ!! 今すぐ結界を解き、魔王四天王の一角が崩れたことを大々的に公表致しましょう!!」


 加速しすぎて、目がイっちゃっている。

 吹き出る汗もつばもそのままにキノへ詰め寄るから、キノが酷いことになって行く。


「キノ様こそ勇者を超える勇者!! この国の槍の勇者様ですら出来ないことを成し遂げたのですっ!!

 さぁ、今こそ救世主として立ち上がりましょう!!」

「いやいやいや、やったのはリルだし、勇者様を差し置くことなんて出来ないから!? そもそも、僕の目的は勇者様の役に立つことだからっ!!」


 キノは慌てて否定するがオーウェルは全く聞いていない。

 イっちゃった目をして口から泡を拭きながら、妄想がダダ漏れしまくる。


「ふふふふふ、我がギルドから救世主が……

 その始めの一歩がこのマスター室……ふふふ、まずはここを聖地化して、魔王討伐への足がかりに……ふへへ……」


 多少気が弱いぐらいでまともな人と思っていたが……やはりアレな人だった。

 キノが「どうしようか?」とオーウェルを見ているとリルからタオルを渡される。


「キノ様、濡れタオルです。どうぞお拭きください」


 オーウェルの唾でベトベトになったキノの位置へ、届くかどうかぎりぎりに避難しているリルが大きめのタオルをキノの肩へと投げかけたのだ。

 ちゃっかりと自分だけ唾の飛んでこない位置に逃げて居るあたり抜け目がない。


「ん、ありがとう」


 キノは受け取ると頭からタオルを被り、わしわしと汚れを拭き取り始めた。

 全てが終わった。オーウェルもリルもそう思い、緩んだ空気の中、ガラスを爪で引っ掻くような甲高く耳障りな音が響いた。


「あははははははははっ、クダンの魔結晶が砕けたから急いで来て見たらこんな事になってたとはねぇ。

 ちょぉ~っと遠くて見辛いけど……うん、あのぼろぼろがクダンだよね~♪

 君たちは……ふぅん、ピーシアから連絡のあった混じり物じゃないか。どうやったか知らないけど、クダンを倒したんだし君達のどっちかが四天王候補って事になるのかな? よしっ♪実力を見る為にテストしてあげよう」


 ギルドから遠く離れた宙空に現れた4つの影の中心-3人に守られる位置に立っていた少女から大声量の声が響いた。

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